蒼の国-TS Version/Deying- |
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「遼二!遼二っ、、ねえっ遼二っ!」
遠くからでもよく分かる程、ぶんぶんと大きく手を振って倫周が駆け寄ってきた。
はあはあと息を切らして頬を紅潮させて弾んだような声を出して。遼二は少々驚いた。
このところの倫周の様子がとても楽しそうで、何がそんなにうれしいのかといった感じで。
香港で両親を亡くしてからあまり笑うこともなくなっていた倫周が近頃は自分からよく話し掛けてきては
うれしそうにしゃべっていく。いつも同じようなことを。
今日もいつものそれと同じような話だった。デビューの時期が正式に決まって以前よりも忙しく
レッスンに打ち込むようになってきた春真っ盛りの花の季節だった。
「ねえっ、見て見てっ遼二!これ、ほら何だと思う?」
そう言って弾むような感じで遼二の目の前に差し出しされたものは、ドラム用のスティックだった。
まだ新しく袋に入れられていた。余程大事そうに持っているので遼二もにこっと微笑みながら尋ねた。
「おお?もしかデビュー用に揃えたのか?すっげえ、気合入ってるじゃねえ?」
「うんっ、いいでしょう?大事にするんだ、一生っ!」
本当に大事そうにまるで宝物のようにスティックを抱える倫周に半ば呆れ気味に遼二は笑った。
「一生って・・お前、オーバーだなあ。」
「一生だよ、一生っ!大事にするんだあ。だってね、これ買って貰ったんだ・・・」
「へえ?誰に?もしかして・・粟津さん・・・?なわけねえか。」
遼二はほんのちょっとからかうつもりでそう言っただけだった。いつもいつも自分のところに
寄って来てはやれ今日は粟津さんと食事に行くだの、買い物に行っただのと近頃じゃそんな
話ばっかりでいい加減、遼二も不思議に思っていたからだった。
何だ?倫の奴、ひょっとして粟津さんに惚れてんのかなあ?と思う程で。だからわざとそう言って
からかうだけのつもりだったが・・・
「そう、そうなんだ!よくわかったね遼二・・・」
満面の笑みを浮かべてうれしそうに微笑むその頬が微かに紅く染まった気がして、遼二は
まさか図星だったのかと驚いた。
「マジでえ?すっげえ、よかったじゃねえか!」
そう遼二に言われると益々喜びが増すようで、もう誰かにこの喜びを言いたくて言いたくて仕方ない、
といったふうだった。何はともあれ遼二にとっては倫周がこれ程までに明るくなってくれたことの方が
うれしくていつも一緒によろこんでやっていた。
「おい、そんな、にやけた顔してねえで早くスタジオ行くぜっ!」
ぽんっ、と肩を叩かれて。遼二は先にスタジオに向かって走り出した。
「すぐ行くからあ!」
遼二の後ろ姿を見送りながら倫周はそっと自身の唇を指先でなぞった。
ここ・・・この唇に・・・帝斗がした熱いくちつ゛け・・・昨日、夕陽がすごく眩しくて・・・・
「見てっ!ねえ帝斗、夕陽がすごいっ・・・」
もうすぐデビューする記念にといって新しいドラムのスティックを選びに行った帰り道で、
いつもの助手席から身を乗り出すようにして倫周は叫んだ。横浜ベイブリッジの真ん中で帝斗は車を留めた。
「ほんとにすごいなあ、おいで倫周!ちょっと降りて来てごらん!」
「いいの?」
うれしそうに助手席のドアを閉めて駆け寄って来る倫周をやさしげな瞳で帝斗は見つめた。
近頃ではほんのたわいの無い用事でもこうして倫周を連れて歩くことが多くなった。
帝斗にとっては素直にうれしそうな表情で付いてくるこの倫周がとても可愛くて仕方なかった。
「ねえねえ、こんなとこに車を留めてもいいのぉ?」
くすくすとうれしそうに笑いながら倫周は帝斗の腕にしがみ付いた。
「いいの。」
そう言いながら帝斗はメンソールの煙草に火を点けると気持ちよさそうにふうっと煙を吹き出した。
