蒼の国-TS Version/愛欲- |
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ようやく一週間が過ぎて狂うほど待ち焦がれた紫月が帰って来る前日に、Fairyは地方ロケが
決まって入れ替わりで東京を後にした。仲間と過ごすいつもの和気藹々とした雰囲気だけが
何とか倫周の心を支えてロケが終わったのはそれから3週間後のことであった。
帰りのバスの中ではもう鼓動が高鳴り仲間に何を話しかけられても上の空で倫周の頭の中には
たったひとつのことしか存在し得なかった。
息を切らして心臓が飛び出しそうになりながら紫月の部屋を目指して一目散に走る。重い扉を
勢いよく開けてその視線の探す先は紫月の姿のみだった。
だが紫月は居なかった。次々とドアを開けて紫月を探しても広い部屋はがらんとしたままで人の
気配はまるでしなくて。
何処へ?何処へ行ったの、、、!?
それからどの位時間が経ったのか、重い扉の開かれる音がして誰かが部屋に入ってくる気配に
倫周は飛び起きた。ロケの疲れもあってかうとうととあのまま眠ってしまったのだった。
ふと聞こえてきた机を開くような音にベッドから飛びおりると後はもう何も頭には入らなかった。
僅かに開いた扉から垣間見えたその姿が倫周の全ての神経を高揚させた。
紫月っ、、、!
そこには狂う程待ち焦がれた紫月の姿があって。
「紫月っ!」
壊れる程の勢いでドアを開けて一目散に紫月の側へ駆け寄った。
「ああ、倫!久し振りだな、帰ってたのか。」
本当に、本当に久し振りの声。久し振りの匂い。久し振りの紫月の胸、、、!
「ああ、紫月、、!会いたかった、、ずっとずっと、会いたくて気が狂いそうだったよ、、、」
倫周は無我夢中で絹のスーツの胸元にしがみ付いた。
煙草の匂いがする。いつもの紫月の煙草の匂い、、、!
紫月はやさしく倫周を抱きしめると久し振りのくちつ゛けをした。
会えなかった時間を埋めるように深く、濃厚ともいえるほどのキスをした。
「倫、会いたかったよ。」
やさしい言葉、とろけるようなくちつ゛け、その全てが倫周の神経をほぐして。襟を開かれて白い胸元に
やさしく触れられて。
それだけで倫周の身体はぐずぐずに溶けてしまいそうだった。
ずっと待ってた、気の遠くなるような永い時間を、この瞬間だけを待ち望んでた、ああ紫月、、、
このままその広い胸に抱きしめられて幸せな2人だけの時間を過ごすはずだった、当然そうなる
ものと思っていたのに。
コンコンと扉を叩く音がして倫周ははっと我に返った。
「一之宮さん?いらっしゃる?」
甘い香りと共に部屋に入ってきたのは細身の女性だった。すっと居住まいを正すと紫月は事務室
の方へ行きその女性客を迎えた。
又しても倫周にとっては邪魔なだけの招かれざる客が、まさか紫月の手によってもたらされて
いるものだなどとは気付くはずもなかった。
倫周は鼓動を高鳴らせながらただひたすらにその客が用を済ませて帰ってしまうのを待っていた。
まさか今日こそは紫月と一緒に過ごせるはずだと信じて疑わなかった倫周にとっては、この客に
ほんの少しの時間を与えてやるくらいは余裕があったのだが。
話が終わったらしく紫月がプライベートルームに戻って来たとき、倫周は又も地獄のような感情に
突き落とされた。
「倫、これから打ち合わせが入ってしまった。」
済まなそうに言うと紫月はやさしく倫周の肩を抱いたのだが、、、
がたがたと抱かれた肩が震えを増して。
「嫌だっ、、!もう、嫌だよっ、、何でなんだよっ!?いつも仕事仕事って、どうして一緒にいて
くれないんだっ!?」
まるで八つ当たりするように紫月の胸を叩きつけると歪んだ瞳からは大粒の涙が溢れ出て
紫月を睨み付けながら倫周は勢いよくドアへ走ると両手を広げてそれを塞いだ。
「行かせない、もう何処へも行っちゃやだっ、、絶対に行かせないからっ、、、!」
「わがままを言うんじゃない、、倫、俺だって辛いんだから。」
やさしくなだめるように言いながら、それでも紫月はここにはいてくれない様で塞がれたドアに手を掛けた。
「やだっ、、待って、行かないで紫月っ、置いてかないでっ、、ねえっ紫月、、、」
「なるべく早く戻るから待っておいで、いい子だから。」
紫月はぽん、と軽く倫周の頭に手をやると廊下に待たせていたらしい先程の女性と一緒に打ち合わせに
出掛けてしまい、そんな様子を見送りながらずるずると倫周はドアのところに崩れて落ちた。
うそだ、紫月、、、戻ってなんか来ない、、、辛いなんて嘘だっ、、、
もう抱きしめてもくれない、、っ、、、!
