次の日から倫周は自信を取り戻したのか、とても明るく生き生きとしていた。

前の晩に久し振りに紫月と身も心も結び合えたようですっかり心が晴れ渡っていた倫周は

まさかその間を眠れずに自分を待っていたルームメイトがいたことなど終ぞ思い付く筈もなく。

そのルームメイト、遼二に対しても自分は自分という認識が持てたお陰で明るく接することが出来るようになっていた。

倫周はショーでも今まで以上に自分の役割を懸命に演じていたし、常に生き生きとして見えて、

そのせいか客足も戻り収益の方もアップされるようになっていった。

帝斗や紫月はそんな様子を喜び、皆は倫周を褒め称える言葉を掛け合った。

だが遼二にはそれらのすべてが皆の印象とは逆に映り、日を追う毎に帝斗や紫月らに対する嫌悪感は

増していったのである。





あんなことっ、、、いつまでやらせておく気なんだ、、っ、、、

いくら収益が上がったってあいつ(倫周)にあんなことをさせていていいわけがないっ、、、!





苛立つ気持ちも募ったある晩のこと、部屋に帰って来た倫周にコーヒーを入れて勧めながら遼二は

気に掛かっていることを尋ねずにはいられなかった。

「なあ倫周さ、、、」

「何?ああ、サンキュウ。これ飲んでもいいのか?」

「ああ、、、あのさ、おまえさ、、、何で此処にいるわけ?」

「へ・・・?」

ふうふうと熱いコーヒーを冷ましながらくりくりと大きな瞳が遼二を見上げて。

「だからさ、何でこんなとこでバイトなんかしてんのかって。お前、いくつだよ?親は心配しねえのかよ?

