蒼の国-TS Version/Dark Roses- |
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遼二が倫周を受け止めるようになってしばらくした頃、プロダクションのあるスタジオで倫周は
久し振りに紫月に会った。その日は雑誌の取材の為、午後から出掛けることになっていたが
集合より大分早めに着いてしまったので軽くドラムを叩こうとふっと入った誰もいないはずの
スタジオで新曲の音撮りをしていた紫月に出くわしたのだった。
偶然の出来事に倫周の大きな瞳は硬直し、紫月の褐色の瞳はうれしそうに笑みを湛えた。
「久し振りだね倫、会いたかったよ。」
平然と紫月は言い放った。その瞳はにやりと輝いて、、、
「そんな顔して、どうしたの?こっちへおいで。久し振りに会えたってのにお前はうれしくないの?」
ゆっくりと両手を広げて紫月が近寄ってくる姿に倫周は思わず後ずさりした。
「来、、ないで、、」
「どうしたんだ倫?又何か怒っているの?」
そう言って無理矢理腕を取ろうとした瞬間、倫周はとっさに紫月の手を払いのけた。
「嫌だって言ってるんだ、、紫月は俺のことなんか何とも思ってなかったくせに、、、」
「何言ってるんだ?やっと時間が出来て一緒にいられるんだよ?俺だってお前に会えなくて
辛かったんだから。」
やさしげにそう言って頭を撫でてくる紫月に倫周は震えながら思いの丈を言葉にした。
「うそだ、、辛いなんて嘘だっ、、忙しかったのもみんな嘘だっ、、、俺が苦しいのを知ってて
わざと忙しくして、そうなんだろ、、、?」
ぱちぱちと部屋の電気を点けたり消したりしながら紫月はくすくすと可笑しそうに笑い出した。
「なんだ、知ってたの?参ったなあ、、、でもおかげで楽しめてよかっただろ?俺なんかよりも
よっぽど若い奴らに可愛がって、、もらえたんだろう?」
そう言った瞬間、せわしなく点けたり消したりしていた電気をぱちん、と切ったままにした。
真っ暗なスタジオで一瞬の緊張感が全身の神経を尖らせる。
くす、っと笑い声とともに紫月は再び電気を点けると真っ青な顔で立ち尽くす倫周を見ては
可笑しそうに又笑った。
そんな態度も、言われた言葉も倫周にはすべてが信じられなくて。
「なんで、そんなこと知ってるんだ、、、まさか、、、まさかそうなるってわかってて、、、?
わざとそうなるように、、、最初から?嘘だろう、、ねえ紫月、、、!」
かたかたと震えながら真っ青な顔をして自分を見つめる大きな瞳にゆっくりと褐色の瞳が重なった。
さっきまで笑っていたその瞳はぞっとする程冷たくて、、、
「さあね?俺は何もしてないけどね。倫がそう思いたきゃそれでもいいよ、俺には関係ないことだし。
それに、倫さえよければ又いつでも部屋へおいで。これからはもう忙しくないから、いつでも抱いて
あげるよ。お前がいろんな奴と遊んだのだって俺は気にしないしさ、ふっ、ふふふふっ、、、」
そう言って紫月はスタジオを出て行った。倫周はずるずるとその場に崩れるとしばらくは立ち
上がることが出来なかった。あまりにも衝撃が大きくて、何も考えられない位ショックだった。
紫月が、、、、
もしかしてまだ憎まれているんじゃないかと思った、紫月は自分をまだ許していないんじゃないかと
思ってはいたけれどまさか本当にそうだとは思わなくて、、、心のどこかで紫月の言ってくれた
やさしい言葉を信じたくてひとすじの光をつかむような気持ちでいたのに、、、
全部嘘だったんだ、自分を可愛いと言ってくれたあの言葉も、やさしく抱き締めてくれたことも、
みんなみんな嘘で。しかも自分がいろいろな男と関係を持っていたことまで全て知っていたなんて、、、
倫周は途方に暮れた。そんなにも長い時間を掛けてまで紫月は自分を苦しめたかったのだと、
そんなにも自分のことが許せないのだと、心のどこかで信じていた何かがガラガラと音をたてて
崩れていくようでまるで全てのものに拒否されたようで。
誰もいないスタジオの冷たい壁に寄り掛かりながら倫周の頬に一筋の涙が伝わった。
悲しみの涙が、伝わった。
