蒼の国-TS Version/朱月の蜜- |
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倫周・・倫周・・・・
愛しているよ、お前だけ・・俺にはお前だけだよ・・・・
「やっ・・・・・」
愛する人の甘い囁きが聞こえたような気がして、何かに魘されるように倫周は飛び起きた。
身体中にはびっしょりと汗が纏わり付いて気持ちが悪い、ふと額に手をやれば雨に打たれたように
汗が流れて落ちた。
先程から頭の中に響いていた声は夢の中で自分を呼ぶ愛する人のものに他ならなかった。だが
蒼い闇の中に、何処を探してもいつも一緒にいたはずの愛する人の姿は見つからなくって。
やだ・・・孫策・・・・
どこへ行ったの・・?どうしてここにいないの・・・?
現実が戻ったとき、このところずっと不安定だった倫周の胸は更なる不安に押しつぶされるように
締め付けられていった。
「うっ・・・んっ・・んっ・・・・」
溢れ出す想いと共に大きな瞳には流れて落ちる涙がとまらなくて。
倫周は耐え切れない寂しさに自身の肩を両手で強くつかんだ。
つかんでいた手が肩から胸元に、そして次第に身体中を弄るように動かされて・・・
孫策のいない寂しさを紛らわすように倫周は自身の肌を確かめるかのように触れた。
まるでそれは孫策が触れてくれているとでもいうように身体中を愛しむように弄って。
「っは・・っ・・・・・」
そうしているうちに次第にぞわぞわとした快楽の感覚が全身を包み込み、くっと繭を顰めると
流されるままに身をまかせていった。
「・・・んっ・・・・ぁああ・・・・ぁあ・・・・・」
ああ・・孫策・・・孫策ぅ・・・・もっとして・・もっとだよ・・・・もっとっ・・・!
「あ・・・・ぁああ・・・・・は・・・ぁ・・・・」
闇の中に次第に熱い吐息が漏れ出して、とまらなくなる。
僅かに差し込む月明かりに照らされながら倫周は孤独な至福の瞬間を迎えた。
「ぁ・・ああっ・・・・!」
がくがくと身体が震える。全身に噴出した汗と共にがっくりと身体中の力が抜けていくのを感じていた。
次の瞬間・・・・
「やっ・・・嫌ぁああっ・・・」
手のひらにぬるりとした嫌な感覚を覚えて倫周は悲鳴をあげた。
恐る恐る開いてみれば、ちょうど雲間から差し込んだ月明かりに光る蜜が流れて落ちた。
「うっ・・えっ・・・・えっ・・・」
自分が何をしていたのかはっきりと解った瞬間に、情けなくて涙が零れた。
ほんの一瞬の快楽の後には足元を掬われるような孤独感と耐え切れない寂しさが襲ってきて
汗で僅かにしっとりとした寝台は冷え込んだ夜のせいでぞっとする程冷たかった。
いや・・・嫌だ・・・こんなこと、したくないのに・・・どうしてっ・・・
孫策を失ってからまるで脱殻のようだった倫周の心に僅かに現実が戻って来つつあったこの頃に
無情にもそれは同時に襲ってきた。
それは快楽という無残な欲望。夜毎に愛する人によって与えられた哀しい性であった。
そんなことがあってから、夜 寝所に付くのも怖くなっていた倫周にそれは毎夜の如く襲ってきた。
甘い、やさしい言葉を囁いて夢に出て来るあの人が、毎夜毎夜、倫周の欲望を引きずり出して・・・
真っ暗な闇の中で飛び起きる、そんな毎日は倫周の傷付いた心を更に病みに突き落していった。
「倫・・・・」
しばらく聞いていなかったその声に呼び止められたのは東の空に登り来る月が恐ろしい程に
朱赤に燃える、そんな夕暮れだった。
「倫、久し振りだね、元気そうじゃない?」
そう言ったその声も何となく自分と同じように病んでいるように感じられて、倫周は虚ろな瞳で
振り返った。
「倫、倫・・倫っ・・・!」
狂おしい程のその声は明らかに自分を求めてくれるものに他ならなくて・・・
気が付いたときはきつくその声の主に抱き締められていた。
「紫っ・・・紫月っ・・・」
それは懐かしい香りの胸。その昔、自分を抱いた狂おしい程の香りを放っていて。
流されてしまいたくなる、懐かしい香りのこの胸に、すべてを預けてしまいたくなる・・・
ああ、紫月・・・・
・・・・・・・・・・・・・・!?
倫周は はっと我に返ると自身をきつく抱き締めたその腕を振り払うように飛び退いた。
そんな様子に紫月の褐色の瞳は大きな翳りを見せて、、、
それと共に恐ろしい程の朱い月の色を映し込んで闇色に揺れた。
「何で?何で逃げるんだよ倫・・俺はずっとこのときを待ってたのに・・・
お前が孫策のものだった間、ずっとひとりで耐えてたんだぜ・・・?それなのにどうしてっ・・・
好きなんだよ倫、愛してるんだ。俺は、お前を・・・・
だから・・・・
やらせてくれよ、倫。頼むよ、倫。ねえ・・・いいだろ・・・?
