蒼の国-TS Version/Broken Heart-
そんな中である大手歌番組のスペシャル企画で3時間の生放送番組に出演が決定し、朝から

リハーサルの為にいつものようにビルのワゴン車で会場に向かっていた。

さすがに3時間の生放送というだけあって今話題のアーティスト達が一同に集まる豪華番組だったが

それを聞いて珍しく弾んだ声で倫周はビルに尋ねた。

「ね、ねえビル、今日の出演者は?誰と誰?知ってる?」

珍しいことだと思いながらビルはスケジュール表に目を通した。

「ええっと、おお今日はバンドが多いぞ!」

そう言って出演者の名前を一通り読み上げていくと倫周の瞳が大きく見開いて。

「ほんとっ?」

突然にうれしそうな声が車中に響いた。一同は少々驚いた様子だったが久し振りに明るい様子の

倫周に皆も何となくうれしそうだった。

会場に着くと倫周はきょろきょろと広いスタジオ内を探し物でもするように歩き出した。手には

しっかりと何かの包みを大事そうに持ったまま、まるで誰かを探しているかのように。

「あっ、、、!」

突然に大きな瞳が輝いて、ぱたぱたと倫周は誰かに駆け寄った。

「あのっ、、、この前はっ、、、」

息を切らせて駆け寄った先はBearingRoadのボーカル礼人のところだった。

礼人の方も倫周に気が付くと切れ長のワイルドな瞳を大きく見開いてうれしそうに声を掛けた。

「よおっ!お前、元気だったか?あれから全然音沙汰ねえんでどうしてっかと思ってたけどよ、

元気そうじゃんか?」

そんな様子にリーダーの雪也とギターの朔治も寄って来て3人はやわらかな瞳で倫周を見つめた。

「よかった、元気そうだね。」

雪也にやさしく微笑まれて倫周はぺこりと頭を下げた。

「あの、この前は本当にありがとうございました。あの、これこの前お借りしたジャンパー、、、」

そう言って大事そうに抱えていた包みを礼人に手渡した。

「へえ?よく持ってきたなあ、今日一緒だって知ってたのか?」

驚きながらもうれしそうにする礼人に倫周は首を横に振るとにこっと微笑んで言った。

「いつ会えてもいいように持って歩いていたんです。」

そんな倫周の様子が可愛く思えたのかBearingRoadの3人は顔を見合わせてうれしそうに

微笑った。もう一度深く頭を下げると倫周は自分の仲間の方へ戻って行った。

その様子を見ていた信一が声を裏返しながら倫周に駆け寄って来た。

「倫周っ、倫周ってば!お前礼人さんと知り合いなの?なんでなんで?どうしてえ?

あの人、俺の憧れの人なんだぜ!俺、礼人に憧れて唄、始めたんだっ!」

頬を紅潮させて信一は言った。他のメンバーも何時倫周が礼人たちと親しくなったのか不思議

そうにしていた。



そんな中、慌しく時間に追いかけられながら3時間の生放送は本番に突入した。

着替えで一旦控え室に引き上げる途中に狭い休憩室から聞こえてきた会話に礼人は、はっとなった。

それは信じがたいような会話で、、、恐らく話をしているのは学生アルバイトといったような

感じだったが、その話の内容に礼人は耳を疑った。


「なあお前知ってる?Fairyってさ、誰でもやらせてくれるって、マジだと思う?」

「えっ?Fairyの誰よ?」

「うん、あの綺麗な奴、ほら確かドラムの、、、」柊か?

「そうそう、その柊ってさあ、誰とでもすぐやらせてくれるんだって、この前俺の知り合いの先輩が

やっちゃったって言ってたって。」

「まじぃ?うそっ、いくらいくら?もしかして只?んなわけねえよなっ?ねっ、今度聞いといて!」

うん、聞いとくっ!


