蒼の国-TS Version/衝撃-
プロデューサーの本城との逢引きを目撃して以来、遼二は倫周に対する更なる嫌悪感を感じ

ずにはいられなかった。自分との過ちの夜以来、ぎこちなかったものは既にはっきりとした

嫌悪感へと変わっているのを自覚出来るほどになってしまっていた。

移動の車の中では何時も隣りだったシートを避けるようにわざと集合時間に遅れて行ったりと

細かいことにまで気を使うようになっていて、そうするうちに遼二の神経も疲れを伴ってきていた。

それだけでも消耗していた遼二の神経を一瞬のうちに引き裂いた衝撃の光景を、その日の

仕事先でその瞳に焼き付けてしまうこととなる。



その日はある番組の収録撮りで都内のスタジオに詰めていた。花冷えのするうす曇の午後の

廊下で、化粧室から出てきた遼二は倫周の姿を見掛けた。

長い廊下の遠くの方だったが遼二にはそれが明らかに倫周だと確認出来た、やはり何処にいても

倫周の綺麗な顔立ちと華やかな雰囲気は人目を引かずにはいなかった。

倫周は2〜3人の若者と一緒で、恐らく身なりからしてアルバイトのような感じの男たちと一緒に

歩くその姿に珍しいこともあるもんだと最初は気軽に思ったのであったが。

遼二の頭の中に嫌な暗雲が立ち込めて、望んではいなかったがずるずると引きずられるように

して足がその方向へ向かってしまっていた。遠くに垣間見えた倫周と若者たちの行く方向に

引き寄せられるようにしてたどり着いた先はその日は使用されていないひっそりとしたイベント

会場だった。そこは普段記者会見などに使われる部屋であったが、何も催しのない今日は

普段の華やかさがうそのように寂れた陰湿な雰囲気をかもし出していた。

ぎぃっと、錆び付いた音をたてて開いたドアも又遼二の心の暗雲を煽り立てるようで逸る胸を

抑えるようにして恐る恐る中に入った。

薄暗い中に自分の足音さえ不気味に響くようで嫌な感じだった。とりあえずこの辺で見失った

倫周らを探そうと遼二は辺りを見渡すと、ひっそりとした広間の隅の小さな音響室から微かな

灯りが漏れているようで、忍び足で近付いた。





大手テレビ局の別棟にある給湯室でなにやら如何わしげに若者たちが話しに夢中になっていた。

「なあお前、Fairyとやったってホント?なあどうなのよ?」

誰かがそわそわと話しかけるその相手は。いつかの倉庫で倫周を暴行したアルバイトの男だった。

どうやらそのときの話が拡大して伝わってそれが暴行ではなくお互いに気持ちを通じ合えてされた

愛の行為のように噂になっていた。ほんの出来心で、ちょっと自慢気に誰かに言った言葉が

まさかここまで大きく噂になってしまうとは言った本人も思う由もなかったが、こんなことになって

引っ込みがつかなくなり男は少々困っていた。そんな彼の心中などわかるはずもない同僚が

胸を弾ませたようにして声を掛けた。

「なあなあ、今日さFairy来てんだ!このスタジオに!なあお前親しいんだろ?紹介してよっ、

なあ、頼むよお、俺見てみたい!側でっ。綺麗なんだろ?いいなあお前は、、、」

溜息をつく同僚に苦虫を潰したような表情で話を聞いていると、別の同僚が又しても厄介なことを

言ってきた。

「なあお前さあ、どうして知り合ったの?でさでさっ、マジやっちゃったって?なあ、それならさあ

お前の顔で俺らにもちょっと貸してよっ!なっ、頼むよ!あんな綺麗なの一度でいいから犯って

みた〜いっ!」

「ばか言うんじゃねえよ、、、」

ほとほと困り果てた様子で尻込みする彼に少々気の荒そうな同僚が追い詰めるように言った。

「なあんだ、やっぱ嘘だったてわけ?そりゃそうだよなあ、あのFairyとなんて、なあ、デマに

決まってらあ!」

そう言われておとなしい彼のプライドが傷付いたのか、向きになると自分でも引っ込みのつかない

ことを口走ってしまった。

「嘘じゃないって!そんなに疑うんなら犯らせてやるよっ!後であいつを捕まえて、、、、」

そこまで言ってはっと我に返ったときは遅かった、すでににやにやとした同僚たちが自分を

取り囲んでいて。

「ホントだろうなあ?マジ、期待しちゃっていいわけ?」

ざわざわとはしゃぐ同僚の声が遠ざかり、一瞬立ちくらみがしたが、もう後戻りは出来なかった。

少々気弱そうでいつもおどおどとした感じの彼はここで嘘つき呼ばわりされるなんて耐えられなかった

のだ。ともすれば普段から多少仲間にばかにされた感がないわけではなかった彼にとって

これ以上侮辱されることになるのは到底我慢のならないことであった。

心を決めて彼は拳を握り締めた。

こうなったら出たとこ勝負だっ!



