蒼の国-TS Version/愛というもの- |
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孫策が側近の周瑜を伴って蒼国の幕舎に帝斗を訪ねたのはそれから間もなくしてからのことだった。
そう、皆そう言う・・俺を抱いてくれる瞬間は皆やさしいから・・・
皆愛してるって言ってくれるんだ・・・
そんなことを言った倫周があまりにも哀れに思えて、こんな歳になっても”愛”というものの
何たるかがまるで理解出来ていない倫周が気の毒な程哀しく思えて、孫策は重い気持ちで
毎日を過ごしていたのだった。
それは恐らく倫周の言葉や行動からするならば、今までの人生が彼に与えた哀しい現実、
幼い頃に両親を亡くし、又その親でさえ幼い倫周に愛欲の行為を吹き込んだ張本人であるという
残酷な事実が作り出した歪んだ年月が奇妙な人格を作り上げているようで、孫策は
そんな倫周が哀れで仕方なかった。
だが倫周の心はそんな汚れた人生に左右されることもなく純粋過ぎる程であった。
まるで子供のように自分に投げかけられた言葉をそのまま鵜呑みにする、そんな姿を本当に
哀れだと思ってしまう程に倫周は純粋だった。
それは常に自分を守ってくれる温かいものを求めて彷徨っているような、
まるで雛鳥が親を探すような本能。
捨てられた子猫が自分に興味を持って近寄って来た人間に媚びるような仕草。
やさしくしてくれるならば何でもするといったような哀れな哀しい性だった。
そんな倫周がとても切なくて、哀れでどうしようもなくなる。
共に夜を重ねる毎に孫策は倫周に対して愛情を抱くようになっていった。
倫周、愛ってそんなもんじゃねえよ、本当に人を愛するってことはお前が思ってるような
そんな媚びた行為なんかじゃねえ。もっと深いもの、愛ってもっと素晴らしいものなんだってことを
教えてやりたい、俺がお前に・・・・俺がお前を愛してやりたい・・・!
そんな胸の内を倫周に告げる前に孫策は蒼国の幕舎を訪れたのだった。
そうして蒼国の代表の粟津帝斗に会ってきちんと自分の気持ちを伝えると、
倫周を自分の専属護衛にしたいと申し出たのだった。
これには帝斗はじめ、遼二やその他蒼国の面々はかなり驚いた様子であった。
一国の君主の長子、言うなれば次の君主になるはずの人物がたったひとりを
本気で愛しているなどと言ってきたものだから、ましてやそれは男同士だったわけで、
だから孫策のこの申し出に最初は帝斗も困惑気味だった。
少し強色を帯びた帝斗の言葉が孫策に纏わりついて。
「もしもあの子があなたの思っているような人物でないとしたら、、、どうです?
もしかしたらあの子は本当の姿をあなたに見せていないかも知れませんよ?
あの子は割合と社交には長けておりますから。それにあの子は男ですよ?
そんな人物を愛しているだなどと・・・
お父上が聞かれたらどう思われるでしょう?どうかもう一度よくお考え直しになって・・・」
うっすらと笑みさえ浮かべながらそう言い掛けた帝斗の言葉を押し退けたもの。
それは揺ぎ無い孫策の言葉だった。
「粟津殿、俺は倫周を心から愛しているんだ。
あいつがもしも俺の思っているような奴じゃなかったとしても、あいつがどんな人生を
歩んできたのだとしてもそれはそれで構わない。
俺は今のあいつを、これからのあいつを精一杯愛してやりたいと思うんだ、
あいつに俺なりの愛ってもんを教えて、伝えてやることが出来たらいいと、そう思ってる。」
真剣な瞳が帝斗を見つめる。
遙か1800年の時を経て、こんなに輝くほどの瞳に出会うなんて・・・
帝斗はしばらくは何も言えずに黙っていたが、ふいと微笑むと少々寂しそうな表情をしながら
言った。
「ではお申し出の通りに。宜しくお願い申し上げます。」
そしてすっと孫策に近付くと孫策にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「あなただったら、きっとあの子を幸せにしてくださる・・・・」
そう言って、すっと居住まいを正すと、
「失礼、孫策殿。この場は下がらせてください。」
少し繭を顰めながら寂しげな表情を残して帝斗は自室へ引き上げて行った。
そんな後ろ姿を見送りながら孫策はある思いを胸に浮かべていた。
粟津、もしかしてお前も倫周を愛してるのか?