そわそわとした品の無い会話がこそこそと続けられて、、、

礼人は切れ長の瞳を強張らせた。

どういうことだ?誰とでもって、あのときのことを言ってるんだろうか?

礼人は不可思議な顔をしていたが、もしかしてと嫌な予感が過ぎるのを感じた。



あっという間に3時間の生は終了し、売れっ子アーティストたちは解散した。

この後も剛、信一、潤の3人は夜中から生放送のラジオ番組が入っていたので京に付き添われて

足早に会場を後にしたが、遼二と倫周の2人はビルが送っていくことになっていた。

今日こそは勇気を出して倫周にぶつかってみようと遼二は心に決めていた。2人になれるこの

機会に今まで訊きたかったことをどんな形でもいいから倫周にぶつけてみようと思っていた。

たとえ喧嘩になったとしても何もしないでいる今よりは何かがつかめそうな気がして遼二は駐車場

までの道のりを急いだ。長い廊下の端に先を歩く倫周の姿を確認し遼二は一瞬ためらったが、

何かを決心したように瞳を見据えるとゆっくりと歩き出した。

そんな遼二よりも大分先に駐車場に向かっていた倫周の腕がふいにつかまれて。


「えっ、、、?」


はっとして振り返るとそれはBearingRoadの礼人だった。

礼人は自分のモスグリーンのチェロキーの影に倫周を引っ張り入れるとその大きな瞳を覗き込む

ようにして先程休憩室で聴いたことを尋ねた。そんなのは事実無根だと言って欲しくて。

だが倫周の瞳はみるみる曇って無口になって、唇を噛み締めて俯いてしまった。

礼人はそれがどういうことなのか聞かなくてもわかるような気がして、怒りの表情をしてみせた。

「お前っ、本当なのか?本当にそんなことしてんのか?」

厳しく瞳を歪ませて礼人は怒鳴った。

「馬鹿野郎っ!何やってんだよっ!?何でそんなことすんだっ!?」

がくがくと倫周の細い肩を揺さぶると怒りを露にしたようにチェロキーにその細い肩を押し付けた。

礼人の切れ長の瞳が倫周の大きな瞳を見つめながら辛そうに歪んで。


馬鹿野郎、、、!何でそんなことすんだよっ、あんな目に遭っておきながら、、、畜生っ、、、

こんなんじゃあん時、我慢するんじゃなかったぜ、あの時我慢しねえでこいつを俺のもんに

しちまえばそんなこと絶対にさせなかったのによ、、、


後悔の念が先に立つ、礼人は細い肩をつかんだ手にぎゅっと力を入れるとぐいとそのまま引き寄せた。

引き寄せて、強く唇を奪った。息も出来ない程強く、激しく、奪った、、、

「んっ、、、やっ、、、やだ放して、、、」

身を捩って自分の腕の中から逃れようとする倫周を更に強い力で抱きしめると礼人は再び

唇を強く重ね合わせて、有無を言わさず深いキスをした。細い茶色の髪を掻き乱しながら

頭を手で押さえ込んで、もう片方の手は倫周の抵抗する左手を取り上げて、強く激しくキスをした。

「待ってっ、、何をっ、、、、」

やっとの思いで倫周はその激しいくちつ゛けから逃れたけれど、、、

「黙れよ、、何でそんなことしたんだ、、、何で、、、、」

