蒼の国-TS Version/Your Angel is mine!-
次の日からレッスンが終わると倫周は人目を忍ぶようにして紫月の部屋を訪れた。

「約束を破ったら帝斗にこのことを言っちゃうよ」

確かに最初はそう脅かされていたのと、自分が帝斗を盗ってしまったというショックな思いとが

重なって重い足取りで訪れていたはずの紫月の部屋が。

次第に自分の意思で向かうようになってしまっていることに倫周自身も気付いてはいなかった。

重厚な造りの扉を開けて部屋に入ると耐え切れずに紫月の胸に飛び込んでいくようになって

しまっていることに気が付けなかったのは不幸だったのか幸いだったのか。

紫月はそんなふうになる位、毎日のように倫周に快楽を与えた。やがては倫周の身体が

紫月無しではいられない位、繰り返し繰り返し、まるで麻薬つ゛けにするかのように抱き続けた。

そうして紫月は待っていたのだ、この時の為に、この一瞬の為に。



Fairyが無事にデビューして半年も経った頃、レコーディングのリハーサルが行われていた   

ある日のスタジオ内の小さな倉庫の中で紫月は倫周の腕を取った。

「紫月?こんなところで、、、皆に見つかったらどうするんだ、、?」

慌てる倫周を無言で引き寄せると有無を言わさずに深いくちつ゛けをした。シャツを開いて

敏感な胸元にほんの少し愛撫してやって、たたそれだけで倫周の身体は快楽の波に呑まれて

どうしようもなくなる。瞳が虚ろになって寄り掛かるように紫月を求めて。

「続きはリハが終わったらね。」

やさしく微笑んでそう言うと紫月は狭い倉庫のカーテンを開けてスタジオへ向かってしまった。

すぐそこからバンドの皆の声が聞こえてくる。倫周はがたがたと身体が震えた。

途中で放り出されて、全身を這うような感覚だけが生々しく残されて。

「さあ、皆こっちに集まって!」

紫月の声が響く。いつまでたってもカーテンの向こうから出て来ない倫周を平然とした声が呼んだ。

「倫!何してるんだ、早く来なさい。」

がくがくと震える感覚を引きずったまま倫周はリハーサルに入った。



音が、冴えない。手元が震えて思ったように叩けない、、、



そんないつもと違う倫周の様子に遼二ら他のメンバーが心配そうな顔をした。

「倫、お前何やってんだ?どっか具合でも悪いのか?」

蒼白い顔をしながら倫周は首を横に振った。

「ううん、何でもない、、、」

それでも最後までドラムの音は冴えずにリハーサルは終了した。丁度新しいアルバムの為の

リハーサルだということで様子見に来ていた帝斗もそんな倫周の様子を心配し、側に寄って

やさしく声を掛けたが。

この時まではまだ帝斗は何も知っていなかった。紫月と倫周の間に起こっていることを、知る由も

なかった。そうなるように極秘に極秘に、気を使いながら紫月は機会を待っていたのだ。そう、

この機会を。

リハーサルが終了して皆が帰りかけたとき、その場にいた全員に聞こえるような声で紫月は

倫周を呼び止めた。

「柊、倫、この後私の部屋へ寄りなさい。ちょっとおさらいしような。」

あ〜あ、やっぱり呼び出しくらっちまったぜ。そんなふうに誰もが思った。

こくりと小さく頷くと倫周はその場から逃げるように先にスタジオを後にした。帝斗はそんな様子が

気になったのか倫周の後を追うように視線を送っていた。その視線を待ち望んだように追いかける

紫月の視線がうれしそうに輝いて。

紫月は帝斗に「お疲れ様」とだけ声を掛けると格別変わった様子も無く自室に向かって歩き出した。

そんな紫月の背中に痛いほどの帝斗の視線が感じられて、紫月は廊下を歩きながらにやりと笑った。



さあ、来いよ帝斗。俺の後を付いて来いよ。気になるんだろ?さっきの倫の様子が。気になって

俺に呼び出しくらった倫が心配なんだろ?ふふっ、、だから付いて来い、そして、、、

思い知るがいい、お前の大切な倫がどうするか、その瞳に焼き付けるがいいさ。



紫月が部屋に帰るとそこには倫周がもう待っていた。後ろから帝斗の気配を確認すると紫月は

わざとプライベートルームへの扉を僅かに開け放しておいた。

帝斗の気配を感じる。そっと覗くように様子を伺いに来た、倫周を想うやさしい気持ちが砕かれて

しまうまでにそんなに時間は掛からなかった。

わざと普通の感じを装って紫月は倫周に声を掛けた。







「早かったな、倫。さっきはどうしたんだ?ドラム、調子悪かったようだが?」



