蒼の国-TS Version/Drowsy-
カタカタとパソコンのキーを打つ音が響いてきて。

眉間に皺を寄せながらパソコンに向かっている紫月に熱いコーヒーを差し出したのは帝斗の手。

もう夜の10時を過ぎているというのに昼間からずっとパソコンに向かいっぱなしの紫月を気使って

帝斗が様子を見に来たのだった。



「そんなに急ぎの仕事なの?」



紫月用の大きな椅子の背後から寄り掛かるようにして画面を見つめると少し甘やかな声で帝斗は

そう言った。

「ああ?サンキュー。別に急いでるわけじゃないんだけどな、やり始まると気になってさ。」

紫月は熱いコーヒーを一口すするとまるでソファーのように大きな椅子の上で伸びをした。

心地よく身体を伸ばすつもりだったのに・・・

くるりと椅子を回転されたと思ったら帝斗の顔がすぐ側に寄せられて暗褐色の大きな瞳が甘く揺れる。

帝斗は椅子の背に手を伸ばすとそのままぐっと体重をかけた。

「帝斗?」

昼間からパソコンに向かいっぱなしの頭はそうすぐには反応できなくて、気付くと耳元ぎりぎりに

帝斗の唇が触れられていた。



「もうそれぐらいにしたら?」



耳元でそう囁かれた声は微かに熱く、逸っている。

「紫月・・・」

何の予兆もなしに帝斗はいきなり紫月を呼び捨てると両手を首に掛けて覆いかぶさってきた。

「お、おい・・帝斗っ・・・」

突然の少々強引な抱擁に紫月は褐色の大きな瞳をぱちくりとさせた。

慌てたように帝斗の腕をつかんだけれど。

帝斗はそんな紫月の頬を両の手でしっかりと包み込むとふいと顔を近付けて唇を重ねた。

ようやく紫月もその意に気付いてふっと微笑むと覆いかぶさる帝斗の身体を抱き締めようとした

その瞬間、暗褐色の瞳はまるでNOと言うように揺れた。



「だめ・・・紫月は疲れてるだろう?」



普段とは違う少し強引な瞳が射るように紫月を捉えると品のいい指先が紫月の絹のシャツの

ボタンを手早く開いた。流れるような仕草であっという間に絹のそれを開ききると青真珠のような

肌を有無を言わさずに自分のものにしていった。

「帝斗っ・・・」

長時間机に向かいっぱなしで殆んど動くことのなかった紫月にはとっさに身体が反応できずに

突然の強引な刺激に一気に意識がもっていかれそうで褐色の瞳は揺らいだ。既にもう

瞼が開けていられなくなりぎゅっと瞳を閉じると紫月は今にも流されそうな意識を取り戻すかの

ように全身に力を込めた。

「帝斗っ、こんなとこで・・・お前・・急に・・・」

少々焦りながらそう言うと帝斗の既に蕩けたような瞳が紫月を見上げた。

「何で?こんなとこじゃ嫌?でも・・・やめてあげないよ。」

ふわりと微笑むと帝斗は紫月のベルトに手を掛けてぐいとそれをを抜き取った。

「うわっ・・・何すんだ・・おい、帝・・・・」

瞬間に甘い刺激が走る。帝斗の黄金色の髪が目の前で揺れていて。紫月はどこかへ引っ張り

込まれるような感覚に陥った。瞬時に身体中を這うような甘い感覚が襲ってきてたまらずに

ぐっと椅子の手すりをつかんだ。



「ん・・っ・・」



声にならない嬌声が漏れて、意識が揺らされるようで。

「帝斗っ・・帝っ・・・!」

吐息が荒くなる、瞬く間に高みへ押し上げられて紫月の手は縋るように帝斗の肩をつかんでいた。

「あっ・・・・・・・」

大きく肩を揺らしながら荒くなった呼吸を整えるように深く息を吸い込んで、どっさりと紫月は大きな

椅子に身体を預けた。

「帝斗ぉ・・・」

少々恨めしそうに横目で帝斗を見ようとした紫月の瞳に更に信じられない光景が飛び込んできた。

緩やかな笑みをみせながら帝斗は自身の着衣にも手を掛けると手早くそれらを脱ぎ捨てた。

まるでその間さえじれったいというように脱いだ服をぽんと放り投げて。

帝斗は無言のままにっこりと微笑むと紫月の身体を包み込むように体重を掛けてきた。

「ちょ・・ちょっと待てって・・おい・・帝斗・・・・」

焦る紫月に格別躊躇する様子も無く甘く蕩けたような瞳を細めると当たり前のように帝斗は言った。