礼人の瞳が心配そうに歪んでいて、けれどもその瞳は既に熱く溶け出してもいるようで、倫周を

見つめる瞳が甘く熱を帯びていて。


どうしたんだ俺は、、こいつは男だって、、、なのにあんなことを聞いたらいてもたってもいられなくて、

こいつを自分のものにしちまいたくなって、、、変だっ、、、だけど、、、


礼人はそんな迷いを振り払うように勢いよく倫周の首筋に顔を埋めた。

シャツの襟を開いて鎖骨をなぞって、細い身体を再び車に押し付けると白い胸元に唇を這わせながら

綻んだ薄い桃色の花びらを奪い取った。

「やっ、、あぁ、、、」

たまらずに嬌声が漏れて。薄暗い駐車場の車の隅で再び倫周の身体が熱を帯び、押し流され

そうになった瞬間、、、何かの気配を感じて礼人は瞳だけをそちらに向けた。

そこには驚愕の表情を凍りつかせた遼二の姿があった。

今日こそは喧嘩してでも倫周と話し合おうと後を追いかけてきた遼二が、すぐそこに立っていて。

倫周も又驚愕の表情をした。突然にこんなところを見られてしまいとっさにどうしていいかわからず、

硬直してしまった。倫周には過去にもこんなところを目撃されているなどとは夢にも思っていなかった

ので初めて見つかってしまったと思い、それだけも戸惑ったのだが遼二にとってはもう言葉には

表しようも無い程のショックだった。たとえ勘違いだとしても遼二の瞳に映ってきたものは言い逃れようの

無い事実だった。只遼二が目撃したタイミングはかなり悪かったというのも又事実であった。

何の経緯も知らないまま、遼二はその瞳に映った事実だけを信じて言いようの無い程の衝撃を

受けたのであった。

礼人と、倫周とも目が合って、遼二は一目散にその場から走り去った。ぎゅっと瞼を閉じたまま、

もう何もかも嫌だといった感じで走って行った。


「遼二っ!」


倫周は叫んだが、時は既に遅かった。遼二の心は深く傷ついて、、、

丁度車の鍵を開けようとしていたビルに勢いよくぶつかって遼二はその存在を見上げた。

「ビル、、、」

遼二はとっさに助手席に乗り込むと激しく叫んだ。

「出してっ!早く車を出してくれよっ、、、!」

「なっ、、、?だってお前倫周がまだ、、、」

「いいんだよっ!あいつはいいから早くどっか行ってくれっ、、、早くっ、、早く、、、」

遼二は泣き崩れ、あまりの様子にビルは倫周を待たずに駐車場を後にした。

しばらくそのまま走らせたが。一体何があったのか、どうしたものかと思っていたところ、信号で

止まった瞬間に遼二が縋り付いてきた。声をあげて泣きながらビルに縋って、、、

「助けて、、、もう嫌だ、もう嫌だよ、、助けてビルさん、お願い、、だか、ら、っ、、、」

ビルは何を思ったか車を遼二のマンションとは逆の方に向けて走り出した。遼二は俯いたまま、

ひたすら声をあげて泣き続けていた。







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静かに車が止まって、着いたところはレインボーブリッジを見渡せる夜の海浜公園だった。

