蒼の国-TS Version/大いなる愛情-
紫月のあまりの言葉に倫周の心は深く傷付いていた。

もう二度と紫月となんか・・・そう思っていたけれど、しばらくすると身体が耐えられなくなる、

その心とはうらはらに身体は紫月を求めてどうしようもなくなってしまう。

永い間かけて毎日のように刻み込まれたものはどうすることもできなくて。

この時代の生活や各々の任務に慣れる為に皆忙しい毎日を送っており、

違う部隊に配属された遼二ともこのところ全く会えずにいた。



倫周は自身の意思とは関係なく震えだす身体を抑えるように両腕で肩を抱いた。

夕方の河川沿いに佇みながら小さく肩を震わせるそんな倫周の姿をそっと見つめる者がいた。

そして倫周はその日の夜、自分の護衛する呉国の君主、孫堅文台に呼ばれたのだった。



周泰の案内で倫周は孫堅の私室を訪れた。

孫堅の希望でその護衛役に就任したものの私室に通されるのは初めてのことだった。



こんな時間にわざわざ私室に呼ばれるなんて余程急な用事なのかと思いながら

倫周は孫堅の前へ出ると丁寧に跪いた。

「孫堅様、倫周只今参りました。」



孫堅はふいと微笑むとやさしい声で言葉を掛けてくれた。この呉国君主の孫堅は

いつもとても穏やかで温かくその存在は幼くして亡くした父親以上だと倫周は思っていた。



「そんなに固くならないでこちらへ来て掛けなさい。」

そう言うと倫周に大きな長椅子を勧めて、自らもその隣りに腰掛けた。





「節介かもしれないがね、何か辛いことでもあるんじゃないかと思ってね。ああ、別に口を出す

つもりじゃないんだが、何となくお前を見ていたらそんなふうに感じてね。」

そう言いながらやさしい瞳が倫周の顔をそっと覗き込んだ。

その表情があまりにもやさしくて、あまりにも温かく感じられて倫周は一瞬瞳が潤むと共に

一国の君主たるものがこんな下っ端の自分にまでそんな繊細な心使いをしてくれることに

とても驚いたし何よりどうしてそんなことがわかったのかが不思議だった。

倫周は大きな瞳だけをを孫堅に向けたが何も言葉が出てこなくって、そんな様子に孫堅は

「ははは、、」

と笑うと椅子から立ち上がって照れたようにしながら言った。

「やはり節介であったかな?」



違うっ!



慌てて倫周は一生懸命に首を横に振りながら立ち上がった。



すぐ目の前に大きな孫堅の胸がある。温かそうな大きな胸。

何故にこれ程までに皆に人望が厚いのかわかるようだった。



「ご心配をおかけして、、、すみません。ですが本当に何も、、大丈夫です、、、、」

それだけ言って小さく俯いた。そんな様子に孫堅はやさしく目を細めると

「いいんだ、何も言わなくていいから困ったことがあったらいつでもここに寄りなさい。」

そんな言葉に驚きの表情を隠せずに思わず孫堅を見上げては大きな瞳からはぽろぽろと

真珠の粒のような涙がこぼれてきてしまった。。

自分よりも僅かに高い位置にあるその瞳を見上げながら倫周の頬に止め処なく涙が伝わって。



孫堅は少し切なそうな瞳を倫周に向けるとそっと抱き締めた。

自分の護衛に付けてからというもの、孫堅には倫周の寂しさやら悲しさといったものが何となく

理解できていたようで何も言わなくても伝わったのかもしれない。

「孫堅様、、、」

倫周の瞳が求めるように孫堅を見つめて。

そっとやさしく唇が触れた・・・倫周の頬に。

そしてそれは自然と軽く唇に触れて。

軽く、軽く、そして深く、触れ合った。



「文台でよいのだよ。これからはそうお呼び。」

そう言う瞳がとっても温かくて、倫周は久し振りに味わう自分を包んでくれる安堵感に

涙が止まらなかった。それは両親を亡くして以来、初めて帝斗に感じたあの温かさと同じような

感覚であった。

わかってくれた、この人は何も言わなくても。何も聞かなくても俺を理解して、こんなに温かく

包んでくれる・・・・!



「文台さま・・・文台さまあっ・・・・!」



その日から倫周は度々孫堅の私室を訪れるようになり、そんな倫周を孫堅はいつでも

やさしく包み込んで抱いた。

その大いなる愛情は倫周にとって本当に救いだった。紫月とあんなことがあって、

遼二とも会えなくて、心とはうらはらに悲鳴を上げていた細い身体は孫堅の愛情によって

水を与えられた花々のように綻んでいった。



こうして温かい大いなる愛情に包まれて倫周はしばらく幸せの中にいた。