蒼の国-TS Version/蒼の国- |
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大手新聞社のデスク席で上がったばかりのゲラに目を通しながら不可思議な顔をしている
一人の中年記者の姿があった。
「おい?何だこの記事、、?Fairyの遼二、倫周が熱愛発覚?衝撃の同性愛?
誰だこんな見出しつけた奴はあ?おい、誰か知らねえか?
Fairyって何だよ?新しいバンドか何かか?」
若手アルバイトの青年に尋ねたけれど誰も知っている者はいない。
「何だよ、ふざけやがって。こんなもん、一面にもってくんじゃねえよっ!
そんなことよりあれどうなった?昨日の、ほらっ、飛行機事故っ、続報着てんだろっ?」
なだらかな丘の上に建つお伽の国のような建物の前で紫月はぼうっと立ち竦んでいた。
「一之宮・・・」
そう声を掛けられて振り返った先には端整な佇まいの美男子が微笑んでいた。
「高宮さん・・・・」
半ばぼうっとしながら紫月はそんな返事を返した。
あの飛行機事故があってからどれくらいの時が経ったのだろう、
信じがたいことだが紫月はじめ、帝斗やビル、京らとFairyのメンバーは今、
天国ではなく”蒼の国”と呼ばれるところにいた。
”蒼の国”
それは不老不死の国だった。
あの不運な事故で還らぬ人となった乗員乗客の名簿の中に紫月ら9名の名は
存在しなかった。彼らは死して天国に行かずにこの”蒼の国”と呼ばれる
不老不死の国へ連れて来られたのだった。
「この国に呼ばれたことは皆さんの運命なのですよ。
ですが不老不死というのはそんなにいいものではありません。
私たちは老いる、死ぬということがない代わりにすべての記憶を背負って
生きていかなければならないのです。ここでの仕事はそれは大切なことで
確かに皆さんの力は必要なのですが、だからといって此処に残っていただくことに
強制は致しません。このまま人として天国に行くことを希望されるのであれば
それはそれで結構です、よくお考えになって、此処に残るかどうかを決めて下さい。」
不老不死の世界であるというこの”蒼の国”の幹部である高宮東耀氏から
そう言われた紫月らはこの何とも信じがたいような選択を迫られたのであった。
その代わり此処に残り、不老不死となったならば此処で定められた仕事をこなしながら
永遠に生き続けなければならないという、
そしてもしもこの”蒼の国”の住人となったならば自分たちが地上世界に生きていたという事実は
抹消されることとなり、誰の記憶からも消されてしまうという条件付きだった。
つまり、紫月が敏腕プロデューサーとして活躍していたことも、Fairyが存在していたことも
無論、T−Sプロの存在さえも全てが人々の記憶から消えるという。
その選択を迫られたとき、皆は一様に自身のこの後の行く末について考えさせられた。
紫月も又しかりであったのだ。
あの爆発があったとき、舞い上がる噴煙の中で紫月はとっさにすぐ隣りに座っていた帝斗と、
そして倫周の姿を探した。先ずは帝斗の手を取り、そして後ろの席にいた倫周を見つけると
その肩を抱いて、2人を包み込むように床に伏せたのだった。
本能だった、自分が今まで酷い仕打ちを与えてきたこの2人に紫月は後悔してもしきれぬ程の
罪悪感を抱いていた。だから守りたいと思ったのだ、たとえそれがどんなに無駄なことだと
わかっていても2人を自分の腕の中に抱え、万が一にも助かって欲しいと願った。
自分の身体がほんの少しでも盾になればと、そう思ったのだった。
だが着いたところは不老不死の世界だった。全員が無事で、全員が一緒に此処に連れて
来られた。
そんな不思議な運命に紫月の心は揺れていた。
もしも此処でやり直すことができるのなら・・・
今までの汚い自分を全て捨てて、何もかも一からやり直せるのなら・・・
変わってみたい。汚いものを全て押し流して、これを機会にもう一度やり直してみたい。
そう思って。
「俺はいいけど・・・」
そう言ったのだった。
すると信じられないことにすぐに帝斗が口を開いた。
「紫月さんがいいのでしたら僕はいいですよ。」と。
紫月はそんな帝斗の言葉が信じられなかった。もしも皆が全員で揃って天国へ行きたいと
希望したとしても、自分だけがこの世界に残ることになったとしてもそれはそれでよかったからだ。
一からやり直すにはその方がいい、そう思っていたからだ。
帝斗のことも倫周のことも遼二のことも皆忘れて、自分の愛する者から離れて忍耐の日々を
永遠に送れるのなら、それで今までの自分の罪が償えるのであればそんな孤独にも
耐えて行こうとそう決心したからだ。それなのに帝斗は何の迷いもなさそうにそんな言葉を
口走った。紫月を見つめながら、暗褐色の大きな瞳はとても穏やかにそう云った。
そしてあろうことかビルや京、信一に剛、潤、そして遼二、倫周までもが此処に残ることを決めた。
全員が一緒に此処、”蒼の国”で永遠に生き続けることを決めたのだった。
皆の表情は晴れやかで。
それならば、皆と一緒にこれからも生きて行けるのであれば、尚のこと、紫月は自身の今までの
行動を悔いて、改めようと固く決心したのであった。
今までの行動を悔い改めて何か一つでもよくなれば、そう願って紫月はやまなかった。
「何を考えてるんだ?さっきからそこでぼうっとしてたようだが・・・」
そんな高宮の言葉に紫月は褐色の大きな瞳を伏せるようにしながら訊いた。
「高宮さん・・・何故・・何故俺は此処に呼ばれたのですか?
俺は、はっきり言って皆とは違う・・・本当はこんなところに呼んでもらえるような人間じゃ
ないんです。俺は・・・生前皆に酷いことをした・・・・・
それに、俺達のことを調べたあなたならご存知でしょう?俺は・・
人間としてしてはいけないことに手を出してしまってた・・・
此処に来る前・・・・覚醒剤に・・・」
そこまで言い掛けて、高宮の言葉に止められた。
そんなことなら、、、、、
「そんなことなら俺はもっと酷い状態だったよ。」
・・・・・・・・・・・え?
高宮は紫月を見つめてふっと微笑むと静かに言った。
「此処に来た時、俺も死を迎えて此処に呼ばれたときは今のお前よりももっと酷い状態だった。
俺だって人間として許されないようなことをたくさんしてきたんだ・・・・
お前はまだいい方だよ。」
そんな言葉に驚きと、そして非常に不思議そうな顔をした紫月を振り返ると
にこやかに微笑みながら高宮は言った。
「そのうち慣れるよ。此処で精一杯過ごしていくことが出来たなら、今お前が悩んでることなんて
嘘のように救われるときが来るさ。俺もそうだったから・・・
心配すんなって。そんなふうに悩める心が存在するうちは絶対大丈夫だからさ。」
そう言ってぽんと、紫月の肩を叩いた。
「高宮さん・・・・」
「東耀でいいよ。お前とはそんなに歳変わんないだし?
はははっ、そんなこともないか?俺の方がちょっと上だよなあ、、、まあ気は若いつもりだから、、、」
そんなことを言いながら高宮はその場を後にした。その後ろ姿を見送りながら紫月の褐色の瞳は
まだ不思議そうに揺れていた。
そんなわけで一同は不老不死世界の”蒼の国”の住人となり、プロデューサーであったことも
人気ロックバンドであったことも皆の記憶から消えたのであった。
そして新たなる運命の幕が下ろされようとしていた。 |
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