蒼の国-TS Version/My Favorite- |
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「これから、、、ちょっと付き合ってくれるか?」
え、、、?
「ええ、いいですよ。」
帝斗は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに微笑むと快くそう返事を返した。
久し振りの2人だけの空間で、紫月は少し照れ隠しをするように話し始めた。
「参ったな、、今日は、、、あいつら一体何時、あんなもん見つけたんだか、、、、
でも相変わらずいいステージだったよな。あいつらが皆で曲作りしてたなんてなあ、ちょっと
びっくりしたけどさ、、、」
そう言うと帝斗もにっこりと微笑みながら合つちを打った。
「そうですね。もしあのままあんな事故がなかったらもっとすごいミュージシャンになってたでしょうか?
でも何か懐かしかったですね、今日は。本当に。」
「うん、そうだな。」
にっこりとお互いを見合わせて微笑んで、、、
そう言ったまましばらくは会話が途切れた。
じっとお互いの瞳を見つめ合ったまま。
「帝斗、、、、」
懐かしいハスキーボイスが自分を呼ぶ声を、帝斗は不思議そうに瞳を細めながらその声に聞き入って
いるかのようだった。
目の前に一番愛する人がいる、ほんの少しの勇気を出してこの手を伸ばせばすぐ届くところに、
2人きり、、、
2人きり、、、
しばらくはときがとまって。
紫月はく、っと顔をあげると何かを決心したように話し出した。
「俺にはもうこんなことを言える資格はないって十分わかってる、、だけど、、もしもお前が許して
くれるなら、もう一度最初に戻って、、、俺とお前が初めて出会ったあの頃に戻って、、やり直し
たいんだ、、俺は今でもずっとお前を愛している。お前だけを、、、
だけど、もしどうしても俺のことが許せないのなら、、はっきりそう言って欲しい。そうしたら、、、
今度こそ本当にお前を諦める、、諦めるよう努力する、、、帝斗、、、
お前の本当の気持ちを、、聞かせてくれないか、、、」
拳を握り締めながらそう言う紫月に帝斗はそっと瞳を閉じるとゆっくりと首を横に振った。
「帝斗、、、やっぱり許してはもらえないんだな、、、わかってる、、わかってたんだ、、、
本当に、俺はお前に許してもらえるような人間じゃないのに、、、本当にすまない、、、」
震える声で心の内を搾り出すように、紫月は言った。
しばらくは沈黙が二人を包み空には早い雲が流れて、煌々と照らす月明かりだけが見え隠れしていた。
「紫月さん、、、」
静かに帝斗は呟いた。全ての気力が抜けたような紫月の視線が無意識のように帝斗を振り返る。
帝斗は暗褐色の大きな瞳を紫月に向けると、独り言のように話し出した。
「あなたが倫周と2人で寝てたとき、僕は反対側の僕の部屋でひとり、、、ひとりで寝てた、、、
あなたに抱かれているつもりでひとりで、、、
快楽は一瞬のことで、、後には空しさと辛さだけが残った、、、そんなときあなたは反対側の部屋で
倫周を抱いてた、、、
長い廊下の反対側のあなたの専務室で。
僕がどれだけ辛かったかわかりますか、、、」
虚ろな瞳で空を仰ぎながらそう言うと帝斗はふいと紫月の褐色の瞳を見つめた。
あまりにも驚いて紫月は何も言葉が出てこなくなってしまった。そんな紫月におかまいなしに
帝斗はもっと信じ難いことを言った。
「許されないのは僕です。」
一瞬、紫月は言われていることがよくわからないといった表情で帝斗を見つめた。
「許してもらえないのは僕の方なんです。僕は、僕の方こそ決して許されないことをした、、、」
静かに、帝斗はその心の内を語り始めた。今まで誰にも話したことがない、己の心の内を、、、。
「僕は、、、あなたを愛しています。今も昔も、僕が想っているのはあなただけです。」
紫月は非常に驚いた顔をした。先程からの帝斗の言葉は紫月にとってあまりにも非現実的なこと
ばかりだったからだ。帝斗は言葉を止めることなく続けた。
