蒼の国-TS Version/砂時計- |
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帝斗が倫周に普通に接するようになって半年も過ぎた頃、Fairyは丁度デビュー一周年を迎えた。
紫月のプロデュースとビルのマネージメントで予測どおり波に乗り、その人気は過熱の一途を
辿っていた。当初から決まっていたボーカル来生信一とベースの鐘崎遼二、ドラムスの柊倫周
に加えて紫月がその腕を見込んでスカウトしたギターの清水剛と、帝斗が知り合いの者から
紹介されたのが縁で気に入ったキーボードの成田潤の5人で構成されたこのバンドはひとこと
で言えば美形揃いでそのビジュアルだけでも一気に人気は過熱した。そこに加えて紫月が
曲から演出から全てをプロモートし、帝斗が社を挙げて宣伝をバックアップしたのだから売れない
わけはなかった。デビュー一周年にして既に大ブレイクしていたわけである。
何処に行ってもその人気はものすごいものでファンに揉みくちゃにされながら移動ひとつも儘
ならない程の勢いに、考えた末、帝斗は5人にボディーガードを付けることにした。
マネージャーのビルとて体格は立派で、何よりも元米国陸軍の特殊部隊に所属した経験が
あったくらいで元々は帝斗の護衛で雇ったもののFairyのデビューに当り、
こういったことを予測して専属のネージャーに変えたくらいであったが、
やはりそれでも追いつかなくて結局ボディーガードを雇うことになった。
帝斗が手を廻して連れてきたという何やら妖しげな立派な体格の男を紹介されたのは
間もなくのことであったが、この男、実は見かけと中身のギャップがひどく、
少し慣れてくるとただの軟派な女好きにしか見えなかった。
しかしやはり帝斗が選んできただけのことはあるようで肝心なときには眼力が増すというか、
普段からは想像もつかない雰囲気に包まれる不思議な魅力の男だった。
かくしてFairyはこの新しいボディーガードの橘京に守られながら音楽活動をしていったのである。
毎日忙しいスケジュールを共にしていく中でFairyのメンバーの間にも友情やら絆やら
そういったものができていったようでメンバー間の雰囲気はとてもよく、そんな普通のことが
倫周にとってはかなり救いであったといえるだろう。
特にベースの鐘崎遼二とは幼馴染で両親の仕事柄が一緒だった為、生まれも育ちも一緒で
半分家族のようなものだった。
2人は香港で生まれて香港で育ったが親の仕事の都合で初めて祖国日本に来たのが何と
高校生になってからだった。
2人は同じ高校に転入し、気軽な気持ちで始めたバンド活動中にライブハウスで
ビルにスカウトされたのであった。
ギターの清水剛とボーカルの来生信一は別々にスカウトされてバンドを組んで初めて知り合った
仲だったが馬が合ったのか、行動は常に一緒だった。
最近では部屋まで一緒に借りて住んでいる様子で誰しも2人は付き合っているのかと
思う程だった。
男同士であったがこういった業界でそれは格別珍しいものでもなかったようで、
ただやはりゴシップになり安いので細心の注意をするようにとビルに口すっぱく言われてはいた。
Fairyの中で唯一真面目だったのがキーボードの成田潤で、この潤は帝斗がたまたま
世話になった医者の親戚であった。
潤の家庭は家族から親戚中が全て医者という変わった家系で無論親は潤も医者に
なるものだと決めて疑わなかったが学際で披露したピアノが妙に受けて
潤自身もその気になったのかキーボードを買い込んで曲つくりなどを始めた。
最初はただの趣味だったが、もともと頭のよい家系のせいか吸収力も半端ではなく
気付くとかなりの腕前になっていてどこかの番組に応募したオリジナル曲がその番組の
エンディングテーマに使われたりするほどだった。段々潤も本格的になってきて終いには
音楽活動で生きていきたいなどと言い出すものだから両親は驚いたが、潤の決心があまりにも
固いのでそれならば何も医者になるのは今すぐでなくてもということになり、丁度そんな話を
聞いていた潤の叔父が帝斗を診察した縁でこの業界入りが決定したというわけだった。
現在潤は遼二と同い年の17歳であったが歳がきたら医大だけは受験するという条件付きで
Fairyのメンバーとなったのである。
信一と剛をはじめ、見た目だけでいえばものすごいハンサムだけれど
軟派で頭が柔らかそうな遼二と、世にも恐ろしいくらい綺麗な顔立ちだけれどその行動が
ふわふわと漂うようにメリハリのない倫周などに囲まれて潤は常々気を揉んでいた。
ああ、もう少しまともな仲間はいないものかと。
それ故メンバーの行動にいちいち小言のようなことを言いながらひとりで気を揉んでいたが
そんな様子が可笑しいのか、他のメンバーは潤の小言を右から左に聞き流しては笑っていた。
かといって潤とて決してこのメンバーたちに本心から嫌悪感を抱いていたわけではなく、
何となく小言を言うのも、又他のメンバーにしてみれば言われるのもコミニュケーションの
ひとつというか日常になってきていた。
そんなわけでFairyはかなりの忙しいスケジュールでも和気藹々とした雰囲気の中で
過ごせたのである。
そんな仲のよい雰囲気が益々ファンの熱を上げオリコントップを飾り続けていた。
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そんな忙しいスケジュールの中であっても倫周は紫月の部屋を訪れることは欠かさなかった。
欠かさなかったというよりは、この頃になるともう身体が紫月を求めて止まずにコンサート活動
などで少しでも紫月と離れて過ごしたならば身体が辛くて仕方なかった。
紫月に抱かれないと辛くて仕方ない。心はどうであれ倫周の身体はそれ程までに深く快楽の
虜になってしまっていた。来る日も来る日も紫月によってもたらされた悦びを身体が求めて止ま
ないという、不幸な結果はこれより後に更に輪をかけて波紋を広げることとなる。倫周自身は
気付く術もない、それは又も紫月の手によってもたらされようとしていた。
2週間に渡った地方遠征から帰って来たと同時に倫周は社の紫月の自室を訪れた。
部屋に向かいながら息があがる。早く紫月に抱きとめて欲しくて足が縺れそうになりながら
階段を駆け上がった。それはもうエレベーターを待っているのももどかしい程で。
息を切らして紫月の部屋のいつもの重い扉を開けた。
紫月、紫月、ああ、早く抱きしめてっ、、、!
