蒼の国-TS Version/月下- |
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次の日、昨夜の酒のせいか遅い朝を迎えた4人は都を訪れる予定でいたが調子よく飲み過ぎた信一の
体調が悪く予定を変更せざるを得なくなった。
「うえぇ・・・気持ち悪〜い・・・・」
そう言って寝込んでしまった信一を置いて行くわけにもいかず、仕方なく都行きを明日に伸ばすことに
なって又してもビルはふてくされた。
「こんのガキんちょめがあ〜、しょうがねえなあ・・・・」
ぶつぶつとぼやきながらも昨夜に引き続き呑んだせいで今宵も又大あくびをしながらビルは先に
床に付いてしまった。勿論言うまでもなく信一はそれよりもっと先に横になっていて、さすがに
気持ちの悪いのこそ治ったようではあったがやはり疲れてしまったのか気持ちよさそうな軽い
いびきをかいていた。
倫周も早めに床には入ったものの、どうにも寝付けずにふと目をやると隣にいたはずの紫月のいない
ことに気付き、そっと布団を抜け出した。
そっと庭先に出ると秋の月が美しくてしばらくは空を仰いでは見とれてしまい、ぼうっと佇んでいたけれど。
かさかさと葉の鳴る音で倫周はそちらの方に足を向けた。
「紫月・・・」
そこには紫月が秋の穂を片手に摘みながら葉を掻き分けている姿が目に入った。
「何してるの?」
そう声を掛けると倫周に気が付いた紫月がふい、と顔をあげてくすっと微笑んだ。
「何だ、又眠れないのか?」
摘み込んだ穂をぱさりと地面に置くとゆっくりと紫月は近寄って倫周の頬に手をやった。
大きな褐色の瞳が見つめてきて・・・
この間までの激しい感情は見られずに今日はとても穏やかな瞳をしていた。
紫月、どうしたんだろう?今日はすごくやわらかな瞳をしてる・・・久し振りだ、こんな紫月の瞳。
そう、ずっと見てなかった気がする。こうしてるとまるであの頃に戻ったようだ・・・・
ふと、倫周はまだ蒼国に来る前の、プロダクションの部屋でのことを思い出していた。
「綺麗だよ・・・」
え・・・?
「綺麗だ、って言ったんだ。お前のこの顔、昔とちっとも変わってねえな・・・・これからも・・・
そう、これからも変わらねえんだな・・・・」
そう言って頬を撫でた紫月の褐色の瞳も又、月明かりを映し込んで闇色に輝いていた。
ふい、とその闇色の瞳が近付いて・・・
「っう・・・んっ・・・・・」
やわらかに唇を塞がれた。
紫月・・・・・・
更にやわらかく抱き締められて倫周は少し戸惑った。けれどその後の紫月の言葉に更にその瞳を
大きく見開いてしまった。
「好きだよ倫・・お前を愛してる・・・・・俺はお前を・・・・」
信じられないような言葉を放った褐色の瞳は少し切なそうに憂いを含んで倫周をじっと見つめていた。
倫・・綺麗な倫・・・・その昔プロダクションの俺の部屋で何度お前をこの腕に抱いただろう。
あの頃の俺は今にしてみれば幸せだったと言えるだろう。帝斗とのことでお前を憎みながらも
俺は今より断然穏やかだった。俺の仕打ちを知りながらもいつもいつもこの腕に飛び込んで来る
お前を、もしかしたら知らず知らずの内に待っていたのかも知れない。
あんなことでもなかったら、そう、俺達の出会い方がもっと違っていたのならひょっとして俺はお前に
魅かれていたかも知れないな。いや、あれもある意味では魅かれていたと言えるのだろうか。
そうすれば今頃はお前と幸せにやってたかもな・・・・そう、お前と。
そうしたら俺はこんなに苦しむことも無かっただろう。そしてお前を苦しめることも無かった・・・・
俺はお前に酷いことをして、あんなこと、許されるはずはないよな。だから終わらないんだ、俺の
苦しみは此処に来て尚終わらずに。いっそこのままお前にのめり込んでしまえたら・・・・
そうしたら何か変わるのだろうか。此処に来れば何かが変わると思ってた、何かひとつでもよい方向に
変われると信じて俺は此処に残ることを決意したのに、何も変わらずにこの前又お前に酷い仕打ちを
してしまった。解ってるんだ、倫。俺はお前がいなきゃ怖くて一人じゃいられないってことが。
お前を酷い目に遭わせて追い込んで。だけどお前は文句も言わずにいつも俺を受け入れる、その
やさしい瞳で。その瞳がやさしくて、帝斗と同じ・・・・やさしさに溢れてそしてとても切なく俺を見つめる、
帝斗もお前も同じ瞳で俺を見る。お前たちのやさしさが俺はとても辛くて、どうしようもなくて・・・・
抱き締めてしまいたい、このまま何もかも忘れて、帝斗のこともすべて忘れてお前だけを愛せたら
どんなにか楽だろうに。だけどだめなんだ、俺にはどうしても帝斗が忘れられなくて。
帝斗にぶつけられない愛情を持て余して、いつもお前にぶつけてしまう。そんなことよくないって
解っててもだめなんだ、我慢できなくて。だけどお前はそれを受け止める、いつも素直に俺を受け
入れて・・・
辛いんだ、お前を帝斗の代わりにしてる自分が。どうしようもなく苦しくて、でもやめられない。
ああ倫、お前を愛してしまえたらいいのにっ・・・・!
「倫、倫、好きだよ。好き、愛してる・・・・可愛い、俺の・・・倫っ・・・・!」
やさしい言葉を放つハスキーボイスが掠れて逸っているのがわかる、ふと目をやれば褐色の瞳は
とろけるように胸元に寄り掛かっていて・・・
「綺麗だね、倫のここ・・・・」
そう言って軽く指先が触れたのは、秋のそよ風に少し綻んでいる薄桃色の花びら・・・
きゅんと心臓がつかまれたように苦しくなって。
「ほんとに綺麗・・・な、食べちゃっていいか・・・?」
「紫・・月・・・何で、そんなこと・・・・」
どうしたの?紫月・・・今日の紫月は変だよ・・・すごくやさしくて、穏やかで。まるで、まるで本当に
あの頃に帰ったみたいだ・・っ・・・・・・・・
ふい、と綻んだ花びらに紫月の唇が触れられて一瞬の生暖かさと共に花弁がきらきらと月光に光って。
熱い唇が離れると秋の涼風が少し冷やりと感じられて。
「・・ふっ・・・・ぁああっ・・・・紫月・・・・紫っ・・月・・・」
熱い吐息が漏れ出してその名を呼び求めて。
倫、倫・・ああ・・・倫っ・・・・・・・・!
ぁあ、、っ、、は、、、ぁああっ、紫、、月、、、、、
「す、好き・・・紫月・・・っ紫月が好・・・きぃっ・・・!」
秋の涼風に包まれて、美しい月明かりに照らされて、紫月と倫周は久し振りに求め合った。
何が2人をそうさせたのだろう、あまりにも激しかった慟哭の苦しみの中で、この一瞬は蒼の神が
与えた穏やかなひとときだったのかも知れない。 |
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