蒼の国-TS Version/狂華奏- |
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あの晩以来、倫周とは目も合わせられずに気まずい思いをしていたが紫月も又襲い掛かる不安に
神経が引き裂かれそうだった。
あのとき倫周が置いていった上着を握りしめては唇を噛み締めて眠れぬ夜を過ごしていた。
心にも無かったとはいえ、あまりにも酷いことを言ってしまったと後悔と苛立ちの念が
いつまでたっても消えずに紫月も苦しんでいた。
このところ孫堅の護衛で夜になっても幕舎に帰らないことの多かった倫周と久し振りに会ったのは
偶然だった。
夕闇の迫った幕舎裏の林道で倫周の上着を抱きしめながらふらふらと歩く紫月を見つけたとき、
倫周の大きな瞳はときを超えてしまった。
その姿があまりにも儚げで寂しそうで近頃の乱暴な紫月からは到底想像もつかなくて、
ふと倫周は昔の紫月を思い出していた。
まだ蒼国に来る前のプロダクションの私室で自分を抱き締めたやさしい紫月の言葉を思い出して
倫周も又 唇を噛み締めた。
ふと視線を感じたのか紫月のふらふらと漂うような身体がこちらを向いた、褐色の瞳が倫周を捉えて、
驚いたように見開かれた。
「倫、、、」
倫周はとっさに走り去ろうとしたが紫月の言葉にその足を止められた。
切なく悲しげに、搾り出されるように発せられた言葉で。
「待ってっ、、倫、、、行かないでくれ、俺が悪かった、この前はお前に酷いことを言った、、、
もしも、、もしも許してくれるなら、、、今夜同じところで待ってるから、、、
待ってるから、ずっと、、、お前が来てくれるのを、、、、」
そう言うと紫月は持っていた上着を倫周の手に押し付けて走り去って行った。
一瞬倫周の顔を覗き込んだ褐色の瞳が潤んでいるように感じたのは気のせいだったのか、
倫周は心をもぎ取られるような思いに駆られた。
今自分は幸せで。孫堅の大いなる愛に包まれてとても穏やかで、だが紫月はまるで辛そうで
拭い切れない孤独のような深い悲しみを湛えた瞳が心に痛くて放って置けない気がして。
何よりも紫月の抱擁を、孫堅にはないあの溢れるばかりに激しく熱い紫月の抱擁を無意識に
身体が求めてしまう、繰り返し刻み込まれたあの熱いものが身体の奥底から込み上げてきて
どうしようもなくなる。そう、温かく穏やかな孫堅の胸の中では味わえない倫周を満たす熱いもの。
紫月はそれを持っていて。
夜半になって倫周の足はひとつの場所に向かっていた。
あの深い森の入り口へ・・・
偶然に自分を見かけた遼二が後を付いて来ているなどとは知るはずもなかった。
森の入り口まで来ると、暗闇の中に紫月はいた。
木の根元に座り込んで膝を抱えてまるで子供のように小さく肩を丸めて座ってた。
来るはずのない自分を空想の心だけが待っているといったように感じられて、倫周の心は
重苦しく、息が詰まりそうだった。
何故これ程までに紫月は辛そうなのか、何に追い詰められているのだろうかと考えても答えは
見つからなかったが、ともすれば気が触れてしまう寸前のような紫月の表情に瞳を釘付けに
させらてその場にぼうっと立ち尽くしてしまった。
倫周の気配に気が付くと紫月は夢じゃないかといったように白い胸に飛び込んできた。
「倫、倫、ああ来てくれたんだね。本当に、来てくれたんだ・・許してくれるんだね?
