蒼の国-TS Version/Little Kiss-
ビルによって帝斗らに紹介された3人の若者は学業の傍ら、デビューまでの間をプロダクションの

中にあるスタジオで紫月らによるレッスンに通う毎日を過ごすこととなった。

ベースの鐘崎遼二とドラムスの柊倫周は幼馴染であったがボーカルの来生信一は持ち前の愛らしい

人懐っこい性質からか遼二や倫周ともすぐに溶け込んでまるで3人共幼馴染だったかのような

雰囲気になっていた。ギターとキーボードのメンバーはまだ決まっていなかったが3人はまるで

クラブ活動のように放課後のこのレッスンの時間を楽しみながら過ごしていたのだった。

そんな中で柊倫周は社長の粟津帝斗と共に過ごす機会が増えていった。

倫周は幼い頃に両親を亡くしていたので年の離れた帝斗の穏やかな大人の雰囲気に魅かれる

ものがあったのかレッスンなどに顔を出した帝斗と会う度にうれしそうに纏わりついてはいつでも

楽しそうにはしゃいでいた。

帝斗の方もそんなふうに自分を慕ってくる倫周が可愛かったのか、よく食事などに連れて行ったり

していた。



この日も丁度受験のシーズンで学校が休みだった倫周を連れて帝斗は横浜にある港の灯りが

綺麗なレストランに来ていた。

そこはプライベートが守られた高級レストランで政界関係の人々などが好んで利用する帝斗の

行きつけの店であるらしかった。

蝋燭の灯りだけが点されたテーブルでデザートを取りながら倫周は大きな瞳を見開いて

うれしそうに話し掛けた。



「ねっ、帝斗さんはこの辺はよく来るの?だっていつもすごく詳しいから。」

くりくりと愛くるしい程の瞳でじっと自分を見つめてくる倫周に帝斗はくすり、と微笑いながら言った。

「だって僕はここで生まれたんですから。この辺は小さい頃からの遊び場だったんだよ。」

「ええーっ!そうなんですか?」

何を話してもうれしそうに真剣な瞳を向けてくる倫周が余程可愛らしく思えるのか、帝斗はにっこり

しながらやさしそうに目を細めていた。

「じゃあ、この辺に住んでるんですか?」

又も瞳をくりくりとさせながら倫周は興味深気に尋ねて。

「いや、僕は会社の中に住居があってね、普段はそっちに住んでいるんだけれど。ああ、でも

父と母はこちらにおりますよ。」

「ええ?横浜の?どの辺なんですか?」

「ええ、すぐこの近くですよ。今度遊びに来ますか?」

そう尋ねると倫周はとてもうれしそうに返事をした。

「本当に?いいんですかー?うわあ、うれしいなあー、、、何着て行こう?」

もうそんなことまで考えている倫周の様子が可笑しかったのかくすくすと笑いながら今度は

帝斗の方から質問をした。



「倫周は?どこで育ったの?ずっと東京かい?ご両親と一緒に住んでるの?」

倫周は現在は都内に親が残してくれた大きな邸に一人で住んでいたが、生まれも育ちも何と

日本ではなく香港であった。無論、幼馴染の遼二も同じで2人は両親が一緒の仕事をしていた為、

生まれた頃からずっと一緒で兄弟のようなものだった。

「俺、、、俺は香港で生まれて、、こっちに来たのはほんの2年くらい前なんです。両親は、、、

いません、、、俺が10歳の時に香港で亡くなって、、、」

倫周は少し言いつ゛らそうであったがぽつりぽつりと自分のことを帝斗に話した。

話が終わると帝斗は哀しげな顔をしながらぽつりと呟いた。

「そうだったのか、、、すまない、辛いことを言わせてしまったね、、、」

そんな帝斗を見上げると倫周は思いっきり首を横に振ったけれど。

静かにデザートのコーヒーを口にした後、2人は店を後にした。






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帝斗はそのまま高速には入らずに愛車の黒のカブリオレを港近くの公園に向けて走らせた。