少々遅めの昼食が済んで休憩で化粧室から出てきた倫周を数人の男達が取り囲んだ。

たとえ囲まれたとしても普通の状態であればこのくらいの人数を相手にするのは倫周にとっては

赤子の手を捻るようなものだったが。あのときの男の姿を映した瞬間に大きな瞳は曇りを見せた。

男は仲間にばれないようにすっと倫周の側へ寄ると小声で囁いた。

「久し振りっ、ちょっとさ、付き合ってよ、こないだのこと、ばらされたくないだろ?」

その言葉に倫周の綺麗な顔が硬直し、こくんと小さく頷くと。

「かあわいい〜っ!すげっ!マジ綺麗じゃん!参ったなあ〜ホントに知り合いだったんだあ!」

仲間にそう言われて彼は少々自信が付いたのか態度が少し大きくなると倫周の腕をつかんで

足早に歩き出した。

「どっ、、何処へ行くんだ、、、」

小声で尋ねる倫周に彼はにやりと微笑みながら言った。

「気にすんなよ」とだけ。

倫周は嫌な予感がしたが、彼は仲間に褒められて自信がついたようでどんどん態度が大きくなり

我がままになっていくようで半ば引きずられるようにして連れて行かれたのは使用していない

イベント会場の小さな音響室だった。

彼は少々威張った感じで乱暴に倫周を突き放すと仲間に向かって自慢気に言った。

「ほら、いいよ。好きなように犯れよ。」

一瞬、何言ってんだという表情の倫周はもちろんのことそんな事されるのはごめんだという顔をした。

倫周のあまりの綺麗さに戸惑う同僚たちは初め少々びくびくとした感じだったが、誰かが思い切って

その細い腕に手を掛けた、その瞬間。

倫周の腕がその伸ばされた手を捻り上げた。

「何するんだっ!ふざけんなっ!」

倫周の怒りに満ちた叫び声が小さな音響室に響き渡った。男達はその雰囲気に思わず後ずさり

したが、突然一人の男が気弱な彼を振り返ると悔し紛れに言い放った。

「何だよ、話が違うじゃないかよっ?やっぱそんなおいしい話はねえってか?だよなあ、、」

男が仲間に合いずちを求めるように言うと気弱な彼はそんな雰囲気がたまらなくなり、きっと、

倫周を睨みつけると側へ寄って囁いた。そう、彼にとってここで皆の機嫌を損ねることだけは

絶対に許されなかったのだ。

「いいのかよ?そんな態度して。あのこと週刊誌にばらしちゃうぜ、あんたから誘ってきたって

ことをさ。黙ってて欲しかったらこいつらのことも面倒みてくれよ、どうせ嫌いじゃないんだろ?