だがそうであるなら何で自らが倫周と共に過ごさないのだろうと少々不思議であった。
今までのことを振り返る限りでは倫周も粟津帝斗を想っているような感があったものだから
不思議に思ったのだった。
まだよくわからないことがたくさんあるな・・・・
だが孫策は今の自分の精一杯の愛情を倫周に注いでやろうと決心していた。
倫周、俺が本当の愛ってもんを教えてやるよ。
お前にホントの愛がどんな素晴らしいものかってことをさ・・・なんてな。
俺だってそんなのよくわかんねえけどさ・・・
でもお前よりはわかってるつもりだぜ?
そんな想いを恥ずかしそうに告げて。
それから孫策はぴったりと倫周を側に携えながら青葉で輝く江東の地を見せて歩いた。
一緒に狩りに連れて行き、一緒に野宿して、一緒に魚を捕って河辺で焼いて寝泊りした。
剣の稽古をし、的射を楽しみ、遠乗りをして、ありとあらゆる時を共に過ごしたのであった。
そして倫周をその胸に抱くとき、孫策は心からの想いを大きな瞳に携えて告げたのだった。
「倫周、お前は俺が好きか?」
そんなことを訊いてくる孫策にこくこくと頷きながら倫周は言った。
「うん・・大好き。大好きです・・・・」
そうして顔を埋めてくる、いつかほど媚びているような感はないにしろ、何の戸惑いもなく
返された言葉は儀礼的なものだった。
「俺はお前を愛してる、だからこうしてお前を抱くんだぜ?好きだから、愛してるから、
お前のすべてが愛しいって思うからこんなふうにキスしたり・・するんだ・・・・
こういうことは本当に好きな奴とするもんなんだぜ? わかるか?
お前はどうなんだ?お前は俺のことが好きだからこうして俺の腕の中にいる、そうだろ?」
突然にそんなことを言われてきょとんとしている倫周の、細い身体を抱き寄せると孫策は言った。
「なあ倫周、俺は狩りに行ってるときも剣の稽古をしてるときも、そして今こうして
お前を抱き締めているときも、いつでも同じようにお前が好きだ。 同じように愛してる。
いつでも、一緒だ。気持ちはどんなときでも変わらねえ。
愛ってのはそういうもんだって俺は思ってるんだ。」
「孫・・策・・・・?」
「はははっ、、、何か、がらにもねえこと言っちまったなぁ、、、
けどよ、今のは俺のホントの気持ちだからさ。
だからー、お前も俺のことが好きじゃねえんだったらこんなことしちゃいけねえんだぜ?
こういうことは好きな奴とだけするもんなのー!」
少し照れたように天上を見上げた孫策の胸に思いっきり飛び込んだ。
この人は俺を愛してくれる、言葉だけじゃなく、そのすべてを包んでくれる、すべてを受け止めてくれる、
本能がそう読み取って。
倫周が初めて味わう温かいもの、そして狂おしい程の深い愛情を、ずっと求めてきたものを
今初めてその手中につかんで言い知れぬ幸福の中にいた。
ずっと、おそらく帝斗に求めてきたような大いなる愛情を、1800年のときを経て
倫周は初めて手に入れたのだった。
幸せだった。自分の身体だけでなく、心までをも包み込んで、
すべてをもって愛してくれる人に巡り会えて倫周は幸せの絶頂にいた。
至福とはこういうものなんだろうと無意識に思った。
孫策伯符の側にいるときの倫周の表情は今までに見たこともない程穏やかで幸せに満ちたものだった。
だがそんな倫周の幸せとはうらはらに深い嫉妬と悲しみの念に駆られている者がいた。
自分との今までのすべてのことを忘れてしまったような倫周の恍惚の表情を大きな褐色の瞳に
映しながら紫月は言い知れぬ激情の中にいた。
いかに自分の気持ちをうまく伝えられなかったとしても紫月とてそのすべてをもって倫周を愛したのに、
そんな気持ちに気付きもしないといったように孫策の側で幸せに漂っている倫周が許せなくて、
信じられなくて紫月は驚愕の念で揺れていた。
だからというわけではなかったが、紫月のそんな気持ちに気付けない、そして恐らくは
その胸に様々な葛藤を抱えながらも自分を受け止めてくれていた遼二のことさえも
まるで忘れてしまったかのように自らの幸せに漂う倫周の至福の日々はそう永くは続かなかった。
倫周を心から愛しんで、本当の愛というものを教えてくれた人、孫策伯符が亡くなったのは
それから一年にも満たない頃だった。 |
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