それとも家出でもして来たとか?」

「え・・・・」

「まあ俺もそんなようなモンだけどさ、、、人のことどうこう言える立場でもねえんだケドよ。」

少々不機嫌そうにそんなことを訊いた遼二にふいと瞳を伏せると僅かな笑みと共に倫周は言った。

「俺ね、親いないんだ。小さい頃亡くなってさ・・・・」

「え、、、、!?」

「住んでた団地追い出されちゃってさ、そん時丁度引越し整理の日雇いで俺のウチを掃除しに来てた

帝斗と紫月に拾ってもらったんだ。」

「え、、、、、」

遼二は驚いて何も言葉が出ないまま、その場に硬直してしまった。そんな様子に倫周はくすりと微笑むと

「そんな顔すんなって。俺別に寂しくなんか無かったしさ?だって帝斗と紫月がいつも一緒に

遊んでくれたしさ。学校にも行かせてくれて・・・だから俺の親はあの2人みたいなもんなんだよなあ。」

「そ、、そうだったの、、、か、、悪いこと訊いちまったな、、、、ごめん、、」

「いいよ別に。はっきり言って俺、親の顔とか覚えてねえしさ?小さかったし。」

「そう、、、ごめん、、ほんとに、、、、」



遼二は酷く気の毒なことを言わせてしまったようで少々心が痛んでいた。だがそう聞いてよく考えてみると

育ててやった礼に倫周にこんなことを強いているようにも思えて、遼二の中では益々帝斗らに対する

嫌悪の気持ちが色濃くなってしまったのである。

「けどよ、、、」

けど、だからって・・・・

「だから、育ててやったからってっ、、、何してもいいってもんでもねえだろ?」

「へ・・・・?」

突然に怒るようにそう言った遼二の言葉の意味が理解出来ずに倫周は、又もくりくりと大きな瞳を見開いた。

「だからっ、、、あの2人のことだよっ、、帝斗さんだっけ、、、?それとっ、、、紫月、、、

あいつらお前に酷えことさせて、、、お前それで平気なのかよ!?何か、、、脅かされてたりとかしてんだったら」

そう言い掛けて、急に可笑しそうに笑い出した倫周に唖然となってしまった。

「あはは・・・違うよ。酷いことって、ショーのことだろ?あれなら俺がやらせてくれって帝斗たちに

頼んだんだ。」

「なっ、、、、!?何でっ、、、」

「だってさ・・・俺も何か役に立ちたかったから。帝斗も紫月も貧乏なのに一生懸命俺を育ててくれたんだ、

何の関係もない俺なんかのこと・・・ほっとけないって言って。すごくやさしくしてくれた・・・・

だから・・・俺も大人になったら何か2人の役に立つこと出来たらって思ってたからさ。」

うれしそうにそんなことを言った倫周に遼二は切なそうに瞳を細めると、瞬時に湧き上がった予期もしない

感情に心がぎゅうっと囚われるようで身体中が熱くなっていくのを感じた。



「倫周、、、、」



ふいと無意識に伸ばされた手が細い肩に触れ・・・・

気が付くと遼二は倫周をしっかりと腕の中に抱き締めていた。



「りょ・・・遼二!?」

倫周は非常に驚いたが、あまりにもきつく抱き締められて吐息も儘ならずに、次第にぼうっとなって

いってしまった。



苦しい・・・・遼・・二・・・・



どこにそんな感情があったというのか、腕の中の細い肩がどうしようもなく愛しく儚く感じられて・・・

熱く切ない瞳が揺れ動き・・・・

軽く、唇が重ねられた。





「遼二っ・・・・・!?」





がたん、と椅子につまずいて遼二は はっと我に返った。



・・・・・・・・・・・・・!!



「ごっ、、ごめっ、、、ん、、」

「・・・・・・・・・・・・・・あ、あの・・・・」

「悪かった、、、、おやすみ、、、っ」

短くそれだけ言うと遼二は慌てたように自分のベッドへと潜り込んでしまった。

残された倫周はぼうっと立ち尽くしたまま、しばらくはびっくりして大きな瞳は人形のように瞬きさえ

儘ならなかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





それから何日が過ぎただろう、遼二は恥ずかしさの為かあの夜以来まともに倫周の顔を見られないままに

部屋に帰ってもぎこちない会話がぽつりぽつりとあるくらいで、2人は何となく重苦しい雰囲気のまま

過ぎ行く日々を送っていた。

遼二を見るとぽっと頬が染まってしまい、いったいあのくちづけは何だったのだろう、、、と

考えてみても答えなど出るはずはなかったのだが。

とにかく倫周にとっては紫月ら以外とそんなことをしたのは初めてだったし、そのせいかたったくちづけの

ひとつが妙に新鮮に感じられて自然と高鳴り出す心臓の音に経験したこともないような感情に

翻弄されているのを感じていたのだった。

散々紫月らに抱かれて性のことなど知り尽くしているつもりでいてもこんなふうに扱われたのは

初めてだったのか、とにかく倫周にとってあの晩の遼二のくちづけは酷く印象的なものに他ならなかった。





そんな或る日のこと、その事件は突然に起こった。倫周はじめ、遼二や、そして無論紫月や帝斗ら今まで

固く身を寄せ合って生きてきたこのテント小屋の一座の運命を大きく揺るがすことになってしまう運命の

出来事。

それは今まで何の疑いもなく、又は何の考えも持たないままに日々に追われて過ごして来た彼らの、

特に倫周にとっては今後の人生を大きく左右させられる出来事であった。





新しい見世物、甘い性交の演技が新鮮だったのか狭いテント小屋の中には再び札びらが散乱するように

なっていた頃、いつもの古いアパートまでの帰宅途中のことだった。

薄暗い夜道に差し掛かった瞬間に倫周の細い腕がぐいと掴まれて・・・・・



えっ・・・・!?



それは瞬時のことだった、3〜4人の得体の知れない男たちにいきなり拘束されて倫周は蒼白となった。

「なっ・・・何だよっ!?誰だっ、お前らっ・・・・俺に何の用っ!?」

「ふふふふ、、、、やっと手に入ったぜ、、、、、」

「信じられねーなあー、、、へへへへ、、、、ほんとに犯れるなんてよ、、、?」

「あの”マロン”をさ、、、、夢みてえだなあー、、、」



・・・・・・・・・・・・・・・・!??