何で、どうして、、酷いよ、、、そんなに仕事が大事なのか?急に忙しくなって、前はこんなじゃ
なかったのに、どうして急にっ、、
倫周は誰もいなくなった広い部屋のいつものベッドに身を投げるように飛び込むと紫月の匂いがする
シーツに縋るように頬を摺り寄せて泣き崩れた。
「うっ、、、うっ、、えっ、、、、えっ、、」
声をあげて泣きながら自らを抱き締めるかのように自身の身体を弄って。
「、、、ひぁ、、っ、、、」
その細い指が胸元に触れたとき、自分の深い部分から湧きあがるどうしようもない欲望の感覚に
倫周は悲鳴をあげた。
嫌、、嫌だ、、、こんなの、、怖い、、、自分が自分じゃないみたいだっ、、、ああ紫月っ、、、
辛い、身体が辛くてどうしようもない、、、助けて、、誰か、、ああ誰でもいいから、俺を抱いてっ、、、!
ふらふらと重い扉を開けて倫周は部屋を出た。どこをどう歩いているのかもわからずに壁に身体を
ぶつけながらふらふらと歩いて。
どんっ、と誰かにぶつかる感覚に虚ろな瞳を向けた。定まらない視線の先に見えた人、それは
帝斗だった。
「倫周?どうした、具合でも悪いのか?」
蒼白い顔色でふらふらと歩いていた倫周の顔を覗き込むように帝斗は声を掛けた。側には雑誌の
編集者らしい人物が2人ほど一緒にいて、皆が自分の様子に心配そうにしている感じが伝わって
きたけれど、倫周は何も反応できなかった。自分を心配そうに除き込む、その顔が帝斗であると
いうことがかろうじてわかる程度で視線は漂ったまま空を見つめているようだった。
「すみません、ちょっとロビーで待ってていただけますか?」
そんな声が虚ろな記憶の中に聞こえたような気がしたが倫周にはそれが誰に向けられた言葉か
さえもつかめていないようだった。
気が付くとどこかの控え室らしいところにいるようで目の前に帝斗を確認し、倫周ははっと我に返った。
「帝斗、、」
ようやく自分を確認できた様子に帝斗はほっと胸を撫で下ろした。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
帝斗は心配そうに先程と同じようなことを聞いてきた。
自分よりも低く屈んでそう尋ねてくれる帝斗の肩が目に入って、懐かしい色のスーツと懐かしい
帝斗の香りが一気に倫周の記憶を昔に引き戻して、、、
ほんの一年前まではこのスーツの傍らにぶら下がり一緒に食事をして一緒に黒のカブリオレに
乗った。そんな記憶が鮮明に蘇ってきて大きな瞳に涙が溢れてきた。
帝斗、帝斗、、好きだったのに、、あんなに好きだったのに、何でこんなことになっちゃったんだ、、、
どうしてこんなふうになっちゃったんだよっ、、、俺はっ、、、
もう戻れないのか?もう幸せだったあの頃に、、戻りたいっ、、、何もかも輝いていたあの春の
ベイブリッジへ、、帝斗と2人で見た眩しいばかりのあの夕陽をもう一度見たいっ、、、
連れて返ってよ、あの頃へ、、あの熱いくちつ゛けを交わしたベイブリッジへ、、、っ、、、!
倫周がそのすべての想いを込めて帝斗の胸に縋ろうと両手を伸ばしたその瞬間に帝斗の
携帯電話が鳴った。
「粟津さん?もしあれでしたら打ち合わせは又機会を作りますので、、、」
電話の向こうからはっきりと聞こえてきた機会音を通したような声。その向こうには忙しそうに
ざわざわと動くロビーの音が響いていた。
行ってしまう、帝斗も又自分を置いて行ってしまう、紫月と同じように側になんか居てくれない、
幸せだった頃になんか連れてってくれない、、、
倫周の本能がそれを読み取って。
突然立ち上がると倫周は勢いよく部屋を出て行った。
「倫周っ!待ちなさい倫周っ、、、」
自分を呼ぶ帝斗の声も遠ざかって。倫周はただ走り続けた。どこへ行くともなくただひたすらに
走り続けた。その頬には涙が風を切って流れて飛んでいった。
あ、れ、、?倫じゃねえか?
夢中で走るその姿を剛が捉えた。先程ロケバスを降りてから社のラウンジでお茶をしていた
剛と信一、そして遼二がいた。
「おい、遼二、あれ倫周だよなあ?何だあいつ、あんなに慌てて、どこ行くんだろう?」
そう言われて遼二は剛の視線の先に目をやった。
ほんとだ、倫の奴まだここにいたのか?何やってんだ?何か様子がおかしい、、、
幼い頃から一緒だった遼二には倫周の様子が普通ではないことが感じられたようで。
「俺、ちょっと様子見て来るわ。おお、剛、又なっ!」
そう声を掛けると遼二は倫周の後を追って走り出した。 |
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