蒼の国-TS Version/Bit(Tear to bit)-
久し振りに紫月に満たされて倫周の身体は落ち着きを取り戻していた。強引に遼二を引き入れた

欲望だけの行為と違って永きに渡り繰り返された紫月との逢瀬は倫周の身体を何よりも悦ばせる

ものだった。頬には紅が差してその表情は美しく輝きを取り戻していた。

が、しかしその表情が再び曇ってしまうまで時間はかからなかった。



次の日から又しても紫月の多忙な日々は始められ、紫月の手によってわざと作り上げられた

偶然が再び倫周の身体を耐え難い苦しみに追い込んでいった。

それ以来、来る日も来る日も忙しく仕事に追われすれ違う日々が続いて、だが紫月の態度は

そんな苦しみとはうらはらにものすごくやさしかった。言葉は常に倫周を気使い、すまなそうに

謝って。早く帰るから待っておいでとやさしく言う、今夜こそ一緒に過ごそうとやさしく言う、一度も

約束は守られることのないままに。



そんな毎日は倫周を正に地獄に突き落としていったのである。

あれ以来妙によそよそしくなってしまった遼二にその思いを預けるわけにもいかず倫周の身体は

限界に達していた。待てども待てども一向に訪れない紫月との逢瀬も、決して以前には戻れない

帝斗との関係も全てが倫周を追い込んで身体はもとより心までもが引き裂かれそうだった。




辛い、、助けて、、、誰か、、、そう、誰でもいいから、、、俺を助けてくれ、、、、、




ある日のどこかのテレビ局の控え室を出たところにあった狭い倉庫の中で。呆然と倫周は漂う

視線をもてあましていた。

がちゃり、と何かの落ちる音がして。

まさかそこに倫周がいるとは思わずに落としたものを拾おうとその誰かが腰を屈めたとき、自分に

向けられた視線に気付いてその人は倫周の方を見た。


「あっ、、、!すみませんっ、、人がいるなんて思わなかったものですからっ、、、」


慌てたように謝った。だがふとその存在が倫周だと気付くとその人は瞳を見開いて近付いてきた。

「あっ、、Fairyの、、、」

そこまで言うとその人はその場に固まったようになってしまった。まだ若い、入りたてのアルバイト

といった感じだった。倫周の漂うような視線がふいと動いて。

なんて綺麗なんだ、、これがあのFairyの、、、まるで人形のようだ、、、

吸い寄せられるように倫周を見つめる若者にふっと微笑むと声を掛けた。

「いいよ、別に。もう行くから、、、」

そう言って腰掛けていた段ボールから立ち上がろうとした瞬間、倫周はふらりとよろけた。

「あっ、、、」

彼は慌てて倫周の身体を支えたが真近に倫周を見て、しかも偶然とはいえ触れることまで

できて信じられないといった表情をした。

「あ、あの、、大丈夫、、です、か?」

恐る恐る声を掛けながらまるで心臓の音が聞こえてきそうなくらいどきどきと胸が高鳴って

いるような様子に倫周はくすりと微笑んだ。

「平気、、ありがと、、、」

そう言われて余程あがっているのか彼は倫周を支えた手を離すことさえ忘れているようだった。

つかまれた腕からその体温が伝わってくる、、、次第に身体中を這うようなぞわぞわとした感覚が

襲ってきて。

倫周はふ、っと彼に近寄ると軽くその頬にくちつ゛けをした。

とっさのことに余程驚いたのか、彼は飛び上がるようになったが。



「ねえ、俺が嫌い?」



人形のように美しい顔が耳元でそんな甘い声を出したものなら誰だって思考能力が止まって

しまうだろう。まして業界に入りたてのこの彼にとって信じられない一瞬の出来事は例外なく

彼を異次元の世界に引き込んでしまったことは言うまでも無かった。

どきどきと胸が高鳴る、恐る恐る耳元の綺麗な顔に目をやると天窓から微かに差し込んだ夕方の

光に映し出されて想像を絶する程美しく、ごくんと、思わず彼はつばを呑み込んだ。



今、この部屋には誰もいない、、、、、、



僅かな夕陽に照らされた狭い倉庫の環境も彼の心に火を点けて。

突然に人が変わったようになると彼は倫周の細い身体に襲いかかった。

ばらばらと積み上げられていたものが散乱する音がして狭い倉庫の中で落ちてきた段ボールに