暗闇に目が慣れてくると共に浮かび上がった品のない笑みが周りを取り囲み・・・・

先程からの会話からしてどうやらこの不気味な者らは普段テント小屋に通っている客のようであることが

窺えた。





マロン(倫周の舞台名)を犯るって・・・・まさ・・か・・・・っ!?





そう思ったときは既に遅かった。四方から拘束されて衣服を引き剥がされるのはあっという間だった。

「っ・・・・・!」

「やだ・・っ・・・・やっ・・・・・めろっ・・・・・・」



うっ・・ぐぅ・・・・・・っ・・



口元を押さえられ声を奪われて拘束されて・・・

普段テント小屋で見ているだけでは我慢し切れなくなった客の一部に捕らえられ、何が目的かは

すぐに想像がついた。

「やめろよっ・・・放せっ・・・・放せったらーっ・・・・!」

やだあー・・・・・っ・・

助けてっ・・誰かっ・・・・・紫月・・っ・・・・・帝斗っ・・・誰・・かっ・・・・・・・・・・・・・





何をどうされたのか身体中の痛みで意識を取り戻した瞬間に眩しい程の蛍光灯の光が飛び込んできて

倫周は思わず瞳を顰めた。

「・・・っ・・・・・・・・」





「倫周っ!気が付いたかっ!?」






誰・・・・






瞳が明るさに慣れるにつれて瞬時に蘇った記憶に倫周はぎょっとしたように飛び起きた。

「ばかっ、、まだじっとしてろって!」

自分をしっかりと支えながら心配そうに叫んだ声を見上げるとそこには黒曜石の瞳を辛そうに細めた

遼二の姿があった。

「遼二・・・俺・・・・・俺・・・」

がたがたと震えが身体中を覆い尽くし・・・・次第に鮮明になってくる記憶に悪寒が襲ってくるのを感じた。

「大丈夫っ、、、大丈夫だ。お前は何もされてねえよ。安心しろ、、、、」

「え・・・・・・?」

がくがくと震えながら見上げた先には遼二の大きな胸元がすぐ側にあって。



「大丈夫。未遂だったよ、、、すぐ俺が通り掛かってよかったぜ、、、、、」

ほんとに、、、



「何にもなくてよかったよ、、、、」

そう言った声が僅かに掠れているようで、自分を支えている腕も心なしか震えているようで。

倫周は遼二の言葉にほっと胸を撫で下ろすと共に安心したのかふいと大きな胸元に頬を預けた。






「ありがと・・・遼二・・お前が助けてくれたんだね。」

「ああ、、、でもお前あっちこっち怪我してる、、、、、俺が乱闘に巻き込んじまったせいで、、、

ごめんな、、痛くねえか、、、?」

「ううん、平気だよ。このくらい何でもないよ。それに・・・遼二が来てくれなかったら俺今頃もっと

酷い目に遭ってた・・・・・ほんとにありがとな。」

そう言って微笑んでみせた倫周にどうしようもない感情が湧きあがり、それは愛しいという気持ちなのか

安心したという気持ちなのか、とにかく色々な思いがごちゃまぜになって遼二はとっさにその細い肩を

抱き締めた。強く強く抱き締めて・・・・





「よかった、、、ほんとに、、何もされなくて、、、、よかったよ、、、、」

逞しい腕に抱き締められながらふと見上げれば頬と頬が触れ合っていて、すぐ近くで黒曜石の瞳が

揺れていて・・・・





「倫周、、、、」





揺れていた瞳がふいと近付いたそのときに、ばたりとドアが開く音がけたたましく、そこには

事件を聞いて駆け付けた帝斗と紫月が蒼い顔をしながら息を切らして立っていた。





「帝斗っ・・・紫月っ」

倫周は大きな瞳を見開いてドアの方向へと身を乗り出した。

「倫っ、、、!大丈夫だったか!?」

2人は蒼白な顔色のまますぐさまベッドに歩み寄ると倫周の脇に身を屈めてほっとした表情を浮かべた。

「ああ、、よかったよ、、、、何も無くて、、、、っ」

「遼二くんが助けてくれたんだってね?ほんとによかった、、、ありがとう。

あなたが通り掛かってくれなかったら、、、、本当に、、、」

