CRIMSON Vol.44
高まり出していた2人のときが瞬時に凍りついたように閉ざされて、白夜は はっと我を取り戻すと

それまで鎖骨に這わせていた唇をぎゅっと噛み締めて、もう少しで開かんとしていた紅月の衣服を

慌てて元に戻した。

「す、、、、すみませんっ、、、、、、、」

たったひと言そう言って、逃げるように部屋を後にした。その後ろ姿を無意識に追い掛けながらも

瞬時に湧き上がった欲望の渦に全身を恐怖で苛まれるような感覚に、紅月はぎゅっと自身の腕で

両肩を抱いた。



なんで・・・・・・たったあれだけのことなのに・・・・・・

ものすごく怖かった・・・・・・

自分がどうにかなってしまいそうで・・・・・・

あのまま白夜に抱かれてしまってもいいと思っていただろう自分がほんの少しでも存在していたことに

気付いたとき、紅月は耐え切れない程の不安に翻弄されそうになっていた。















その夜、久し振りに訪れたプロダクションから戻った紫月の話を聞きながらいつものように寄り添って

ベッドに横になっていたが、会話などすべてがうわの空だった。

話を聞く振りをしながらも実際には何ひとつ耳に入っていない、といったふうな紅月の様子に

紫月は勘違いをし、それは恐らく今日一日離れていたことが、しかも帝斗のいるプロダクションを

訪れていたことが不安なのだろうと思って普段よりもとびきりやさしく彼を気使った。

穏やかに髪を撫で、見詰め合う瞳もこの上なく優しげで、重ね合わせたキスでさえとろける程甘かった。



「紅、、、、何にも心配なんかいらねえんだぜ?

俺にはお前だけなんだから。これからもずっと側にいる。俺たちはもう離れないって約束したろ?」

にっこりと微笑みながらそんなことをやさしく言ってくる紫月の気使いに心が痛んだ。

そんな紅月の口から漏れる言葉はただただ謝罪の言葉のみで・・・・・

「ごめんね・・・・・ごめんね紫月・・・・・・・・許して紫月・・・・・・」



紫月には繰り返されるその言葉の真の意味が理解出来るはずはなかった。

紅月が何に悩み苦しんでいるかなど当然といっていい程気付く術もなかったわけで、

だからやさしく、とびきりやさしく彼を抱き締めたのだ。そうすることで少しでも紅月の感じているであろう

罪悪感と不安を拭い去ってやろうと、心からそう思って抱き締めた。



軽く、やさしく不安に揺れているような瞳にくちづけて頬を撫でる。

唇を重ね合わせ、首筋に顔をうずめて心からの愛しさを伝えるが如く丁寧に愛撫を施していった。



「紫・・・・月・・・・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・・」

「ばか、、、、もう余計なこと考えるな。俺はお前を愛しているんだから。お前だけを見詰めているんだから。」

そうして熱い吐息が首筋に掛かった瞬間に突然襲って来た感覚に紅月はぞくりと背筋を震わせた。





「ふ・・・・・・ぁあっ・・・・・・・・・・!」





それは突然に姿を現した性の欲望。

ここしばらく感じられなくて悩んでいた悦びの感覚だった。

身体の中心から八方に掬われるような独特のその感覚がはっきりと感じられて・・・・・

紅月は安堵の気持ちにほうっと胸を撫で下ろすとともにほんの僅かの時間、確かに幸せの中にいた。





ああよかった・・・・・・反応じられる・・・・・・・紫月の息使い・・・・・





撫でられて這わされて奪われるひとつひとつの瞬間が本当にうれしくてしばらくはその幸せに浸っていた。





そう・・・・・・身体も気持ち・・・・イイ・・・・・紫月の息使いが僕をこんなに興奮させてくれる・・・・・

やっぱり何でもなかったんだ・・・・・

僕は紫月の腕の中にいるのがこんなに幸せで・・・・・





甘くやさしい安堵と快楽に飲み込まれそうになったとき、ほんの一瞬又も嫌な感覚が脳裏を掠めたようで

びくりと肩が震えるのが解った。

耳に響く聞き慣れた声色・・・・・・・低い声が地の底から追いかけてくるようで・・・・







やっぱり、、、、諦めるなんて出来ないっ、、、、、、、!俺は今でもあなたをっ、、、、、、





忘れさせてやるっ、、、、紫月なんか、、、、あなたの中から追い出してやるっ、、、、





ホントにあなたっていやらしいヒトだな?綺麗な俺のディレクトール、、、、、





何も考えずに溺れてしまえばいいんだ、、、、俺の愛撫ですべてを押し流してしまえっ、、、、







−−−−−−−白夜っ−−−−−−−





ぞわぞわと身体中を這い摺りまわるようなその声が耳について離れずに、紅月は思わずカッと

瞳を見開いた。

今、自分を愛しているのは紫月だ・・・・・白夜ではない・・・・・

何も怖がることなんかないんだ・・・・心から愛している紫月に抱かれているのだから・・・・・

なのに・・・・・・・

どうして・・・・・・・・





愛しているよ紅月、、、、、あなただけを、、、、、愛してる、、、、、





どこに何をして欲しい?あなたが望む通りに愛してあげる、、、、、





地の底から追いかけてくる声は消えてくれなくて、、、、、

そんな戸惑いの瞬間にふと首筋を掠めた紫月の舌先に思わず嬌声が漏れだした。

「ひぃあっ・・・・・・・・」

ゾクリゾクリと背筋を這い上がってくる淫らな感覚は、過日の白夜との衝撃のひとときを思い起こさせる。

捉えられ、拘束され、縛られて、、、、、、犯されたあの日々、、、、、

そして、そうされて溺れる程に反応し、与えられた淫らな行為に塗れてしまいたいと望んだ自分がいたことも。

今、自分の背筋を舐めているのはあのときの白夜のような気がして・・・・・

抱き竦める腕が、

耳元を伝う熱い吐息が、

そして胸元を絡め取った舌先がすべて白夜にされているのかもと想像すると、湧き上がる欲望は

耐え切れない程に膨れ上がっていくのを感じた。

当然の如く身体は熱く反応し、嬌声は抑えようにも儘ならずに淫らな響きとなって部屋中に木魂した。





「あっ・・・・・・・はっ・・・・・・・・・ぁあああっ・・・ー・・・・・・」





そんな様子に紫月の方も、このところ感じていた紅月の沈んだ様子を払拭出来たかのように

ある種の安堵感に包まれていた。そして心がすれ違ったまま2人は互いを求め合い、

久し振りに熱く激しく求め合ったのだった。

心身ともに紫月は満たされて、だが紅月にとっては地獄だった。

何故ならこの欲望の根源が明確だったからである。

この快楽は紫月が引き出したものではなく、それは白夜によって引き出されたものに他ならなかったから・・・・

白夜を想像し、妄想の声を耳に感じながら、紫月に抱かれたその事実が深く自身の心を苛んで、

それはここ数日の悩みを遥かに超える衝撃となって紅月をおし包んだ。

言い換えるならば、本来誰よりも愛しているはずの紫月の腕の中で他の男を想像しながら果てたのである。

突然に訪れたそんな現実がこの後紅月を酷い自己呵責の念に陥らせたのは言うまでもなかった。