こういう遊びもさ?な、頼むよ黙っててやるからさ。」

倫周は愕然とした。この前の悪夢のようなことが蘇る。しかも彼が耳元で言ったことは紛れも

ない事実で。



あんたから誘ってきたってことをさ、、、



あのときのほんの些細なひと言がこんな事態を引き起こすとは到底考えにも及ばなかったが。

倫周は辛く苦い表情をしていたが、諦めたように小さく溜息を付くと一番側にいた彼の同僚の

男の肩に手をまわした。とっさのことに男は非常に驚いた様子で飛び跳ねそうになったけれど。

「いいよ、抱いて、、、」

ふわりとした雰囲気、恐ろしい程綺麗な顔立ちの正に妖精のような倫周に抱きつかれてそんな

ことを言われたら、、、男はしばらくその場に硬直してしまった。

その様子を目の当たりにしていた他の同僚たちも右に同じでしばらくは皆が動けなかった。


「すげえ、、な、、ホントにお前の言うことなら聞くんだ、、、」


だが気弱な彼を讃える言葉と共に彼らは暴徒と化した。あっという間に本性をむき出しにして

倫周に襲い掛かり、、、

覚悟を決めて歯を食い縛って倫周は抵抗することもなく男たちにされるなりになっていたが。

身体が、、流される、、、いいようのないぞわぞわとした感覚が身体の奥底から湧き上がってきて

抑えられなくなる。紫月に受け止めてもらえない倫周の欲望が引きずり出されるかのように

熱を帯びてきて、、、



「あっ、、、ん、、っ、、、」

不本意の喘ぎ声が小さく漏れて。

その様に若者たちの感嘆の声が上がった。

「すげっ、、可〜愛い声出しちゃってぇ、たまんねえなあ!」

「ほらあ、もっとよくしてやるからさあ」

「お前っ、早くしろよっ!次、俺、俺だって」

虚ろな意識の中でそんな声が木魂する。倫周にとっては望んでもいないことだったがどうせこんな

恥辱を受けなければならないのならもうどんなことを言われても同じだった。これは決して強請では

ない、決して恥辱などではない、無理にでもそう思おうと必死だった。だからそんなものを掻き消す

ように倫周は目の前に群がる男の肩に両手を伸ばしてわざと縋りついた。これは自分の意思なの

だと、自分が望んで、自分が選んでそうしているのだと思い込む為に。

そうでもしないと崩れてしまいそうな最後の自尊心を守りきれなかったのだ、それを手放してしま

えばあまりにも自分が哀れで可哀相で仕方なかったのだろう、倫周の意識がどうであれそれは

本能だったというより他ない。





使用していないそのイベント会場はまるで寂れた酒場のようで普段の華やかな面影など何も

無く、むしろ不気味なくらいだった。その隅の小さな一角から灯りが漏れているようで遼二は

忍び足で近付いた。中からは浮ついた声の数人の若者の気配がして、、、

「あっ、、、ん、、っ、、、」

小さなその声に遼二はその場に凍りついてしまった。



ま、、さか、、、?

まさか、今の、、、倫、、?、、、いや、そんなはず、、、は、、、



一瞬、祈るように聞き違いであってくれと瞼をぎゅっと瞑った遼二の神経を完全に打ち砕いたもの、

それは若者たちの浮ついた声が放った言葉、遼二には信じたくない、知りたくなかった言葉。

「可〜愛い!たまんねえなあ!さすがFairyってだけのことはあるよなあ、マジ妖精ちゃんみてえ!」

その言葉に引き込まれるように遼二は中を覗いた。

覗くつもりはなかった、むしろ見たくなかった、遼二にとっては見ない方が幸せだったその光景は

あまりにも信じがたいものだった。若者たちに縋りつく倫周の姿が、数人に囲まれて喘ぐ姿が

遼二の瞳に焼きついて、それは衝撃などという言葉では到底表せない地獄のような光景だった。

遼二が見てしまったのは不運にもその部分だけだった。その前後の経緯を知ってさえいれば

まさかこんなには衝撃を受けることもなかったであろうが、不幸なことに遼二の目にはまるで

倫周の意思で若者たちとの快楽のゲームを楽しんでいるように映ってしまったのであった。

逃げるように遼二はその場を立ち去った。

「んっ、、、いや、、、もうやめ、、、」

さすがに身体の苦痛に耐え切れなくなった倫周の声が漏れる。そんな様子に若者たちも一通り

満足したのかにやにやと笑いながら去って行った。皆各々に倫周を罵倒するような言葉を残して。

「楽しかったぜえ、またお願いしてえなあ」

「最高だったぜ!ご馳走さんっ!」







ぼんやりとする意識の中でそんな言葉を聴きながら倫周はひとり冷たい机の上に横たわっていた。

自分さえ何とも思わなければいい、自分さえ忘れてしまえばそれで済むんだ。


俺が言わなきゃ誰も知らないのだから。


哀れな自分に言い聞かせるように倫周は唇を噛み締めた。細い茶色の髪は乱れ綺麗な顔は

苦痛に歪ませながら白い頬には涙がひとすじ伝って。それは又しても暴徒から自分を守り切れ

なかった悔しさのせいだったのか、それともそんな目に遭っても流されてしまう自分の身体を

呪ってのことだったか、或いはそんなふうになってしまう自分の運命そのものに対してだったのか。

その日以後、倫周の体外のことに無関心といった風はより強くなり、喜怒哀楽もわからない位

まるで感情が見えなくなっていった。Fairyのメンバーは勿論のこと、そんな倫周の様子にビルや

京までが心配するようになって来ていた頃。