何言ってんだ?紫月があんなことするからっ、、だから耐えられなくなって、なのに、酷いよ、、、

何も知らない倫周の攻撃の視線が返ってくる。紫月は後ろで潜んでいる帝斗に聞こえるように

平然と言った。

「じゃ、おさらい始めようか?楽譜持って来たか?」

どっ、、、?どうして、、、

耐え切れずに倫周は紫月の胸に飛び込んだ。すぐそこに帝斗がいるとも知らずに。

いつものように、飛び込んだ。



「紫月、紫月、酷いよ、、どうして?何でそんなの、後にすればいいっ、、、」



それでも抱き返してくれない腕に半分怒りともとれるような視線を送ると自分のシャツに手を掛けて

それを脱ぎ捨てた。信じられない光景が帝斗の目の前を真っ白に染める。

その様子が伝わったのか紫月は低い声で言った。

「わがままだな。」

そう言われて倫周の方ももう全てが待ちきれないといったように半分紫月を責めるように詰め寄った。



「どうして?リハが終わったらしてくれるって言ったじゃないかっ、、ねえ、お願い紫月、、、

もう待てないよ、、早く紫月が欲しくて、、待てないっ、、、!」



自分の腰に腕を廻してそう懇願する、そんな倫周を見下ろしながら紫月はにやりと微笑んだ。

予想以上だな、倫。何も知らないとはいえ、お前がこんなに披露してくれるとは思わなかったよ、

本当に可愛いなお前、、、くくっ、、、

心の中でそう笑い声をあげると紫月はやっと倫周を抱き上げた。

「しょうのない子だな、ほら立てよ。」

やさしく抱きかかえると紫月はもうひとこと呟いた。帝斗に聞こえるように。

「ほら、どうして欲しいんだ?」

何も知らずに倫周は心のままを口にした。そう、紫月に慣らされたその身体の求めるままの言葉を。



「抱いて、、!抱いて、紫月、、、いつものようにしてっ、、、!」







紫月は「いつものように」倫周を抱いてやった。

倫周も又、「いつものように」紫月の腕の中で意識を開放していった。何も知らずに。

「いつものように」帝斗の目の前で繰り広げられた光景に。

お前はどんな顔をしてこれを見てた?なあ、帝斗、どんな気持ちでお前の大切な倫が俺を求める

のを見てた?教えてくれよ帝斗、そうしたら俺も教えてやる、俺の気持ちを。

お前に去られた俺の気持ちを、お前が抗議に来たら言ってやるんだ、あのときの俺の辛さを。

早く来い帝斗、早く抗議に。僕の大切な倫周に何するんだって、言いに来いよっ、、、!

紫月の腕の中でいつものように倫周は意識を開放した。その表情は悦びに満ち足りて。






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それからずっと紫月は帝斗を待っていた。帝斗が倫周のことで自分を責めに来るのを待っていた。

「倫周は僕のものだから」と、「僕の大事な倫周に手を出すな」と言ってくるのを待っていたけれど。

帝斗は来なかった。

いくら待っても何も言ってこなかった。それどころか全く普通だった。格別変わった様子も無く、

紫月に対しても以前と何ら変わらない態度で接していた。ただひとつ違ってきたのは帝斗の倫周に

対する態度だけだった。



「あの日」以来、帝斗は倫周を連れて歩かなくなった。今まではたわいのない用事でも後を

付いて来る倫周をうれしそうに連れて歩いていたことが多かった。Fairyのメンバーと接する時も

その瞳が倫周に向けられる時は格別に細くなるようで誰が見ても倫周は帝斗の「特別」な存在

なのだろうか?と思うくらいにやわらかな表情をした。

それがあれ以来、他のメンバーに向けられるのと同じ視線になった。特に冷たくするとか避ける

とかいう様子は無かったが帝斗は倫周に対して他の人間と接するときと変わらない態度に

なったのだ。



倫周の方は自分と紫月の関係を目撃されてしまったなどとは露ほどにも思っていなかったので

帝斗の様子が妙によそよそしくなってしまったようで目に見えない不安を抱えていた。倫周は

紫月に抱かれながらも心はいつも帝斗を追いかけていた。倫周にとって不幸だったのは、

心と身体は別のものだと思い込んでいたことだったのか、紫月に抱かれていること自体を

格別悪い行為だと自覚できなかったことにあった。故にその心は未だに帝斗を追い求めていた。

自分の身体が紫月によって穢されてしまったからもう帝斗を想い続ける資格など無い、などとは

夢にも思わなかった程、ある意味で純粋過ぎたのか。

不幸は足早に近付いていた。