CRIMSON Vol.48
目の前に、霞む程に大きく近く映り込んだ白夜の唇が神経を煽り立て、追い込んで。

重ね合わせてしまいたい欲望に駆られた。

紅月は無意識に求めるように瞳を瞑り、唇を差し出すような仕草をしていた。白夜の瞳も虚ろに細められ、

切ないながらも目の前の存在を奪い取りたいという激情が抑えられずに2人を押し包み・・・・・・・

けれども白夜は何かを振り切るように瞳を顰めると、抱き締めていた紅月の身体をぐいと離した。



「びゃ・・・白夜!?」



紅月は驚いて。

ほんの一瞬沈黙が2人を硬直させて、、、、

苦い表情を無理矢理元に戻そうとしながら白夜は言った。

「すみません、、、紅月さま、、、、、

何か御用があったのでは? 何かあれば何でも致しますのでおっしゃって、、、」

「どうして・・・・・・・・ど・・して・・・・?」

突然に突き放されて、紅月はまるで自分が拒否されたかのような感覚に陥ると、震える拳を握り締めながら

ぎゅっと唇を噛み締めた。

「邪魔して悪かった・・・・・・・片付け・・・続けてくれっ・・・・・」

それだけ言うのが精一杯だった。

紅月は逃げるように白夜の部屋を後にして、長い廊下を無意識に溢れ出した涙と共に自室へと走ると

縋るようにベッドへと飛び込み、そして大声を上げて泣き崩れた。

何故こんなに悲しいのか?

何故こんなに涙が出るのか解らなかった。

自分は今、愛する紫月と幸せの渦中にいてそれ以上何も望むことなどないはずなのに、、、、

たまたま紫月も留守にしていたその夜は、紅月にとって慰めてくれる存在の何も無い無残な時間であるに

違いはなかった。

初めて味わう頼るところのないその気持ち−−−−−

永らくの間紫月を想って独りのときも側には必ず白夜がいてくれた、、、、

格別には気にも留めなかったそんなことが荒波のように全身を包み込み、自分が今まで無意識の内に

どれ程白夜に甘えてきたかということを初めて思い知らされたのだった。

その白夜も明日の明け方には自分のもとを離れて行くという、、、、、

紅月は突然にすべてのものから見放されたような心持ちに陥っていた。





泣き疲れ、だが眠ることもないままに、呆然としながらベッドの上で天上を見上げる褐色の瞳に

うっすらと朝の光が差し込む頃、側に慣れた香りを感じて紅月はぼんやりと瞳を動かした。

そこにはきちんと居ずまいを正した白夜が立っていて。








「紅月さま、、、、ご挨拶に参りました、、、、、、

私はこれで、、、、

今まで本当にありがとうございました。」

深く頭を下げて静かにそんな挨拶をする白夜の言葉など呆然としている紅月の耳を掠めただけで

何を言われているかなど理解できないといった感じだった。



「びゃく・・・・や・・・・・・」



紅月は手を伸ばし、まるで子供が母親に抱きつくような仕草をすると、視点の合わないような瞳を

漂わせながら白夜の胸元に顔を埋めた。

「白夜・・・・・・びゃく・・・・・・や・・・」

「紅月、、、、、さまっ、、、、」





たまらずに白夜は紅月を抱き締めた。

「あ・・・・・・あ・・・・・・・白夜・・・・・・・」

まるで無垢のような状態で自分にしがみ付いてくる紅月の、その見慣れた色白の頬をぐいと掌で

包み込むと、迷わずに唇を重ね合わせてキスをした。

熱く、深く、すべてを奪い取るようなくちづけを重ねて、、、、、

「あ・・・・・白・・夜・・・・・・・・・」

「、、、、、、、、、、、、紅月、、、」















このままあなたを押し倒してしまいたい、、、、

押し倒して、キスをして、服を脱がせて、、、、、

あなたの敏感な素肌を全部俺のものにして、、、、

溶け合ってしまいたいっ、、、、

誰にも渡したくないっ、、、、

誰にも触らせたくない、、、、

全部俺のものに、、、、、















「お別れですっ紅月さま、、、、、どうか、、、、、、」





お幸せに、、、、、、っ





「白夜っ!?」

突然に勢いよく、又しても拒否するかのように抱き締めていた身体を突き放すと、白夜は一目散に

部屋を出て行った。

まるで逃げるように走り去り−−−−−

「白夜っ・・・・・白夜・・・・待ってっ・・・・・・・・ねえっ白夜ーっ・・・・・・!」

紅月は追い掛けて、必死で転がるように階段を駆け下りた。

そうして血相を変えながらようやくと辿り着いた地下の駐車場に、勢いよく発車していく車を見つけて・・・・・・

「白夜っ・・・・・白夜ーーーーっ!」

僅かに摩擦をしたようなコンクリートの焦げる臭いが鼻をつく、、、、

遠くなる焦燥音が瞬時に身体中の力を奪い去った。





「白夜・・・・・・・・・・・・・・?

どうして・・・・・どう・・・・し・・・て・・・・・・・・・?

なんで・・・・・・・・?

なんで僕を・・・・・・・・っ・・・・・」

次第に溢れ出した涙の理由も未だにわからないままで、紅月はその場に崩れるようにしゃがみ込むと

再び声を上げて泣き崩れたのだった。