蒼の国-TS Version/Broken Moon- |
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プロダクションからの遠い道のりを電車にも車にも乗らずにひたすらに走り続けて、倫周は久し
振りの自宅へ戻った。親が残してくれた広い邸のテラスにはもう月が高く登っていた。
その身体の震えを止めるように、汚いものを全て洗い流すように倫周はシャワー室にいた。
冷たいシャワーが身体に痛い。このままもっと冷たくなってしまいたい、もっともっと氷のように
冷たくなってしまいたい、、、
立派な広い邸には誰もいるはずがなく真っ暗な闇だけがおりていた。倫周の両親は倫周が10歳に
なったばかりの頃、香港で亡くなった。その後、遼二の父親の仕事の都合で一緒に日本に
連れて来られたのだった。2人の親は同じ仕事をしていたから、その仕事は危険が伴うもので
それ故現金のまわりはよかったようで倫周の両親は日本にも大きな邸を持っていた。この立派な
邸に戻ることなく幼い倫周をひとり置いて両親は逝ってしまった。
その後、倫周の面倒は遼二の両親が親身になってみてくれたのだがそれでもやはり倫周は
孤独であった。両親が亡くなったいきさつもそれは酷いもので香港には辛い思い出しかなかった。
ようやく出会えた暖かい香りの帝斗でさえ今の倫周にとっては辛い思いを運んでくるものでしか
なかった。
必死に倫周の後を付けたものの踏切やら人目やらに引っかかり遼二はその姿を見失ってしまい、
仕方がないので一旦は自宅へ帰ったもののやはり気になって、もしかしたらと思い、倫周の邸を
訪ねたきたところだった。
月明かりの差し込むテラスから居間の中を覗き込むと大きな洋風の窓が開け放されて白いカーテン
が風に揺れていて。
「倫?居るのか?」
そっと中へ入り声を掛けたが返事はなく、部屋の中は真っ暗で電気も付いていない。
だが広い居間の隅っこに僅かに差し込んだ月明かりが照らしたその姿に遼二は一瞬言葉を失いそうに
なった。闇の中に小さく膝を抱えて座り込む、それはまるで行く当てのない捨て猫のようだった。
「倫?」
恐る恐る声を掛けたが、、、
突然に細い身体が俊敏に動いて、、、倫周が遼二の胸に飛び込んできた。
「なっ、、?おい倫、、?どうしたよ?何かあったのか?」
そう聞くか聞かないうちに倫周は声をたてて泣き始まった。自分にしがみ付いて肩を震わせて
止め処なく泣くその姿はまさに捨てられた子猫のようで遼二は微動だに出来なくなって、その場に
硬直してしまった。とっさのことに遼二はただ驚いたがしばらくするともっと驚くべき言葉が倫周の
口から発せられた。驚くというよりは信じられないといった方が適当であった。
抱いて、遼二、、、
え、、、?
一瞬耳を疑った。
何、、いま、、何て、、、
すぐには返事など出来るはずも無く、戸惑う遼二に歯がゆいというような顔をして倫周は言った。
「遼二、お前は俺が嫌い?ねえ遼二、どっちなの、、!」
あまりの驚きにきょとんとした表情の遼二に感情をぶつけるようにして叫ばれたその声の勢いに
促され、無言のまま首を横に振った。
「ならっ、、抱いてよっ、、!ねえ遼二っ!」
驚きの余りその場に立ち尽くしてしまった遼二の腰に強引な程の強い力が込められて、知らない
間に遼二の衣服はぐずぐずに解けていた。倫周も又自身の衣服を脱ぎ捨てて、まるでその行為
さえじれったいというように苛々とした感情さえ感じられる。
遼二はとっさに現状がつかめなかった。何がどうなったらこんな現実離れしたことが起こるのか
ということを考える余裕もない程だった。
暗闇の中に倫周の白い肌がうねるように漂って。
気が付くと遼二は深い快楽の中にいた。倫周によってもたらされた引き込まれるような深い
快楽の海の底からもう自身の意思では這い上がれない程に呑み込まれていって。
遠くなる意識の中で遼二は微かな一本の糸を辿るようにひとつのことを考えていた。
倫の奴、一体いつこんなことを覚えた?こんな、こんな、普通じゃないぜ、、、
こんなことされりゃ誰だって逆らえ、な、、い、、、
遼二の意識が遠くなったのを確認したかのように倫周はその細い身体を預けてきた。
べったりと甘く濃く寄りかかるように遼二を見つめると掠れる声で言った。
「ね、、、遼が欲しいんだ、、お願い、、、」
とろけるような瞳が遼二の黒曜石の瞳を捉えて離さない。
引き込まれるように遼二は倫周の細い腕を取った。
「遼二、、、遼二、、、遼、、、!」
促されるままに身体だけが無意識に引き込まれるようで、頭の中では今起こっていることがまるで
考えられないままに呆然と言われるがままに従うしかなかった。
甘く、激しく、揺れて。暗闇の中に2人激しく求め合って。
遼二はもう何が何だかわからなかったがとにかく目の前の波に抗えることもなく只々本能のままに
押し寄せる波に呑まれていった。
もう、どうにでもなれっ、、、今は、、、
強い快楽の波が押し寄せて。
最後の至福の瞬間を迎えたとき、遼二は現実に引き戻された。倫周の口から無意識のように
発せられたそのひとことで。
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見慣れた顔が側にあるようで。誰、この雰囲気?