囲まれて出来た更に狭い空間に追い込まれて倫周は蒼白となった。







最初に誘ったのは倫周の方。紫月に受け止めてもらえない身体の欲望を埋める為に、帝斗に

与えてもらえない心の寂しさを埋める為に、ちょっと気弱そうなとても人のよさそうなこの彼に

ほんの出来心で声を掛けただけだったけれど。

倫周の美しさが、得もいわれぬ程の憂いを譬えたその瞳が、彼の理性を狂わせてしまったのか、

或いは元々そんな人間だったのか。彼は倫周を狭い空間に追い込むと狂ったように覆い被さって

きた。

倫周が求めたのはほんの甘いひととき。ほんの僅かの甘いひとときをこのやさしそうな彼に預けて

寄り掛かってみたかっただけ。まさかこんなことになるとは露ほどにも思わずに、無防備に発せ

られた倫周のひとことは又違った意味での地獄を見ることになってしまう。

「ま、、待って、、、ねえ、、冗談、、冗談だって、、、」

狂ったような殺気を感じて倫周はわざと明るい声でそう言った。自分よりも僅かに体格のいい

彼にがっしりと押さえ込まれた身体を何とか外そうと一生懸命なだめながら言ってはみたものの

そんなことは彼の隠されていた欲望を益々煽り立ててしまうだけだった。

「冗談じゃすまされないよな?最初に誘ったのはそっちじゃないか?本当はこんなふうにされた

かったんじゃないんですか?それとも俺らのことなんてあんたたちから見りゃ只のくずだって、

馬鹿にしてんのか?」

そう言うと彼は倫周の上着とブラウスを勢いよくこじ開けた。ステージ用のやわらかな素材の

ブラウスは容易にこじ開けられて綺麗な白い素肌が露にされて。しっとりとまるでスフレ菓子の

ような倫周の胸元に彼の欲望は益々加速の一途を辿っていった。

あまりに狂気じみた彼の乱暴な行動に今まで味わったことのない恐怖感を感じて倫周は必死に

彼の手から逃れようとしながら無意識に助けを求めて叫び声をあげていた。

「やっ、、やめてっ、放して、、やだ助けて、誰かっ、、、!」

けれども身体を捩って抵抗する度にあたりの物がばらばらと落ちてきてどんどん荷物の中に埋まって

いってしまうようで益々逃れられなくなる。

「ほんとうにっ、、やめてくれよ、、、っ、、、」

半ば怒りながら叫んでも彼は一向に止まらない様子で、それどころか抵抗の言葉を言えば言う程

どんどん逆効果になっていってしまうようで、終いには倫周の瞳に涙が滲んだ。

初めて味わう屈辱のような感覚が身体中を襲う、紫月に無理矢理この身体を奪われたときでさえ

こんな感覚はなかったのに。それは言うなれば紫月も又大きな褐色の瞳と青真珠のような美しい

肌をして、持っている雰囲気が自分に近かったからで、そんな人間に少々強引に身体を奪われた

のといわば普通の男にそうされたのとはやはり明らかに何かが違っているようで何時までたっても

終わらない乱暴な男の行為に倫周は泣き叫んだ。

「嫌あっ、、やめて、、もうやめて、、、」

泣きながら助けを呼んでも結局は彼の欲望が果てるまで解放してもらえるはずもなく、地獄の

ような屈辱のときは差し込んでいた夕陽が完全に消えて闇が降りる頃ようやく終わりを迎えた。

静まり返った狭い部屋に遠くから聞こえてくる賑やかな気配が僅かに届いていた。そろそろ

オンエアの時間を迎えて人々が忙しそうに走り回る様子が遠くから微かに聞こえてきていた。

彼はいそいそと服を着込むと捨て台詞を残してその場を後にした。

「ふ、、んっ、、いい気味だな、Fairyなんて気取ってんなよ、馬鹿にしやがって、、、」

ばたんと乱暴にドアを閉める乾いた音が響いて。いろんな物が散乱した冷たい床に横たわったまま

倫周の頬に又涙が伝って落ちた。



別に馬鹿にしたつもりなんてない、ただほんの甘いひとときを感じたかっただけ、埋まらない

寂しさをほんの少し誰かに預けて寄り掛かりたかっただけ、誰かに、、、

「うっ、、んっ、、、紫月、、紫月、、ああ帝斗、、、!」

溢れ出る寂しさと地獄のような経験に綺麗な顔をぐちゃぐちゃに汚しながら倫周は声をあげて

泣き崩れてしまった。

誰もいない狭い倉庫の、段ボールが散乱した中で、寂しさを吐き出すように嗚咽した。