帝斗と紫月はそれぞれ遼二への御礼と感謝、そして安堵の言葉を口にするとそっと倫周の細い肩を

抱き締めた。

「よかった、、、倫、、、お前が無事でっ、、、お前に何かあったら俺はっ、、、、、」

「紫月・・・もう大丈夫だから・・ありがとね。」

そっと髪を撫で、頬に手をやり、おでこを付けて、、、、

安心したように倫周を抱き締めて瞳を閉じた紫月の様子にすぐ側で帝斗も軽く微笑みを見せた。

だがそんな様子に我慢がならなかったのか遼二はがたがたと肩を震わせながらぎゅっと拳を握り締めた。



「あんたら、、、そんな安心したようなこと言ってるけどな、、、、

もしか俺が通り掛からなかったらどうなってたと思うんだ!?今頃こいつはあの連中に犯られちまって

たんだぜ!?、、、いつか、、、、、

いつかこんなことになるんじゃねえかって思ってたぜ、、、あんな、、危ないことさせてよっ!?

こんなことになったのもみんなあんたらのせいだよっ!」

「遼二・・・っ・・何言って・・・」

遼二のこの言葉に帝斗、紫月は勿論のことさすがに倫周も驚いて。

「だってそうだろっ!?あんたらがこいつにあんな汚ねえショーなんかやらせてっからっ!

あんたらのせいだよっ、、、ふざけやがってっ、、生活の為だか何だか知らねえけどよ、、、

もうこんなとこに置いとけねえっ、、、こいつはっ、、倫周は俺が貰うっ、、!」

「遼二っ!?」

「来いっ倫周!こんなとことおさらばするんだっ、こんな奴らと一緒にいたらお前、めちゃめちゃに

なっちまうっ、、、こんなとこにいるべきじゃねえんだよっ、、、、

俺と一緒に行こう、、、ここに居るよりは必ず幸せにしてやっからっ、、、、

一緒に来いっ!」

そう叫ぶと遼二はぐいと倫周の手を掴んで自身の胸の中に抱き寄せると帝斗と紫月を睨み付けるように

しながらぎゅっと拳を握り締めた。

「何か文句あるかっ!?」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





この事態に帝斗も紫月も何ひとつ言葉にならずに只ただ立ち尽くしているしかなく・・・・



「文句なんか言えるはずねえよな?引き留める権利なんかっ、、、あんたらにはねえよっ!

そうだろっ、、、」





「行くぜっ、倫周!」

遼二はぐいと倫周の腕を引っ張ると有無を言わさずといったふうに少々強引にその場を後にしようとした。

「待ってっ・・・・待ってよ遼二っ・・・」

遼二に手を引かれながら後ろを振り返る倫周の瞳に呆然と立ち尽くしている帝斗と紫月の姿が遠くなる。

「紫月っ・・・・帝斗っ・・・・・・・・紫っ・・」

だが体格も力も自分よりずっと上の遼二にはすべての留めも空しく、ずるずると引き摺られるようにして

アパートが遠ざかって行くのを目の当たりにするしかなかった。

ぐいぐいと引っ張られて息もあがり、走り疲れて、ようやく立ち止まってくれた遼二にしがみ付きながら

倫周は荒い息を抑えようとしていた。

「何だって急にっ・・・・何考えてんだ遼二・・こんなことしてどうするつもりだよ・・・・・」

「これでよかったんだ、、お前はあんなとこにいるべきじゃねえよ。あんなとこにいたら、、、

だめになっちまう、、、あの2人にいいように使われて終わりだぜっ、、、

これからは、、、、一緒にがんばっていこうぜ、、俺と一緒じゃ嫌か?」

少し自信なさげにそう言った遼二をくいと見上げて・・・・








さて、ここまでは同じストーリーです。ここから先、結末は2パターンありますのでお好きな方をクリックしてくださ〜い。
ちょっとおバカで脳天気な行く末が見たい〜!な方は笑顔マークを、
いーやっ!もの哀しい運命に翻弄される結末の方がおもしろいに決まってるーっ!な方は
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