CRIMSON Vol.49 |
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白夜が邸を後にしてから紅月はまるで放心状態のようになっていた。
ずっと自室に閉じこもり、仕事にも顔を出さないまま何をするともなくただ部屋でぼうっとときを持て余すように
過ごしていた。
初めは体調でも悪いのかと執事の若林らが気に掛けて、けれども紅月は格別表情のないままに
大丈夫だからと繰り返すだけであった。
そうしてしばらくは涙の止まらなかった苦しい時間を忘れるかのように紅月の中から感情が薄れていったのは
それから僅かの後のことだった。
まるで泣き疲れ、終いには何故泣いているのかも解らないくらいまでに疲れ果ててしまったのだろうか?
白夜が秘書を辞め、邸を出て行ってから一週間も経つ頃にはまるで別人のような雰囲気を纏うように
なっていた。
さすがに仕事には顔を出すようにはなって、けれども何となく無感情とでもいうのだろうか?何を言っても
まるで耳に入っていないといったように平坦で、感情があまり表に出ない、まるで機械仕掛けの人形の
ように話しては、時折見せる笑顔でさえぞっとする程、それは造りもののようであった。
身近な社員たちはそんな紅月の様子に何となく違和感を感じていた者もいたが、言い換えるならば
それはまるで放心状態のようでもあった。
哀しみに暮れているわけでもない、笑顔だって変わらずに見せる。
会話も普通で仕事の内容もきちんと理解しているようでいて、だがどことなくいつもと違う雰囲気の、
そんな紅月の元に久し振りに紫月が戻ったのはそれから間もなくのことであった。
ようやくとレコーディングの山場を超えた紫月は、その間のことなど知る由もなかったわけで、
だから久し振りの紅月との再会を楽しむような感じで2人は一緒にグラスを重ねていた。
「久し振りだな紅?元気だった?」
少し照れながら、けれどもうれしそうに紫月はワインを口にした。
「うん元気だよ。紫月も大変だったねレコーディング。もういいの?」
にっこりと笑みまで漏らしながら紅月はそんなことを言っていた。
それらの様子に何となく違和感を感じながらも、だが紫月は山場を超えた後の疲れも相まってか
格別には何の疑いも感じることは出来ないようであった。それよりも久し振りにゆっくりと出来る
安心感の方が先に立っているようで、機嫌よく安堵に浸りながら回りの速い酔いを楽しんでいるかの
ようでさえあった。
その夜、2人は当然の如く肩を並べてベッドに潜り込んだ。
蒼い闇の静寂の中で、、、、久し振りの2人の時間が流れる−−−−−
僅かに差し込んでくる月の光以外には何も灯りのないままで2人は互いを見詰め合い、
存在を確かめるように頬に手をやると、にっこりと微笑みをも交し合った。
「紅、、、、、今日は思う存分お前を愛せるな、、、、?
なあ、俺がいない間寂しかった?」
にっこりと、からかうように紫月はそう聞いて。
紅月も又、にっこりと微笑み返すとうれしそうに返事をした。
「もちろん・・・・寂しかったに決まっているよ。紫月がいないから僕・・・・・・・・・」
「はは、、、、まさか独りでイケナイことしちまったとか〜?」
うれしそうに紫月の口からそんな冗談さえも漏れたその瞬間、、、、、、、、
突然に紅月は起き上がり、紫月の身体を組み敷くように身体を重ねてきた。
「紅、、、、、あはは、、、、お前気が早いなー、、、、そんな急がなくたって時間は充分、、、、」
そう言い掛けて、何かおかしいような雰囲気に、紫月は暗闇の中にハッと瞳を見開いた。
「紅っ!!?」
ぽたぽたと生温かい何かが胸元の辺りに落ちてくる感覚に、紫月はぎょっとしたように身体を硬直させた。
「何してんだお前っ、、、、、!?紅っ!!?」
組み敷かれたまま見上げた紅月の顔に表情は無く、ほんの一瞬ぞっとするような感覚に襲われた。
言いいようのない気持ちにそっと確かめるように目をやれば、そこには信じられないような光景が映り込んで
紫月は思わず飛び起きた。
「紅っ!!?お前っこれっ、、、、、」
ぽたぽたと肌に落ちてきた感覚、闇の中に鼻をつく独特の臭いと共にどす黒い液体を確認して、紫月は
あまりの驚きに全神経が凍りつくような思いに駆られた。
ゆっくりと、動かした瞳の先に確認したもの、、、、、
銀色に光る鋭利な切っ先にぬめるような黒い液体、、、、、、
紅月の手に握られた血のついたナイフを瞳に映した瞬間に紫月は絶句してしまった。
「こ、、、、紅、、、、、、?
何、、、、してんだ、、、、、、お前、、、、、、、、それ、、、、、何だよ、、、、、、、」
「何って?見ればわかるだろ?ナイフだよ?」
「ナ、ナイフ、、、、、って、、、、、お前、、、、、」
刃を伝う赤い痕を追い掛けるように視線をやれば、反対の腕から流れ出ている血の痕に
紫月は思わず悲鳴をあげた。
「紅っ!?なっ、、、何をっ、、、、、、
何してんだお前ーーーーっ、、、、、、!!?」
だが紅月は格別慌てる様子もなくて、、、、、ふと闇に慣れてきた瞳が僅かな笑みさえも感じ取った瞬間に
紫月の全身を恐怖の念が包み込んだ。
「紅、、、、、、ばかなことはよせ、、、、、
そんな、、、もの、、、、、どうするつもりだよ、、、、?危ないから放して、、、、、」
「何で?
何言ってるんだ紫月・・・・・?せっかく久し振りに愛し合えるっていうのにさ?
お前・・・・好きだったろこれ?
こうして肌を切り裂いて・・・・血を出して抱き合うと・・・・・ぬるぬる滑って気持ちよくて・・・・・・
いつもこうして抱き合ったじゃない・・・・・?
だから俺・・・・・せっかくお前の為に用意したのにナイフ・・・・・・
お前が悦んでくれると思って・・・・・・」
「よ、、、、よろこぶって、、、、、紅、、、、」
「ねえ・・・・・どう・・・・・?気持ちいいだろ?ほら・・・・・・これ・・・・・僕の肌・・・・・
ぬるぬる滑ってる・・・・・・ほら・・・・触って紫月・・・・・・・
触って・・・・・・・・そしたら・・・・・
思いっきり愛し合おうよー・・・・・・・・・」
紅月は傷付けた腕を差し出すと、それを紫月の胸元に擦り付けた。
「ひぃっあっ、、、、、、!」
紫月は声にならないような悲鳴を上げて・・・・・
「紫月・・・・・紫月ぃ・・・・・・・・・
どしたの・・・・・?ほら・・・・・気持ちいい・・・・これ・・・・・
血がいっぱい出て・・・・・・・
気持ちいいよー・・・・・・・だから・・・・・
早く・・・・・・・・・・」
早く抱き合おうよ・・・・・・・・・・・・!
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