あなたもご存知のように僕は、、、僕は横浜の孤児院で育ちました。粟津の養父が僕を迎えて
くれるまでは親の存在も知らないままに、その温かさなど想像したこともないままに横浜の何処
かで生まれてあの孤児院に引き取られて。
粟津の両親はそんな僕にとてもやさしくしてくれて、本当の息子のように育ててくれました。
そんな両親に報いる為に僕は一生懸命勉強して。良い成績を取って良い大学に進んで、立派な
大人になることがやさしくしてくれた養父母に対する恩返しなのだと、そう思ってずっとがんばって
来たんです。
そして大学に入学して、何気なく立ち寄ったジャズサークルであなたに会った、、、。
あなたはストリングとドラムを叩いていて、その褐色の瞳がとても眩しくて、、、僕はちょっと
ピアノが弾けたから、ジャズなんて全く興味はありませんでしたけれどあなたの褐色の瞳を
見ていたい、只それだけであのサークルに入ることを決めて。
あなたはその名を知らない学生はいない、という程の一之宮財閥の御曹司で、いつも大勢の
学友に囲まれてとても輝いていた、あなたはいつも明るくて自身に満ち溢れていて、大財閥の
御曹司なんて、ちっとも気取ったところがなくて。男性にも女性にも皆に人気があって。
そんなあなたを遠くから見つめていられるだけで僕はとってもうれしかった。輝いているあなたの
笑顔を、一点の曇りのないその大きな褐色の瞳を、見ているだけで幸せだった。
そんなあなたから一緒にジョイントをしないかと誘われたときは言いようもないくらいうれしかった。
あなたと一緒に学際のステージに立って隣りで演奏できるなんて、夢のようだった。生まれて
初めて僕は幸福っていうのはこういう気持ちなんだと思えた。
それだけで十分過ぎる程幸せだったのにあなたは卒業しても一緒に音楽をやっていかないかと
言ってきた。僕は信じられない程うれしかったけれど、、、同時にものすごく不安だった。
もしもあなたが本当の僕を知ったらと、そう考えるとどうしようもなく怖くなって。僕の過去を知ったら
きっとあなたは僕の側から離れて行ってしまう、いつも不安を抱えて、いつか分かってしまうこと
ならと。傷付くなら早い方がいいと思いました。どうせいつかばれてしまうのなら今、自分の口から
言ってしまおうと。
僕はそれを聞いたら当然あなたが離れていくものと信じて孤児院で育ったことを云った、、、。
だけどあなたは予想に反してそれが何だと言って、そんなことを気にしていた僕を逆に叱り飛ば
したんですよね。僕は信じられなかった。養子になってからずっと抱えてきた不安が、ずっと
僕を縛り付けて放さなかったものがいとも簡単に吹き飛んでしまったようで呆然となってしまった
程で。
結局僕たちは卒業して一緒に音楽の道を目指すことになって、あなたと2人で小さなプロダクション
を作って。あなたは僕を社長にしてくれて。そんなあなたの心使いが痛かった、僕を気使って
本当はあなたの方がずっとずっと才能があるのに、あなたのやさしさが逆に辛くって。
紫月は黙って聞いていたがそれにはさすがに口をはさんだ。
「それは違うっ!お前は本当に人をまとめる力があるからっ、人を統率できる魅力を持っていた
からっ!それに俺はそんなこと心配しないで曲作りとかに没頭したかったからっ!お前、そんな
ふうに思ってたのか、、、!?」
帝斗は慌てて首を横に振った。
違うんです。わかっていました、紫月さんの本当の気持ちは、、、
今あなたが言ったそのままを、わかっていました。けれど僕は、、、
怖かったんです。常に過去のことが心に引っ掛かって、、
会社が軌道に乗る毎にプロダクションが立派な構えになる毎に僕の中での不安も一緒に大きく
なって。いつか誰かに過去のことがばれたらどうしようと、そればかりが気になって夜も眠れなくて。
いつか何処かで幼い頃の僕を知っている人物に出会ってしまったらどうしようと、そんなことしか
考えられなくて、、、
そんな僕を、、あなたは包んでくれた、、、
心も身体もひっくるめて包んでくれたんです。