ああ遼二か、、、
遼二、遼?
遼二がそこにいるの?
ぼうっとした意識の中で倫周は幼い頃から見慣れた顔を確認した。
遼二は何でここに居るんだろう?皆離れて行ってしまうのに、紫月も帝斗も俺を置いて行って
しまうのに。そう、行ってしまった俺を置いて、皆みんな行ってしまう、、、
どうして側に居てくれないんだ、どうしてひとりにするんだよっ、、、
「すぐに戻るから、いい子で待っておいで。」
紫月の言葉が蘇る。
「何かあったのか?」
心配そうに自分を覗き込む帝斗の懐かしい色のスーツが蘇る。
うそだ、紫月、、、戻ってなんか来ない、、、
うそだ、帝斗、、、連れて返ってなんかくれない、、、
誰も、だれも側になんかいてくれないっ、、、
皆みんな、自分から寄ってきてやさしくして、そうして置いて行ってしまうんだ、、、
「俺はお前が可愛いんだから、、お前が一番好きなのは誰?」
自分を腕に抱きながら何度も紫月が言った言葉。
あの日から全てが変わってしまったんだ、帝斗との幸せだった春の日もすべて紫月に取り上げられて。
俺は待っていたのに。帝斗が助けに来てくれるって、ずっと信じて、ずっと待っていたんだっ、、、!
なのに帝斗は来なかった、何度も食事に出掛けたあの港の灯りが見えるレストランも、一緒に歩いた
寒い遊歩道も、プレセントしてくれたスティックも、何度も走った夜の高速道路も、全て信じてたのに、
あの春の日のベイブリッジで俺を抱き締めてくれた、あの胸の暖かさを信じて待っていたのに、
なのに帝斗は助けに来てくれなかった。紫月の言うように帝斗は俺のことなんか何とも思って
なんかいなかったんだっ、、だから寂しくて、俺は寂しくてすぐ側にあった紫月の胸に縋って、、、
それなのに紫月も俺を置いて行ってしまう、、、誰も見つめてなんかくれない、、、
涙が込み上げる。身体は遼二に揺らされて感情が高ぶって。
帝斗、帝斗、ねえ帰ろうよあの春の日に。夕陽が眩しかった、幸せだったあの春の日に返してっ、、、!
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「帝斗っ、、、てい、と、、、」
泣き崩れながら発せられたそのひとこと。縋るように放たれたそのひとことで。
俺は現実に引き戻された。
何がどうしてこんなことになったんだ、、、
先程とは別人のように落ち着きを取り戻した倫周を隣に感じながら遼二は呆然と考えていた。
こうして我に返ってみると自分のしたことがものすごく恐ろしいことのように思えて血の気が
引くのを必死で押しとどめようとしている自分に気付いた。
恐る恐る隣りに目をやると、平然と茶色の長い髪を揺らしながら倫周はしばし幸福に漂って
いるようで、遼二はつい先程までのことが妙に恐ろしく感じられて声を掛けることさえ儘なら
なかった。ふいと倫周がこちらを向いて視線が合った瞬間。その大きな瞳が自分を見つめて先程の
甘く寄りかかるような瞳を生々しく思い起こさせる、背筋がぞっと寒くなるようで遼二は慌てて
視線を外した。
「遼?どうかした?」
平然と話し掛けてくる声に、訊きたいことは山程あるのに何も声に出せない。明らかに自分の
顔が蒼ざめているのを感じて遼二は倫周に背を向けた。
「遼?どうしたの?」
まるで普通に、何もなかったかのように話し掛けてくる。
やめてくれ、俺に話し掛けないでくれっ、、、
そっと倫周の手が肩に触れた感覚に遼二は飛び起きた。
さすがに倫周もびっくりしたようで肩に置かれていた手が空で行き所をなくしたといったようで
一瞬の気まずい雰囲気に遼二は慌てて弁解の言葉を口にした。
「ああごめん、、何でもねえよ、、、」
そんな遼二の複雑な心の内を知る由もないといった感じで「今日は泊まっていけば?」などと
言っている。遼二はそんな倫周の平然とした態度も自分のしてしまったことも全てが恐ろしく
感じられるような気がして何かに駆り立てられるように帰り支度を始めた。
「明日は又早いから今日は帰るよ。」
やっとの思いでそれだけ口にすると逃げるように邸を出た。
ついさっき、暗闇で泣いて縋ってきた姿など微塵もないような落ち着き払った倫周の態度に
困惑しながら呆然と静かな住宅街を歩いた。この日はもう何も考える気力すら残っていなく、
遼二はこの短い時間に起こった衝撃の事実に魂を抜かれたようになってしまった。
これが幼い頃から兄弟同然のように育って常に大事な存在だった倫周との初めての逢瀬だった。
遼二は震えがきている肩を押さえるようにして真夜中の街に溶け込んで行った。 |
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