考えることはそれだけで。
待ち望むようにして慌てて開けられた扉の向こうに紫月は居た。大きな大理石のテーブルを
挟んで腰掛けた見知らぬ人物の存在に倫周は時が止まったようになってしまった。
ゆっくりとその紳士がこちらを振り返ると、その向こう側から明るい感じの紫月の声が聞こえてきた。
「やあ、お帰り。早かったじゃないか、そんなところに突っ立っていないでこちらへ来てご挨拶
しなさい。」
そう言うと紫月はその紳士に倫周を紹介した。
「うちのバンドの子でしてね、地方のロケから帰ったところなんですよ。」
そう言って紹介されたその紳士はどうやら紫月の学生時代の知り合いのようだった。
何でそんな人物が今ここにいるのか不思議だったが倫周にとってはそんなことはどうでもよく、
丁度帰り支度をし始めたその紳士が早く帰ってしまうのを待っていた。
そうして2人きりになって紫月が自分を抱いてくれることだけを待ち望んでいた。それなのに。
「ああ、この後久し振りに食事でも行かないか?」
帰りかけた紳士に投げかけられた言葉が、倫周には信じられなかった。
どうして?紫月だって俺の帰りを待っていてくれるものだとばかり思っていたのに、、なんで?
紫月は俺と過ごすよりもそんな人と食事する方が大事なわけ?
そんな抗議の視線が紫月を見つめて。視線に気が付いた紫月が倫周に近寄るとやさしい小さな
声で囁いた。
「これも大事な仕事なんだ、ごめんな。そんなに遅くならずに帰るから俺の部屋で待っておいで。」
本当に済まなそうにやさしくそう言うと紫月は紳士と共に部屋を出て行ってしまった。
待ち焦がれた想いと紫月のやさしい囁きが身に纏わり付いて倫周は膝を抱えた。ひとり、広い
ベッドの上に横たわると次第に身体の奥底から湧き上がって来るぞわぞわとしたものに引き回
されるような思いに駆られ、そのベッドの上で何度も繰り返された熱い行為が生々しく浮かんで
きて倫周は耐え難い思いを必死に抑えていた。
や、やだ紫月、早く帰って来てよ、早く、早く、俺を抱いて、、じゃないと変になりそうだ、、、
ああ、紫月、、!
焦がれるような想いを必死で抑えながら倫周は紫月の帰りを待っていた。ずっとずっと耐え難い
想いで待っていたのに。
紫月は戻って来なかった。時計の針と戦いながら永遠にさえ感じられた苦しみは朝になると
更に酷い現実として倫周を襲った。
もう夜が空けきって、世間が慌しく動き始めた頃、紫月はようやく戻って来た。一睡も出来ずに
その帰りを待ち焦がれていた倫周はとるものもとらずに紫月の胸に飛び込んだ。
その強い力で抱き返してもらう為に、耐え難い想いをして辛かった昨夜の心の傷を癒してもらう
為に、懇親の想いを込めて飛び込んだのに。
その瞬間に紫月の胸元で携帯電話が鳴り響いた。
ほんの短い電話の時間も倫周にとっては永遠のように感じられて歯がゆくて。それなのに、、、
やっと邪魔な電話が終わりかけた頃、又も信じられない言葉が耳に入ってきた。
「わかりました、それではすぐに伺いますから。」
紫月の絹のスーツに仕舞われた携帯電話をぼうっと視線が追いかけながら倫周は真っ青に
なって耐え切れずに紫月に声を掛けた。
「紫月、、ねえ紫月、何処へも行かないでしょ?少しだけでもここにいてくれるでしょ?ねえっ、、、!」
大きな瞳に涙が込上げて、その顔は蒼白く歪んでいた。
「ごめんな倫、急な仕事が入っちまってどうしても抜けられないんだ。その代わり今夜は
とっておきの店に連れてってやるから。もう少しここで待っててくれないか?」
切なそうにやさしくそう言うと紫月は倫周の頬に軽くキスをした。
やっ、、やだっ、、行かないで紫月っ、、置いてかないでえっ、、、!
遠くなる紫月の後姿が涙に霞んで見えなくなる。重い扉の閉められた音に倫周は泣き崩れた。
嫌、いやだ紫月、耐え切れないよ、ひとりで待つのはもう嫌だっ、、、!
震える肩を両手で抱え込むように押さえたけれど想いは埋まらなくて。
その夜、紫月を待ち草臥れて半ば呆然とした倫周の元に紫月から電話があった。急な出張で
一週間程留守にすると。
倫周にとってそれはまさに地獄にような電話だった。 |
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