「ね、紫月、もっと楽にしてくれなきゃ。」



紫月の意向などまるでおかまいなしに帝斗はもう甘やかな世界に入り込んでしまっているようで

品のいい指先が流れるように青真珠の肌に触れて這う。

突然に意識を掻き乱されて大きな椅子の中で身体を屈める紫月に帝斗は耳元で囁いた。

「紫月、もっと楽にしてって言っただろう?ね・・・もっと弛めて。」

斜めに覗き込まれた額から黄金色の髪がふわふわと揺れている。大きな瞳が覗き込んでいて。

紫月は目の前の黄金色の髪に縋るように帝斗の肩に手を回すとゆっくりと抱きついた。



「そう、そうしてて紫月・・・」



普段は丁寧な言葉使いが有無を言わさずに囁く。何の抵抗の言葉も返せないままいきなり高みへ

と誘われて紫月は再びぎゅっと瞼を閉じた。

緩やかに揺らされて・・・

「帝斗・・っ・・!」







何でこんなことするんだ、突然こんなことするから、いつもお前はそうだ、いつも突然にやってきて

こんなふうに。普段のお前からは想像もつかないような強引な手筈で俺を誘う、、、こんなことが

たまにあるんだ、、、ああだけど。だけど帝斗、そんなお前も俺は好きだよ、こんなふうに強引で

我がままなお前の腕に揺らされるのも。いつものようにお前をこの腕の中に強く抱き締めるのも。

俺はいつでもお前が好きだ。どんなときのお前も好きだよ帝斗、、、もう少しこのまま、、、、

お前の腕の中で揺らされているのもいいかな、、、







ばたん、とミニバーを閉める音がして、からんからんと音をたててグラスの中で氷が揺れる。

「今日はミルク買ってありますからね。」

にっこりと微笑みながら帝斗はグラスを差し出した。



「ん、さんきゅ・・・」



言葉少なげにそう言う紫月の顔を覗き込んで帝斗は言った。

「怒ってる?」

大きな瞳を更に見開いてそう言ってくる帝斗に紫月はじろりと視線を送ると済まし声で言った。

「ああ、怒ってるよ。ほんとだったらもう終わってたんだぜパソコン・・・後はお前責任とって

打っとけよっ・・」

カルアミルクをすすりながら紫月はぷいと膨れっ面をした。

「やだなあ紫月さんたら・・・」

帝斗はたじたじとした様子で紫月を見つめるとすっと煙草を差し出した。品のいい仕草の手元が

ライターを取って。

「どうぞ、紫月さんっ・・!」

にっこりと微笑んだ。

深く煙を吸い込むと紫月はふっと微笑んだ。



「まったく、お前には敵わないぜ・・」

「そんなことより、ねっ紫月さん。明日はビルさんが新しいバンドのメンバーを連れて来るんですよ。

ほら、北沢のライブハウスでスカウトしたっていう、何でも妖精のような歌声なんだとか。別々に

スカウトしたらしんですけどね、ベースとドラムの子たちも連れて来るって張り切ってましたから。

紫月さんも明日は予定、大丈夫ですよね?とりあえず会ってみてから、いけるようだったら

ギターとキーボードでも探しましょうか?」

もうしっかりといつもの口調に戻って仕事の話をしている。そんな帝斗の様子に半分呆れながら

紫月は言った。

「妖精ねえ、それじゃバンド名はFairyとでもするか?」

「やだなあ紫月さんたら、まだプロモートするって決まったわけじゃないんですから・・・」

くすくすと笑う帝斗に又も呆れたように紫月は言った。

「だってビルの紹介なんだろ?お前だってもう受けるつもりでいるくせに。」

「ああ、わかっちゃいました?」

調子よく微笑む帝斗に紫月は苦虫を潰したような顔をした。ふっと視線が合って、2人は大笑い

した。先程までの事柄が次々と思い起こされて何が可笑しいのか、2人で腹を抱えるように

笑いあった。そして又グラスを傾けて。

そんな日々がずっと続くと思っていた。これからもずっとこのまま、こんな穏やかな幸せな日々が続くと。



紫月が何気なく口にしたFairyというバンド名、これが後にとんでもない運命を運んでくることになるとは

露ほども知らずに2人は笑い合っていた。

明日会うことになるFairyの中にその運命は待っている。