俺を許して一緒にいてくれるんだろう?なあ倫、もっと側に来て。もっともっとお前を感じさせて・・・!」
紫月は倫周の衣服を次々と解いていくとその白い肌に頬刷りをしながらまるで至福といった
表情で縋りついた。
「ああ倫、好きだよ、大好き。お前だけ、お前だけが俺の宝なんだ、愛してるよ倫・・・
倫、倫、可愛い・・・俺の・・」
この前の晩とはまるで逆の、自分を愛しみ求める言葉が次々と紫月の口から囁かれて倫周は
背筋にぞっとするものを感じた。
何故こんなに・・・こんな、まるで気が触れているかのようだ、紫月、いったい・・・
そんな倫周の様子に気付いたのか紫月は手を止めると褐色の瞳を辛そうに歪ませて言った。
「倫、俺が怖いの?・・・何か変だと思ってるんだろ・・・?わかってるよ、自分でも・・・
でもどうしようもないんだ、このところずっと、ひとりが怖くて眠れなくて。お前と一緒にいると
安心するんだ、お前の肌の暖かさを感じてるだけですごく・・・落ち着くんだ、だから・・
側にいてくれ頼むから・・その代わりお前の望むように愛してあげるから。俺に出来ることは
それくらいだから。お前が側にいてくれるのなら何でもするよ、お前の望む通り・・・・
ね?前にも言ったろう?俺を帝斗だと思ってもいいし、倫が望むんなら何だってするよ。
だからお願い、側にいてくれよ?な、倫・・・ずっと側にいてくれよ・・・」
一瞬、気は確かなのだと思えて倫周はほっとした。
理由はわからなかったが紫月が何かに追い詰められていたのは確かだったようで
それがわかっただけでも安心できた。
倫周にはまさか紫月がこれ程までに荒れ狂っている原因が自分が遼二に抱かれていることに
あるなどとは夢にも思わなかったが、以前に覚醒剤に嵌っていたことなどを知っていたので
何か別に理由があるのだろうなどと思っていた。
このところのあやふやな紫月の態度が何か原因があってそうなったのだとしたらそれはそれで
理解が出来た。倫周は安心して、身体が求めるままに久し振りに自分の全てを紫月に預けていった。
熱く激しい高まりを、何に憚ることなく思うままを紫月にさらけ出して、思うままに堕ちていった、
快楽という至福の波の中へ。
側に遼二がいるとも知らずに、、、
「紫月、紫月・・・ああ・・好き、紫月が好き・・・もっと、もっと・・・して・・・っ・・・!」
昔に戻って、あのプロダクションの部屋のベッドにいる頃に、戻ったようで想いが溢れ出る。
求めるまま、流されるまま、淫らになっていくのがわかる、
紫月の腕の中で。
囁かれるその言葉が低いハスキーボイスが高まる感情を更に乱して・・・
2人だけの世界を作ってゆく、
2人だけの世界に入り込んでいく・・・
誰もみていないという安心感が更に求め合う心を煽って激しさを増していく。
淫らな嬌声は深い森に木魂して。
遼二は目の前で起こっている出来事に吐き気を催すくらい驚いた。信じられなくて、何が起こって
いるのかつかめなくて、わかりたくもなくて、、、
だがそんな遼二の意識を呼び戻したひとことが。倫周の口から叫ばれて。
目の前が真っ白になった。
狂ったように求めたのは倫、紫月はそれを満たしただけ。それなのに、、、
「ああ帝斗・・・帝斗っ・・!」
いつも聴く、同じ言葉を倫は叫んだ。
紫月の腕の中で、あんなに乱れ狂いながら「帝斗」のことを考えてる、、、?倫、お前は一体、、、
遼二は蒼ざめた。倫周のことがわからなくて。てっきり自分とだけそう言った関係を持っている
ものだとばかり思い込んでいて、あの日の約束は守られているものだとばかり思っていたのに。
次の日、遼二は倫周を訪ねて昨夜のことを問いただした。男気の強い遼二には到底黙っている
ことなど出来るはずもなく、だがストレートに行動してしまうのも又遼二らしさであった。
遼二は思っていることを全て倫周にぶちまけた。あんなことをまだ他の誰かとしていたなんて、
しかも相手は帝斗ではなく紫月だなんて信じられないといったふうに食ってかかった。
だが倫周の口から遼二の知り得なかったことが発せられて。
紫月が自分の初めての相手なのだと。
遼二は驚きを隠せなかった。開いた口が塞がらない程に驚いて・・・
だって倫周の相手はずっと帝斗だとばかり思っていたから、だから必ず最後に帝斗の名を
叫ぶのだとずっとそう思ってきたから。それはある意味驚愕の事実であった。
倫周は今まで遼二が自分を受け止めてくれたことに感謝の言葉を言うと、もう自分は大丈夫だからと
言って微笑んだ。これからは遼二の本当に好きな人と過ごしてくれと明るく微笑んで言う倫周に
遼二は妙な違和感を覚えた。
急に大人びて明るい表情をして走り去っていくその姿がどうもしっくりと来なくて遼二は戸惑った。
何なんだ?倫の奴、、、又何か問題でも起こさなきゃいいが、、、
ふと無意識に思われた遼二の不安はこの後見事に的中してしまうことになる。
孫堅の長子、孫策伯符を巻き込んで新たなる波乱が幕を開けようとしていた。
倫周にとっても又運命のその人との出会いはこれより後に更なる苦しみと、そして幸福までをも
運んでくるこることとなる。幸福、幼い頃から縁の薄かった言葉。倫周にとって初めて味わう
本当の幸福とは恐らくこれが最初であったろう。 |
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