お前とやりてえんだよぉ・・・・」
生々しい欲望の言葉と共に何かに取り憑かれたように縋ってくる紫月が怖くて、
ふと心を許したらもうすぐにでもその腕に身を任せてしまいそうで倫周はぎゅっと身体を強張らせた。
「だ、だめっ・・紫月っ・・・俺は孫策のものなんだ、だから・・・ごめん・・
もうこんなことはしたくないんだ・・・・」
そう言ったけれど身体はすぐ側の紫月を求めるように欲求を増して来て、少しでも気を逸らしたら
もう抗えなくなりそうで倫周の心はぐらぐらと揺れていた。
そんな様子を見透かしたように、いや、そうではなかったのかも知れないが紫月も又、倫周を
求められなかったこの一年の間、その心は孤独と絶望で揺れていた。
そんな想いが堰を切ったように溢れ出て、紫月はもう待てないというように倫周を抱き竦めた。
「いやだ・・嫌っ・・・・放してよっ、紫月っ・・・!」
「何が?何が嫌なんだよ、、、倫、、、ほらもうこんなになってる、、、
お前だって俺をこんなに求めてるんだよ、、、ねえ倫。
ホントはやりてえんだろ? お前だって俺とやりてえんだろ?
なあ、倫、、、素直に俺とやりたいって、そう言えよ。
倫、倫、、、好きだよ倫、、、、」
必死で押し流されそうな意識を抑えているのに、紫月の熱い吐息と共に漏れ出したそんな言葉が
倫周のこころをずたずたに引き裂いて・・・・
抗えなくなる、やめられなくなる、熱い抱擁に引き込まれて・・・・
「ん・・?もう我慢できない?ねえ、倫・・いきたいの?ねえ、いきたいんならそう言えよ・・・
な?素直にそう言って・・・そしたら一緒にいこう・・・よ・・!
倫、倫・・倫っ・・・・俺のっ・・・・・」
「や、、、やめてっ、、紫月っ、、、嫌だ、、、嫌あああっ、、、、、、、!」
その心の内とはまるで逆の、身体が熱く反応する現実に倫周の心は怒涛の如く悲鳴をあげていた。
「綺麗だよ、倫・・・ほらこれ・・・倫の蜜・・・・こんなにいっぱい・・・・
ああっ、好きだよ倫・・・・・」
紫月の手のひらに流れ出た自身の欲望の残り香が残酷な程に瞳に痛い。
その無残なものに倫周は毎夜夢に魘されながら不本意に開放した自身の欲望との
戦いの日々を思い出していた。
だが紫月はそんなものさえをも愛しむように頬を摺り寄せてきて・・・
「綺麗・・・倫・・お前の・・・・・
これがどんなに欲しかったか・・・俺はこの日をどれ程待ち望んで来たか・・解るかい・・?
苦しかったよ倫、お前を抱けない間、苦しくて気が狂いそうだったよ・・・
愛してる・・愛してるよ倫・・・・・」
そんな言葉に倫周は自らも孤独な夜を思い起こしては涙が溢れた。苦しいくらいの嗚咽が響いて。
「泣いてるの?倫・・どうして・・・・大丈夫、すぐにきれいにしてあげるよ・・ほら・・・
大丈夫だよ・・・泣かないで倫・・・・」
やさしくそんな言葉を口にする紫月が、そしてそんな言葉を言われてほっとしている自分自身が
たまらなく嫌で倫周は力一杯紫月を振り解くと全ての迷いを振り切るかのように叫んだ。
「放せよっ、、、俺は孫策のものなんだっ!
二度とこんなことしたくないっ、、、もう二度とっ、、、こんなことご免だっ、、、!
あっちへ行ってっ、、もう俺に触らないでくれよっ!」
酷い言葉だった。
やさしい、その昔自らがあんなに求めてやまなかった紫月のやさしい愛情に溢れた言葉を
振り捨てるように倫周は叫んだ。
そうしなければ流されてしまう、自分の欲望に塗れた身体が嫌で、そんな思いをも振り切るかのように
倫周は紫月を突き飛ばすと一目散にその場を立ち去った。
「倫っ・・・・!」
取り残された紫月の胸に孫策への嫉妬と、そして倫周への怒りの気持ちが込み上げて。
何だよ倫の奴、、、、俺がこんなに愛してるのに、、、あいつはいつもそうだ、、、、
ここに来る前だって俺があんなに愛してやったのに、ふらふらと遼二にも身を任せやがって、、、、
で、こっちに来りゃ来たですぐに現地の男に入れ込んで、、、
愛してるだって?俺は孫策のものだって?
笑わせんなよっ、、、ちょっと前までは帝斗帝斗って俺の腕の中で泣いてたくせに、、、
次は遼二で?もう孫策だって?
ふざけんなっ、、、
今だって俺にちょっと愛撫されれば逆らえないくせにっ、、気取りやがって、、、
倫なんか、倫なんかっ、、、
めちゃめちゃにしてやる、、、、
俺の気持ちなんかこれっぽっちも考えてない、いつだってあいつは自分のことだけで、、
俺がどれ程苦しんだかなんて、ほんの少しも考えようともしない、、、あんな奴、、、、
倫なんかっ・・・・・・・・
孤独な褐色の瞳は朱月を映し出し、それはまるで怒りに燃える炎のように揺らめいていた。 |
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