黄金色の髪が夕陽に溶け込んで眩しいばかりに輝きを増していた。倫周はそんな帝斗の仕草を
ひとつひとつ大事そうに観察してはどきどきと胸を高鳴らせていた。
「ね、帝斗はメンソールなんだ、煙草。なら俺もそうしよっかなあ?」
うれしそうに肩をぴったりと寄せながらそんなことを言った倫周に目を丸くしながら帝斗は言った。
「なんだ、倫周はもう煙草吸ってるの?まったく・・・いけない子だ。じゃあ遼二や信一もなのか?」
「うふ・・信一はノースモーカーだよ。吸ってるの見たことないもん。でも遼二は吸う・・・それに・・・
俺も・・・たまに・・・遼二程じゃないけどね・・・!」
ちょっと肩をすくめてみせる倫周の頭に手をやると軽くげんこつをくれた。
「悪い子だ!そういう子は此処に置いてっちゃうぞ!」
帝斗はきゅっと繭をしかめた振りをすると直ぐにくすりと微笑んだ。やさしい瞳が倫周を見つめて。
「吸う?」
そう言って自分の吸いかけの煙草を差し出して見せた。そんなことを言われただけで倫周の心は
もうどきどきと鼓動が早くなる。じっと帝斗の品のいい指に挟まれたメンソールを見つめて・・・
帝斗の煙草・・・帝斗の唇が触れた・・・煙草・・・・
引き寄せられるようにこくりと頷いたけれど。
「嘘だよ、冗談。まだ未成年はだめなのー。」
得意そうに微笑むと帝斗はぐいと火を消してしまった。
「ああ・・、ん!もったいない・・・!」
帝斗の唇が触れた煙草を一生懸命奪い取ろうと勢いよく手を伸ばしたところで欄干の突起に
つまずいてそのまますぐ側の大きな胸に倒れこんでしまった。
「帝斗・・・」
好き・・・帝斗・・大好きっ・・・!
しがみ付いたまま、ずっとそのまま動かない倫周の頬に目をやると夕陽に照らされたのとは明らかに
違う感じでその頬が真っ赤に染まって瞳を閉じている。そんな様子からは倫周の心の内が
はっきりと見て取れるようで帝斗は緩やかに微笑んだ。
そんなに僕のことが好き?
お前は素直でこうして真っ直ぐに僕を見つめてくれる、そんなお前がとても可愛く思えて、、、
ずっとこのまま側に置きたくなる、ずっとその真っ直ぐな瞳で僕だけを見ていて欲しくなる、倫周、、、
「もう少しこのまま見ていくか?ちょっと寒いけどもう少ししたら街中に灯りが灯ってそれも又綺麗だよ?」
「ほんとっ?うんうん、見てく・・・も少しここにいたい・・・」
返事をしながら帝斗を見上げた拍子にしがみ付いていた身体が離れてしまったのが惜しいというような
表情をしてみせた倫周の様子にくすりと微笑むと帝斗は車の中から自分の上着を取り出して
倫周に羽織らせた。
「少し寒いだろう?」
「あっ・・ありがと・・・・」
ちょっとのことでも頬を真っ赤にしながら倫周は大事そうに帝斗の上着に包まった、まるで
帝斗本人に抱き締められているかのような表情をして。
そんな様子も帝斗にとってはとても可愛くて暗褐色の瞳はますます細くなっていくようで。
眼下にはもうぽつりぽつりと灯りが灯り始めていた。
「帝斗っ!ほら、ねえあそこ!この前いったとこだよねっ?わあ、あんなに小さい・・・」
「ね、結構綺麗だろう?ああ、けど倫周は香港育ちだったっけ、なら敵わないなあ・・・」
そう言って少々照れ笑いをした帝斗だったが、そのまま倫周は黙り込んでしまった。
何もしゃべらずにずっと遠くの景色に目をやっているだけで・・・
「どうした?寒いのか?」
急に黙り込んでしまった倫周にそう尋ねた。
小さな声で返事が返ってきたとき、帝斗ははっとして瞳を見開いた。
「俺、俺はここの方がいい・・・帝斗と一緒に見られるここの夜景の方が好きだよ・・・香港には
あんまりいい思い出ないんだ・・・」
そうだった、この子は香港で早くに両親を亡くしてたんだ・・・ああ、迂闊だった・・・
「ごめん、、、悪かった、、」
そう言って倫周の細い身体を覆うように後ろから抱き締めた。