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そんな倫周に遼二は相変わらずやさしく接してくれた。倫周が望めばいつでも受け止めてくれたし
それは確かにとても救いだったのだけれど、やはり倫周の心はすっかりとは晴れなかった。
紫月のことが余程ショックだったのかその辛い思いから逃げるように複雑に胸の中は掻き乱され
るようで心は常に帝斗との楽しかった頃へ戻りたがっているようだった。まだ帝斗とも楽しく過ごし
紫月とも何も無かった頃へ。その頃へ戻ることだけが倫周の辛さを紛らわす逃げ道だったのかも
知れない。だから無意識に帝斗を追いかけて、遼二の腕の中でも帝斗の名を呼ぶことを倫周は
自覚できていなかった。それでも遼二が倫周を突き放さなかったことだけが孤独な彼にとっての
唯一の救いであったといえよう。
倫周を暴行した若者たちと仕事先で出くわしてしまうこともある意味当然のことだった。
そんなときも遼二は身体を張って倫周を守り続けた。
ある番組の収録中に2人は初めて倫周を乱暴したアルバイトの男に出くわした。遼二はその男の
顔を知らなかったが、彼に会った瞬間の倫周の態度ですぐにそれが以前倫周の遊び相手だった
者だとわかったようで、すっと男の前に立ちはだかると鋭い視線で睨みつけながら言った。
「悪いな、こいつのことはもう諦めてもらおうか?今後こいつに指一本でも触れたら俺が只じゃ
おかねえ。そうやって仲間にも伝えといてくれよ。もしもこいつに何か用があるっていうなら
今度からは俺が聞いてやる、わかったなっ!」
倫周の雰囲気とはまるで違う男の凄みをかもし出す遼二に、もともと気の弱い彼はびくびくと
後ずさりしたが。
遼二らがその場を去ってみるとまるで自分がコケにされたようで男はじりじりと2人に対する
憎しみが込み上げてその顔が真っ赤に染まった。
馬鹿にされた、、、!
そんな思いが彼の心に憎しみの火を点けて、、、
わなわなと震えながら独り言を言った、唇を噛み締めて、その顔は怒りに真っ赤に染まって。
「ばらしてやる、、、っ、、マスコミに何もかもっ、、みんなばらして、、、、
Fairyなんて、、っ、、この手で潰してやるっ、、、!」
男は自分が倫周を暴行したことを当然遼二が知っているものだと勘違いをした。遼二は只、
彼らは倫周の遊び相手だとしか思っていなかったのだが、もう二度と倫周に近付かせない為に
少々オーバーにそう言っただけであって本当のことなど知る由もなかったが、気の弱い彼は
完全に誤解してしまったのだった。もしかしたら倫周が自分を訴えるのではないかと、そんな
ところにまで考えが行ってしまったのであった。がくがくと震えながら彼は遼二らに対する
応戦の方法だけを考えるようになっていった。
無論、遼二らにとってそんなことは考えにも及ばなかったが、、、
倫周が無意識のうちにも苦しみから逃れたいと苦しんでいた同じ頃、紫月も又自身の身体に
変調をきたしていた。
最初は不眠が続く程度だったが次第にそれらが酷くなり近頃では常に何かに追い立てられ、
襲われるような感覚に悩まされていた。
誰もいない広い部屋のベッドの上で何かにうなされる夢に紫月は飛び上がった。
全身にびっしょりと冷や汗が出て動悸が酷かった。あまりの苦しさにサイドテーブルから何かの
薬を取り出すと紫月は縋るようにそれを口に含んだ。
最初は精神安定剤だった、眠れない夜が続き何気なく購入したその薬が次第に量を増してゆき
それだけでは我慢できなくなってきて。身体中に震えが走るようになって動悸もひどくなってきて
紫月はそれらを押さえる為に、あまりにも突然にやってくる激しい動悸と震えから逃れたいが為に
手を出してしまった。決して手を出してはいけなかったものに。それがその後どれ程自分を苦しめる
ことになるか想像できなかったわけではないが、目の前の苦痛から逃れることが先決で
先のことなどどうでもよかった。だがそれはそのときの紫月の想像など遙かに及ばない程の
地獄のような苦しみを生み出してしまうこととなる。
紫月が手を出してしまったもの、それは覚醒剤であった。 |
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