蒼の国-TS Version/Ties1-
次の日、遼二はプロダクションの帝斗の社長室を訪ねた。

どうしても気になることがあって、どうしても言っておかなければならないことがあって。

突然の遼二の訪問に帝斗は初め驚いたようだったがすぐにいつもの穏やかな感じで椅子を

勧めてくれた。遼二はまわりくどい事が苦手だったのと正直な所逸る気持ちもあってストレートに

用件を話し出した。


遼二がどうしても聞きたかったこと。それは倫周と帝斗の関係で、自分の思うに今は倫周の

片想いのようだが確かに以前は帝斗の方も倫周に対する特別な感情が窺えた感もあったので

その辺がどうなっているのかということと、今現在帝斗は倫周のことをどう思っているのかと

いったことだった。そんなことを尋ねれば幾らかは帝斗の本心が見えるような気がして遼二は

注意深くその表情を窺っていた。だが意外にも帝斗の答えは平凡なものだった。

「倫周のことですか?それは大切に思っていますよ、もちろんあなたや剛や信一、潤と同じようにね。

それに、僕と倫周の間にはあなたが思っているような関係はありませんよ。

確かに彼は僕を慕って来てくれる感もありましたが、それは恐らくご両親を早くに亡くしたそんな

寂しい気持ちが僕に向けられたのではないでしょうか?ほら、僕らは結構歳が離れていますから。

きっと僕にご両親を見ているんじゃないかと思ってました。だからより大切にしてあげたいなと

思いますよね。」

穏やかに、顔色一つ変えずにそう言う帝斗に遼二は気を削がれたようでぽかんとしていた。

だがこの若さでこんな業界トップクラスのレーベルの頂点に居る帝斗のこと、まだ疑いは拭い

切れなくて遼二は最後の賭けのようなつもりで自分の気持ちを伝えた。

「一応、スキャンダルになったら困ると思うので粟津さんには言っておきます。俺は倫と深い関係

にあります。それは普通の友人としてではなく、つまり、その、、、もっと深いというか、、、

俺はこれからずっとあいつを見守っていくつもりです。だからどうか認めて下さい、俺と倫の関係を

社長のあなたには知っておいてもらいたくて、、、すみません。」

さすがに帝斗はそれには驚いたようであった。

遼二が倫周を?

帝斗は一瞬その場に固まってしまったようだった。

そんな様子に遼二の瞳に鋭さが差す。


やはり粟津さんは倫のことを、、、


遼二にしてみれば倫周に快楽の味を仕込んだのは当然この帝斗だと思って疑わなかった為、

こう言えば必ず帝斗が何かの反応を示すと思っていたのである。そして遼二は訊くつもりだった。

何故倫周を捨てたのか、捨てたという表現がしっくりくるかは別としても何故身体の関係まで

あった倫周と別れたのかを問いただすつもりだった。そう、帝斗と別れたせいで恐らく倫周は

あんなふうに不特定多数の奴らと遊び始めてしまったのだと、責任の半分は帝斗にもあるのだと

そう言うつもりだった。だが帝斗は又しても遼二の思惑とは外れるようなことを平然と言ってのけた。

「そうですか、幼い頃からずっと一緒のあなたならきっと倫周にとっても安心して何でも言えるの

でしょうね。あまり派手にしてスクープにならないようにさえ気をつけて頂ければ結構ですよ。

僕はこう見えて以外に寛大なんですよ。」

そう言ってうれしそうに微笑む帝斗に遼二は完全に的を外されたといった感じだった。

遼二にはこのときの帝斗の本心などわかるはずもなく、あまりにもあっさりと自分たちの関係を

認めた帝斗の様子にある結論が浮かんだだけだった。


これはやっぱり倫の片想いだったのかな?と、、、


だがこのとき遼二はそればかりに気を取られて肝心なことが頭からすっかり抜けてしまっていた。

では一体誰が倫周に快楽をもたらしたのかということを。忘れたまま遼二はあることを心に決めていた。

倫周の片想いを認めて、そんな気持ちさえもひっくるめてその全てを受け止めてやろうと

そう思っていた。



一方、帝斗の方は遼二が帰った社長室の大きなパノラマの窓からきらきらと午後の日差しに煌く

大都会の風景を見下ろしながら、その心も又倫周を想っていた。

本当は倫周のことを一番想っていたのは帝斗だったかも知れない。決してその心の内を見せる

ことはなかったけれど。

遼二が倫周を、、、だがそれなら倫周は今よりも幸せになれるに違いない、帝斗はそう思った

のである。何故帝斗がこれまで何も言わずに来たか、紫月と倫周の仲を知ったときも何も言わず

に身を引いて。恐らくは帝斗自身だって倫周を好いていたに違いないはずなのに。だがそれは

帝斗の行動からすると果たしてその本心はどうだったのかということを他人が想像するのは

困難であった。その心の内は帝斗のみぞ知る。が、もしかして帝斗本人にもはっきりと自分の心が

つかめないでいたのかも知れない。紫月や倫周との複雑な気持ちの絡み合いが帝斗の

心に霞をかけたようにして、手を伸ばせばすぐに届くところにあるものが見えなくなってしまって

いたのかも知れない。帝斗は大きな机の引き出しから愛用のメンソールを取り出すと大きく煙を

吸い込んだ。暗褐色の瞳に煌く大都会の風景を見下ろして。



その頃、同じように煌く都会の風景を映し出す反対側の専務室の大きな机に腰掛けながら

紫月は誰かと電話をしていた。

ふいに受話器を持つ紫月の瞳がうれしそうに微笑んで、、、にやりとしながら紫月は電話を切った。

しつこいくらいに自分を追いかけていた倫周の訪問がぴたりと止んで紫月は自分の計画が

思惑通りに進んでいることを実感していた。だから尾行を付けていたのだ、倫周を追いかけて

その行動を逐一自分に報告させる為に。

電話はその報告だったようでその内容も紫月を喜ばすものだった。

倫周が不特定多数の男に身を投じていると、紫月はそう報告を受けた。

煌く午後の日差しが褐色の瞳を更に輝かせて、紫月は声をあげてうれしそうに笑った。






これでお仕舞いだな倫、お前はもう這い上がれない、いろんな男にその身体を好きなように

されてさぞ辛かったろう?だが自業自得だなあ。だってお前は俺から帝斗を盗ったんだから。

あのときは俺も辛かったよ、だがこれでやっとすっきりした気分になれたよ。ふふふっ、、、

ああ倫、早くお前の顔が見たいよ、お前の傷ついた顔が。くふふふっ、、、今度会ったら

思いっきりやさしくしてあげられそうだよ、、、そして、、、、

遅かれ早かれこのことは帝斗の耳にも入るだろう、そのときの帝斗の辛そうな顔も目に浮かぶよ、

ふふ、、仕方ないよな、2人には悪いけど辛い気持ちは皆で分け合わなきゃね。そう、自分が

辛い思いをして初めて気付くんだ、あのときの辛い気持ち。俺の気持ちに気付いてくれたら

うれしいなあ。はは、、、ふははははっ、、、、