蒼の国-TS Version/連鎖-
・・・・はっ・・・・・



自室のベッドの上で何かに魘されるように紫月は飛び起きた。

身体中びっしょりと嫌な汗をかいて気持ちが悪い上、少しすると酷い動悸が襲ってきた。



又か・・・

この世界に来てこんなこともう治ったと思ってたのに・・・



苦い顔をしながら襲い来る震えに紫月は両の肩をしっかりと抱き締めた。

ふと時計を見ると午前の3時をまわったところだった。昨夜も遅くまで寝付けなくて結局日付けが

変わるまで起きていたのだった。



畜生、明日は早いっていうのに・・・



紫月はこの蒼国に来てから不死となったことであんなに自分を苦しめて止まなかった覚醒剤を

やめることが出来たがここでの生活に慣れるにつれて又似たような症状が出始めて、最近では

それが頻繁になってきていた。

それがいい機会だからとすべてを断ち切って生まれ変わるつもりでいた紫月に何故またこのような

症状が襲うようになったのか。



「ふ・・んっ・・・やっぱりそう簡単には許されねえってことか・・・・」



汗でびっしょりになったシルクの寝間着を脱ぐとサイドテーブルにあった煙草に火を点けた。

ここに来てから紫月は皆ともごく普通に接する日が続いていた。倫周を無理矢理自分のものに

することもぴたりとしなくなったし、無論帝斗とも何の変わりなくもなく接していたのだがやはり

紫月にとって心の奥底では帝斗を想い続ける気持ちがあったのか。

偶然、というか当たり前のように隣同士になった帝斗と紫月の部屋は他と変わりなく壁一枚で

繋がっていた。

すぐそこに帝斗の部屋がある。この壁の向こうにきっと帝斗がいる。

そんな環境が知らず知らずの内に紫月の心を辛く追い込んでいき・・・



「あっ・・・・」



だめだ・・・治まらねえ・・・・畜生・・何で又こんな・・・・

酷くなる一方でまるで治まらない身体中の振るえと動悸に紫月は蒼白になった顔を月光に

照らしながら唇を噛み締めた。

あぁっ・・辛い・・・誰か 誰・・・・倫 倫・・・助けてくれよぉ・・・・



あまりの苦しさに紫月の頭に浮かんだのは倫周のことであった。こんなふうに辛くなると以前は

いつも倫周をその腕に抱き締めて身体の震えを止めてきた紫月にとって、此処に来て以来

あまり顔を見る機会も少なくなった倫周を思い出してしまうのは致し方なかったかも知れない。



「倫・・・倫・・あぁ倫っ・・・!」



どうしようもない身体の震えを必死で抑えながらリビングのソファーの側にもたれ掛かると

紫月はそのまま身体を小さく丸めてうずくまった。

いつのまにかそのまま眠ってしまったのか、気がついたときは夏の早い朝の日差しが差し込んで

来ていた。





その日の仕事は朝は早かったがほんの単純なもので潤と一緒に行った仕事先から帰って来たのは

夕方頃だった。潤の前では一生懸命普通に取り繕っていたものの、やはり具合は思わしくなかった。

ロビーで潤と別れると、自分の部屋までの短い距離の間に緊張がほぐれたせいか、一気に

動悸が襲ってきた。

「っ・・・うっ・・・」

自室まであと少しというところまで来て耐え切れずに紫月は廊下の壁にしがみ付くようにしながら

ずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった。



「紫月さん・・・?」

微かな記憶の中に後方から誰かに呼ばれたような気がして紫月は慌てて立ち上がった。

「紫月さん?どうしたんですか?具合でも悪い・・・」

そう言い掛けた顔が驚きで真っ青に染まった、声を掛けてきたのは帝斗だった。

「紫月さんっ・・・!大丈夫ですか!?どうして・・」

帝斗は慌てて紫月を抱えあげると震えるその肩を担いで一緒に部屋まで連れて行った。

「しっかりして、紫月さんっ・・・ほらあなたの部屋ですよ?」

そう言ってとりあえずは居間のソファーに座らせたが紫月の震えは止まらずに側にいる帝斗の

僅かに伝わってくる体温からその存在を感じてますます動悸は酷くなっていった。

心配そうな大きな瞳が除きこんできて・・・

紫月はたまらずに手を伸ばした。