ごめん、本当に。お前がどんな思いで香港を後にしてきたか何にも考えなかった、僕は・・・
本当に悪かったよ倫周。許しておくれ・・・
そんな思いを込めてしっかりと抱き締めた帝斗の腕が震えているようで。
倫周は思わず帝斗を振り返った。
「違うのっ・・俺は帝斗と一緒に見られる夜景の方がいいからっ・・そう思っただけで・・・
ここでなくても、、いいんだ・・・帝斗と一緒なら・・・何処でも・・・・」
胸が熱くなる、じっとお互いの瞳を見つめあったまま。その瞳はどちらもとても切なくて・・・
お互いを求めているのがわかる、、、ふいと手を伸ばせばもうそのまま一つになってしまいそうで。
どちらかが動いた瞬間にもう離れられなくなりそうで。
「そろそろ帰ろうか。」
そう言って帝斗は視線をずらした。ゆっくりと車に戻ろうとしたとき、倫周の手が帝斗のシャツの
裾をつかんで・・・
「まだここにいたい・・・もう少しでいいから・・ここで見てたい・・・帝斗・・・・」
俯きながら小さな声でそう言う倫周がとても可愛くて、あんなことの後だから切なさが身体中に
漂ってそれが余計に抱き締めたい衝動を駆り立てて・・・
帝斗は無意識に腕を伸ばした、その腕が俯く倫周の肩に触れた瞬間・・・
帝斗はぐいと倫周の細い身体を抱き寄せると迷わずに唇を重ねた。強く、まるで奪い取るような
感じで、くちつ゛けた。
「んっ、、帝斗、、、」
驚きながらも頬を真っ赤に染める倫周をじっと見つめると、大きな瞳が微かに潤んでいるようで
帝斗はどうしようもない衝動に駆られた。
倫周、、、このままお前を僕のものにしてしまいたい、、、そうしたらずっと僕の側にいてくれる?
ずっと僕だけを見つめてくれる?この大きな瞳に僕だけを映していてくれる?ああ、そうしたら、、、
そうしたら僕はお前だけを見つめていける、、、ずっとずっとお前だけをこの腕に抱いて。
可愛い、、、好きだよ倫周、、、僕の、、、、
そっと開いた唇に帝斗は少しずつ舌を絡ませた。頬を真っ赤に染めた倫周の頭を動けないように
押さえながら、茶色の細い髪を掻き乱すようにして深く絡めていった。
帝斗の想いが溢れ出る程に次第に激しくなっていって・・・
「んっ・・・」
突然の強く激しいくちつ゛けに奪われた倫周の想いも漏れ出して、2人は固く抱き合った。
「帝斗・・・あ・・・ん・・帝斗・・・・」
広い胸元に恥ずかしそうに顔を埋めてしがみ付いてくる倫周の頬をもう一度引き寄せると又も
激しいくちつ゛けをした。
ああ、ここが2人だけの場所ならば僕は迷わずにお前を奪ったろう。倫周、、、お前が好きだ、、、
可愛くてどうしようもない、、、
たったひとりの僕を抱いたひと、紫月、、、あなたのもとを離れても僕は、、、
僕は目の前のこの子を抱き締めてしまいたい、、そうしたら、、、僕は、、、、
通り過ぎる車の音と、夜風が強い春のベイブリッジで帝斗は倫周を抱き締めた。強く激しく、
まるで自分を抱き締めるかのように切なく、包み込んだ。
・・・・・・・・・・・
昨日、帝斗がしてくれたくちつ゛け・・・奪われるように強くて激しかった・・・・
あんなキス・・・初めてだ帝斗・・・
あんなことするから俺はもうどうしようもなくなってあなたが好きで好きでたまらないこの気持ちが
ますます押さえられなくなってく・・・ずっとあなたといたい、あなただけを見てたい・・・
ずっとあなたのあの胸に抱かれて、そしてまた・・・あんなキス・・・をされて・・・・・
嫌だ、帝斗・・変な気分になっちゃうよ・・・あなたに・・・・
抱かれたい・・・・なん・・て・・・俺は変なのかな・・・
だって好きなんだ帝斗。あなたが俺の生まれて初めて好きになったひとだから・・・っ・・! |
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