蒼の国-TS Version/溺愛-
次の日は朝からよく晴れて気持ちのいい秋の日和だった。

予定を一日遅らせて都入りしたものの、相変わらず見るものすべてに感激してはしゃいでいる

信一とはまるで逆で、倫周は折角取った雅な宿にもそこそこに夕方になるのを待ち焦がれたように

して何処かへ出掛けて行った。

「何だ?倫周の奴?あんなに慌ててどこ行くんだろう?折角皆で美味しい晩御飯、食べようと思って

たのに・・・それに専務までいないじゃないか・・・・全くもう、皆勝手なんだから、ねえっビルぅ」

ぱたぱたと走り去って行く倫周の姿を宿の窓から見下ろしながら、ビルは黙って何かを考え込んで

いたが、ふいと立ち上がると信一に向かってにっこりと微笑んだ。

「よいではないか、今宵は我ら2人で楽しもうぞよ。何でも好きなもん食わしてやるぞ?それとも何か、

お前の行きたがってたあそこ、行ってみるか?」

にたにたと笑いながらからかうようにビルは言った。

「きゃははははっ・・やだあ、ビルってばぁ、俺そんなことしないってぇ!だって俺には剛がいるも〜んっ」

得意気にそう言ってターンして見せた信一の様子にやさし気に目を細めるとビルは明るく返事を返した。

「んっじゃ、旨いもんでも食いに行くとするか!」

そう言われてきゃっきゃとうれしそうにはしゃぐ信一の後を追いながらビルはぼそりと呟いた。



「普通はそうだよな・・・」



ビルと信一はその晩を2人で楽しんで美味しいものを食べて、宿に戻った時には既に紫月と倫周は

床に付いて眠り込んでしまっていた。



次の日こそは皆揃っての食事を楽しみにしていたのにその日も気が付いたら紫月と倫周はいなくなって

いて、又も2人での夕飯に信一はぼやいていた。だが根っからの人懐こい明るい性質のこと、夜も更ける

頃にはやはり先に帰って休んでいた紫月と倫周を責めることもせずに、自らも疲れていたのか素直に

床に入ってしまった。その寝顔を見下ろしながらビルは珍しくシリアスな表情で何か考え込んでいた。

その次の日はさすがに全員が揃って晩の膳を囲めたものの、昼の間中何処かに出掛けて居なかった

紫月と倫周にさすがに変に思ったのか、夕飯が済んで店を出たところでビルは紫月を呼び止めた。

先を歩く信一と倫周を御茶屋で待たせておいて一服を口実に紫月を裏通りへ連れて行くと、

真面目な顔で切り出した。

「なあ紫月よ、何を考えてる?」

「え?」

不思議そうな表情をした紫月の褐色の瞳を覗き込むようにするとビルは静かに疑問を述べた。

「いつも何処に行ってるんだ?今日の昼間も昨日も一昨日も、気が付くとお前は居ない・・・」

「何処って別に。お前だって聞いてるんだろ?高宮からの指示、あれを調べにいろいろと」

そう言い掛けたところでビルの青い瞳に言葉を止められた。



「本当のこと言えよ、俺たちに見つからないところでお前は倫周を抱いてる、違うか?」



そう言われてさすがに紫月の褐色の瞳は翳りを見せた。驚いて見開かれたままの瞳がビルを見つめて・・・

「な、何言ってんだ・・・?何を根拠にそんなことを・・・」

そう言ったものの言葉が繋がらずに紫月は少し蒼くなった額を押さえるように髪を掻き揚げた。

「図星だな・・お前から根拠なんて言葉が出るようじゃ当たりってわけだ。そんなに焦ったのか?

普段は冷静なお前が。」

そう言うとビルは大きな青い瞳をじろりと見開いて紫月の耳元で囁くように言った。

「俺は別にそのこと事態をどうこう言おうとは思わん。倫周は男なのだし、別に亭主がいるって

わけじゃないのだから。だが、遼二には言うなよ。遼二にはばれないようにしろ。それが・・・・

それがあいつに対しての最低のマナーってもんだ、解るな?」

それだけ言うと紫月の肩をぽん、と叩いて微笑んだ。

「じゃ行くか、あんまり遅いとお子様方がうるさいものでな。」

紫月は呆然と立ち尽くしていたが、



「ビル・・・俺はっ・・・・」



とっさに叫んだその言葉にぴたりと手を当てると

「いいんだってば、俺は何も見てないし何も聞いてない、すべては想像でしたって、そういうことに

しておこうではないか。いろいろあってこそ人生だ、それ位は俺にだって解るよ。何せ俺の方が

お前よりも年上だからしてな。さ、行くぞ。」



そう言ってウィンクを飛ばした、そんなビルの後ろ姿に目をやりながら紫月はしばらくその場から

動けないでいた。