「帝斗・・・っ・・」

震える腕でその身体をぐい、と引き寄せて・・・

抱き締めた。

「帝斗、帝・・・・・」

だがそんな紫月の腕から逃げるように帝斗は身を強張らせた。

「紫月・・さんっ・・・大丈夫なら僕はもう行きますっ・・行きますから・・・・」

そう言って慌てて立ち上がった。

何で・・・なんでだよ、帝斗・・・・お前はまだ倫が好きなのか?此処へ来てもう大分経つというのに

それなのにまだ倫を・・・・

お前あのとき言ったじゃないか、紫月さんがいいのでしたら僕もいいですよ、って。此処に残るか

どうか聞かれたとき、そう言ったじゃねえか。なのにどうして・・・

「じゃ、じゃあお大事に・・・」

逃げるようにして帝斗は部屋から出て行った。

「うっ・・・・!」

また動悸が酷くなって紫月はシャツが破れる程の力で心臓を抑えながらその心も又深く傷付いていた。



月が高くなった頃、ようやくと治まった身体の震えにテーブルの上にあったジタンの煙草を手に取ると

そのままふいとバルコニーへ出た。そんな紫月の瞳に飛び込んできたもの・・・

それは5つ6つ離れた部屋のバルコニーで遼二の腕に寄り掛かって佇んでいる倫周の姿だった。

2人で何かを話しながら月でも見ているのだろうか、倫周は時折微笑みながら幸せそうな顔をしていた。

「倫・・・」

しばらくじっと見ていたが、倫周の姿を覆うように遼二が抱き締めて、2人はくちつ゛けを交わすと一緒に

部屋の中へ入っていった。

その様子に先程抱き寄せた帝斗の感触を思い出し、紫月は自分の手のひらを見るとぎゅっと、拳を

握りしめた。



何で・・・何で逃げるんだ帝斗・・・そんなに倫が好きなのか?お前はまだ倫が好きだっていうのか?

そして、そしてこんなになって尚、俺に抱き締められるのも嫌だと・・・いうのか・・・?

ああ帝斗・・・っ!

空を見上げて、その褐色の瞳からは大粒の涙が零れて落ちた。





それから2〜3日は急激な症状こそ無かったもののやはりあまり具合は思わしくないまま

仕事に向かうのがやっと、といったところだった。

幸い、日帰りの軽い仕事が続いていた為夕方には自室に戻って来られたが、そこで紫月は自身の

心の抑制を完全に外してしまうものを目撃してしまうこととなる。

おぼつかない足取りで自室に向かう途中に通ったシュミレーションルームの前で偶然そこから出て来た

遼二と倫周に出くわしてしまい。

「一之宮さん、今帰りですか?」

紫月と倫周の関係のことは微塵も知らない遼二が明るく挨拶をしたが、ふと側にいる倫周に目をやった、

その瞬間・・・紫月の瞳に飛び込んできたものが・・・

その白い首筋のところどころにほんのりと紅い痕をつけて羽織られた白いシャツは心なしか乱れていた。

相変わらず綺麗な顔立ちの頬がほんの僅かに紅く染まっているように感じられて・・・・

わざと普通を装いながらその場を後にしたものの、自室に戻ると次第に眠っていた怒りが呼び覚まされて

しまい、同時に襲ってきた身体の震えに紫月はぎゅっと拳を握り締めた。



倫の奴・・・俺がこんなに苦しんでるっていうのにあいつはああしてしょっちゅう遼二と・・・・っ・・



そして又先日の帝斗のことが思い出されて紫月の心に冷たい炎が再び燃え上がってきて。

蒼国に来てから今までの自分を悔い改めて一からやり直そうとしていた紫月の心は、このところの

具合の悪さから始まって一気に昔に戻ってしまうかのようだった。

此処に来てからというもの、倫周にも何もしていなかった紫月の心中など何も感じていないような倫周の

様子に再び心が煮えるようになってくるのがわかった。



あんな幸せそうな顔しやがって・・・俺が今までのことを悔いていろいろと努力してるっていうのに

あいつは何も変わってなくて・・・悪気もなくああして遼二と・・・

俺たちは、俺と帝斗は此処まで来て尚、元に戻れないっていうのに、あいつは、倫は・・・・

もともとは倫のせいじゃねえかよ、倫が帝斗を盗って、それから、それから・・・



偶然に流れていたTVに東京の夜景が映し出されたのを目にして紫月は幸せだったプロダクションの

頃を思い出し、又 褐色の瞳を濡らした。