僕はうれしかった、そんなことをしてまで側にいてくれるあなたが、もう只の友人などではなくって、
どんどんあなたに魅かれていくのがわかって、怖いくらいで。
どんなにあなたに愛されてもどんなに強く抱かれても、いつかあなたが目の前から居なくなって
しまうことばかり考えて怖くて、、、
あなたを失ったら生きていけない、、、もしもあなたがいつか女性を愛して結婚でもして、、、
なんて考えたらどうしようもなくなって。友人として祝福してあげるなんて絶対に出来ない、そう
思ったら怖くて。
あなたの腕の中にいるときだけ、あなたが僕を激しく抱くときだけは全てを忘れられたんです。
全て忘れて求めるままに素直になれた、、、
だけどそれが過ぎるとやっぱり不安で、そんなとき僕はいつもあなたを抱きに行った、、、
僕がこの手であなたを抱くことによってそんな不安を打ち消そうとしたんです。心はあなたを
求めて、あなたを愛していたけれど僕はどうしてもそれを云うことが出来なかった。
僕はあなたを特別には何も想っていないのだと、そういう態度でいつも接した。そうすることでしか
自分の心を保てなかったんです。いつあなたに去られてもいいように、僕はあなたを愛してなど
いないとそう心に言い聞かせて、、、
そんなとき倫周に会ったんです。
倫周は僕を慕ってきて。この子は僕の過去を知らない、そう思ったらすごく気が楽になって、、、
知らず知らずの内に僕は倫周を連れて歩くようになった。そんな中であの子も両親を早くに
亡くしていることを知って、何だか自分を見るようであの子が可愛く思えて。
倫周は僕のことが好きだった、それは手に取るようにわかって、、、僕はそんな気持ちを利用した
んだ、、、もしもいつかあなたが僕の元を去る日が来ても僕には倫周がいる、僕をじっと見つめて
くれる、今の僕だけを見てくれる、倫周がいれば救われるって思って、、、
そして僕はあなたまでをも試すようなことをしてしまった、、、
倫周と一緒の僕を見て、あなたが怒ってくれると思っていたんです。お前は俺のものだと言って
欲しくて、何してるんだと怒って欲しくて、僕はわざとあなたに焼きもちをやかせるようなことを
した、、、たとえ殴られても、何をされてもよかった。むしろ待っていたんです、あなたが怒って
僕を抱きしめてくれるのを、、、
けれど事態は僕の考えも及ばない方向に向かってしまった。あなたの怒りは倫周に向けられて
しまい、、、
あなたと倫周が抱き合うのを見たときは正直ショックではなかったんです。
自業自得でした、全ては僕が浅はかだった為にこんなことになってしまったと、自分のしたことに
後悔しても遅かった、、、だから諦めようと思ったんです。あなたのことも倫周のことも。
皆諦めて一からやり直すつもりで。けれどあなたと倫周は僕が思っていたことを遙かに超えた
方向に向かって進みだしてしまった、、気が付いたときはもう僕がどんなに後悔してもどんなに
償ってもどうしようもないくらい酷いことになってしまっていて、、、
倫周には本当に可哀相な目に遭わせてしまった。そしてあなたにも、、、
そんなことになってもまだ、あなたを諦められない自分が辛かった。元々は僕の責任とはいえ、
あなたも倫周に酷いことをしたに変わりはないのだから、そう思って僕は決して許されないことを
してしまったんです。
遼二が倫周を受け止めるようになって一人になったあなたを取り戻す為に。今度こそ、僕だけの
ものにする為に。
紫月さん、僕はあなたを、、、
帝斗は紫月の手を取った、それが紫月に触れる最期だというように暗褐色の瞳を潤ませながら
言った。帝斗にとっての最期の言葉を。
「許されないのは僕の方です。僕はあなたを地獄に陥れた、、、
あなたの薬、、、あの頃あなたが眠れなくて使っていた睡眠薬を、摩り替えたのは僕です、、、
あなたが常用していた睡眠薬を摩り替えて、あなたは僕の手によって覚醒剤に嵌ってしまったんだ、、」 |
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