遠くに大都会の灯りがダイヤモンドのように煌いて、遼二の涙目にはそれらが更に眩しく感じ

られた。

カーステレオから流れるメロディを沈めながらようやく落ち着きを取り戻した遼二にビルは静かに尋ねた。


「喧嘩した、、、っていうもんじゃきかないだろうな?」


ちらりと遼二に視線をやると独り言のように囁いた。

「言いたくなきゃ言わなくていい、何も言うな。けどどうしても辛いんなら聞き流してやってもいいぜ、

ラジオでも聞いてるつもりでな。」

一瞬、遼二はきょとんとした表情をした。初めは何を言われているのかと思ったが、次第にビルの

配慮に気付くと不思議と心が温かくなるように感じられてほっとしたのか笑みが漏れたようだった。

ぽつり、ぽつりと遼二は倫周のことを、今までに見た倫周の衝撃の姿を話し出した。

苦しみを吐き出すように、悲しさを差し出すように遼二はひとつひとつビルに話していった。

まるでそうすることで自分の痛みを癒すかのように。

そして最後にためらったようではあったが自分が犯した過ちを、あの晩の衝撃のことを話して俯いた。

「俺は倫を嫌いになりたくねえんだ、倫はガキの頃からずっと一緒で、あいつの方が1こ上なのに

いつも俺に付いて来て。あいつは何かってえとすぐ泣いてそんなあいつを慰めんのはいつも俺で

俺はっ、、、俺は倫を大切に思ってたんだ、、っ、、大切な親友以上の、家族以上のもんだって、、

だけどっ、、あんな、倫があんなことっ平気であんなっ、、汚く思えて、、、倫がものすごく汚ねえって

思えて嫌気がさして。どうしたらいいんだっ?もうあんなことやめて欲しいのにっ、、、

誰にでも、かっ、身体を、、やめて欲しいのに、倫を嫌いになりたくねえのに、、、」

遼二は又涙した。ビルはしばらく黙って何かを考えているふうだったが、シガーライターを押しながら

突然に突飛なことを尋ねてきた。



「遼二さ、お前好きな女とか付き合ってる女とかいるのか?」

、、、え、、、?

まるで関係のないような質問を大真面目な顔でしてくるビルに意表をつかれたのか遼二は

又してもきょとんとした表情をした。そんな様子にくすっと微笑いながら

「、、んなもん、つくってる時間ないか。それならいっそお前が倫周を受け止めてやったらどう

なんだ?」

、、、!?

遼二は一瞬、言われていることがよく理解出来ないといった表情をした。

「だからー、お前が倫周の彼氏になるってのはどうだと言ったんだ。」

「彼氏、、、って、、、だって倫は男だぜ?」

「わからん奴だなあ、だって倫周はその、「男」とアレしないといられないんであろう?だったら

その相手をお前がしてやれば他の男んところには行かないのじゃないか?」

なっ、、、冗談じゃねえよ、何で俺が倫を抱かなきゃいけねえんだ、そんなこと御免だぜ!



そう、そんな、こと、、俺が倫を、、、抱く、、なんて、、、



「何照れておるか?ひょっとして遼二、お前、「男」と寝ることに罪悪感があるのと違うか?

だったらナンセンスよー、そんなの我々の間じゃ別に特別なことでも何でもありゃしないことだ。

気にすることはないぞ。」

いかにもお気楽そうにそう言うビルに遼二は半分呆れ顔をした。しかしビルとて別にふざけて

いたわけではなく、それはその後のビルの言葉が物語っていた。

真面目に気を取り直すとビルは言った。

「ま、今のままじゃ倫周にとってもよくないな、そんなにたくさんの奴を相手にしてたんじゃあいつの

身体がいかれてしまうぞ。どうしてもってんなら俺が引き受けてやってもいいがな。ん〜、あいつ

結構可愛いしな〜、俺は構わないぞ?」

そう言ってにやにやしながら遼二の方を窺った。

「なっ、何だよっ、、!?俺は別にっ、、倫の、こと、、なんて、何とも、、、」

照れて下を向く遼二に真面目な感じのビルの声が響いてきた。その言葉はまるで遼二の心の

迷いを取り除いていくようで。遼二はビルを見上げた。

「罪悪感を捨てろ遼二。これは別に悪いことじゃないんだ、お前が悪いと思い込んでるだけだ。

角度を変えて違う方から見てみるんだ、よく目を見開いて、よく耳を澄まして聞いてみるんだ、

心の声を。お前が一番望むことは何なのか。みっともないとか恥ずかしいとか、良いとか悪いとか

そんなことは抜きにして、お前の一番の望みは何だ?お前の一番嫌なことは何だ?

よく考えてみろ、そうすりゃ答えはきっと出る。」



見上げたビルの存在がとても大きく思えて、とても温かく思えて遼二は何だか心が晴れていくような

感じがした。ビルは遼二に煙草を差し出すとにやりと微笑って言った。

「さあてと、そろそろ行くかっ!で?どっちに送りゃいいんだ?お前のマンション?それとも、、、」

遼二は腫れた瞳を掻きながらうっすらと微笑むと行き先を告げた。