公園に着くと寒い夜のせいか、殆んど人影は見当たらないようだった。

「寒いけど少し歩こうか。」

そう言って帝斗が車から降りると倫周もその後を付いて右側の助手席のドアを閉めた。

2月の寒い夜だったが2人は車を降りると人影のまばらな公園を抜けてネオンライトが眩い冬の海を

見渡す遊歩道まで出て行った。。

そっと倫周の肩に自分のマフラーをかけてやると帝斗は石畳の上をゆっくりと歩いていた。

先程のことが気になっていたのか言葉数は少なかったがその分倫周を思う気持ちはより伝わって

くるようだった。そんな帝斗の心使いを察してか倫周は明るい声ではしゃぎ出して。

とんとんと身軽に石畳の上を駆けては、後ろを歩く帝斗を振り返って笑った。



「ねえ見てよ!街の灯りが映ってすごく綺麗っ!ねえ、帝斗!」



そう言ったあとで、はっとするとすぐに言い直した。

「あ、、ごめんなさい、、、帝斗、、さん、、」

そんな様子に帝斗はくすりと微笑むとやわらかな声で言った。



「帝斗、でいいよ。僕もその方がいい。これからは帝斗、でいいよ。」



そう微笑まれた瞬間に倫周の色白の頬はぽっと、真っ赤に染まった。

なんだか帝斗が特別な存在になったようで、自分だけのものになったみたいで少し恥ずかしくて

そしてとてもうれしくて。倫周はそんな思いを隠すように又はしゃぎ出して。

帝斗はそんな倫周の肩に手を置くと石畳に目をやりながらそっと抱き寄せた。

「そんなにはしゃいだら危ないよ。ご覧、石畳が凍ってる、どうりで今夜は冷えると思った。」

肩を支えられて、その温かさをより感じて倫周はもっと頬が熱くなるのを感じた。

照れる気持ちを隠すようにわざとおどけて見せたが。


「大丈夫、ちゃんと見て歩くもの、、、」


そう言った瞬間に、つるんと足を滑らせて、、、

とっさに帝斗に支えられ墨色のコートの胸元に抱きしめられた。

どきどきと急に心臓が早くなるのを感じて、頬がもっと紅くなるのを感じて、倫周はしばらくそのまま

動けなかった。


「ほら、言ってるそばから、、、」


そう言われてぎゅっと帝斗の墨色のコートの腕につかまった。

そのまま何となく自然につかまった振りをしたまま歩き出した、じっと下を向いて、何気ない振りをして、、、

そうしてほんの少しどきどきしながら温かい腕にぶら下がっていたけれど、、、

帝斗は何も言わずにそのまま一緒に歩いてくれた。

そんなことがとてもうれしくて、とても温かくて、すごくどきどきして。

倫周は思い切ってぎゅっと手に力を入れるとより強く帝斗の腕にしがみ付いた。

そっと頬を掛からせて、、、

「寒い?そろそろ車に戻ろうか?」

そう言う帝斗にぶんぶんと首を横に振った。

「ううんっ、俺は寒い方が好きっ、、、だって寒い方がっ、、、」

そう言ったまま言葉を詰まらせて、又帝斗の腕に寄り掛かった。



だって寒い方がこうしていられるもの。こうして帝斗にぴったりくっついて、いられるのがうれしいから、、、

、、、俺は、、、帝斗のことが、、、



ぎゅっと自分の腕にしがみ付いてくる頬が真っ赤に染まっている様子に帝斗は瞳を細めた。

何も言わなくても倫周よりもずっと年上の帝斗にはその気持ちが手にとるようにわかるようで

そっと細い肩を抱き寄せると。

「何言ってるんだ。こんなに冷たくなって。頬っぺただって寒いからこんなに真っ赤だ、、、」

違うんだ、帝斗。俺の頬が紅いのは寒さのせいじゃなくて、、これは、、、、

無論そんなことは帝斗には重々わかっていたけれど。

「さ、戻るよ。」

そう言うと車に向かって歩き出した。

「待ってっ、、待ってよ帝斗、、、さ、ん、、、帝斗、、、

俺は寒いのが好きなんだっ本当にっ、、だからもう少し、、それに港の灯りがもっと見たいから、、」

一生懸命そう言ったけれど帝斗は立ち止まることなくさっさと車に向かって歩いて行ってしまう。

「港の景色なら車の中からだって見られるから。僕は寒いのは苦手、、、ん〜、寒っ、、」

ああっ、もうっ、、せっかくぴったり側にくっついて居られたのに、、暖ったかい車の中じゃくっつけ

ないじゃないか、、、つまんない、、、

ぷうっと唇をとがらせる倫周にちらっと目をやると帝斗はくすっと微笑んだ。



・・・可愛い・・・・



ばたんっ、とドアを閉めてご機嫌そうに帝斗は暖房を点けた。

「すぐ暖まるからねっ!」

そう言ってにっこり微笑んだが倫周の頬はまだ膨れたままなのがわかる。ふいに帝斗は可笑しく

なってくすくすと笑い出した。

「何が可笑しいんですか?」

少々不機嫌そうに言う倫周のまだ紅い頬に手を伸ばすと、そっと触れた。

倫周は突然のことにびくり、としたが驚いて隣りの帝斗に目をやった。暗褐色の大きな瞳が

じっと見つめている、、、、

あ、、、、、、

突然の信じられないようなうれしい感触に倫周は時が止まったように動けなくなってしまった。

「ほら、やっぱりこんなに冷たくして。」

そう言うとゆっくりと近付いて紅い冷たい頬に自分の頬を重ねた。

帝斗、、、

倫周は驚いた。驚いたけれどすぐに心臓がどきどきして、もう飛び出そうなくらいうれしくて、、、

あったかい、、、帝斗の頬、、、今、俺に触れてる、、、、ほんとうに、、、?

信じられない、帝斗がこんなふうに、こんなに近くにいるなんて、、、夢みたいだ、、、

そっと頬を放すと帝斗は微笑みながら訊いた。

「寒いのとここと、どっちがいい?」

まだこんな近くに帝斗の顔があって、どきどきは全然止まらなくて。

倫周は大きな瞳をとろけさせながら微かな声でようやくの思いで言った。



「ここ、、の方がいい、、、暖かい方が、、、、」



ふっと、やさしく微笑むと帝斗はゆっくりと近寄って軽く倫周の額にキスをした。

「帝斗、、、」

とろけた瞳がもう開けていられないくらい倫周はぼうっとしてしまって真っ赤な頬はふらふらとして

首が座らない感じになっていた。帝斗は額に押し当てた唇をそのままふいと下げて、倫周の唇に

軽く押し当てた。

「あ、、っ、、、」

小さな声が漏れて。

帝斗は何も言わずにそのまま押し当てるだけのキスをした。やさしく包むように、、、

紅い頬には帝斗の温かい手のひらが添えられたまま、、、




2月の寒い夜の初めての、触れるだけのくちづけだった。