CRIMSON Vol.37
「え・・・・・・?」

「行ってあげて下さい。彼にはあなたが必要だ・・・・・」

「必要・・・・って・・・・・帝斗・・・・・・?」

あまりの唐突な言葉に驚きを通り越して硬直してしまった紫月の瞳は紅月のそれと同じように呆然と感情が

無くなってしまったかのようで。

瞬きさえも忘れたかのようにしばらくは視点さえ合ってはいなかった。

「紅月さんにはあなたが必要だ・・・・・あなたがいなければダメになってしまうよ・・・・・

彼を救ってあげられるのはあなただけです紫月・・・・・だから」

「だからってっ・・・・

だからってお前・・・・・お前は・・・・・」

ようやく取り戻した感情で、お前の言っている意味がよく解らないというふうな表情をした紫月に

帝斗はふと瞳を翳らせると、それでも僅かに微笑みながら言った。

「僕は・・・・大丈夫です。

僕には此処(プロダクション)での仕事もある。倫や遼二(所属バンドのメンバー)もいる。

代表としての責任も、やりがいも、いくらでも生きて行く為の支えがあるから・・・・

でも紅月さんにはあなたしかいないんだ・・・・・

初めて彼が此処に訪ねて来たときから・・・・そんな予感はあった・・・・・

彼は・・・・本当にあなたを愛しているんだって・・・・

言葉にしなくても真っ先にそんな雰囲気を感じたよ・・・・・彼に傷付けられたときも。

あんなことをしてまで紅月さんはあなたを手に入れたかったんだ・・・・・

僕には・・・・

そこまでの気持ちは恐らくないだろう・・・・どんなことを引き換えにしてもあなただけを追い掛ける気持ち・・・

あなたと一緒にいられる為ならどんなことをもいとわない、紅月さんはそういう人だ。

僕には・・・・出来ないよ紫月・・・・そこまで深くあなたを想っていられるかといえば・・・・

正直自信が無い・・・・

仕事のこととか、世間的な立場のこととか、余分なことが気になって恐らくはそれらを優先してしまうだろう。

だから・・・・・」

「でも帝斗っ、、、、、、」

途切れることもなくしゃべり続ける帝斗の言葉を止めるかのように叫ばれた声でさえ、今は何の

効力も無くて・・・・

そうして帝斗は寂しそうに最後の言葉を口にした。





「それにね紫月・・・・・

僕の代わりは幾らでもいるけれど。紅月さんの代わりは誰もいないんだ・・・・・」

「なっ・・・にを・・・・・どういう意味だ帝斗・・・・」

「恋人(自分)の代わりはいても兄弟(紅月)の代わりはいないんだ・・・・

この世にたったひとりの人、兄弟と呼べるのはあなたにとって紅月さんだけなんだよ。

その彼が誰よりもあなたを愛している・・・・・あなただって・・・・本当は愛しいと思っているはずだ・・・・」

「確かにっ・・・・・確かに俺は紅月のことが大事だ・・・・・こいつが・・・・

こんな目に遭ったのを知ったら黙っていられねえしっ・・・・・

でもそれはお前に対する気持ちとはっ・・・・・」

「一緒ですよ。」

「帝斗っ・・・・・・」

「あなたは今、彼のことが気になって気になって仕方ないはずだ。一緒に側にいてやりたいはずだ。

だから・・・・・

紫月さん・・・・・もう何も言わせないで下さい・・・・・

僕なら大丈夫だから・・・・・行って・・・・・」

「帝斗、でもっ・・・・・」

「早くっ・・・・

僕の気が変わらない内に行ってっ・・・・・ください・・・・」

「帝斗・・・・・・」



そんな会話の最中も、床に座り込んだまま、まるで覇気も無く再び放心状態のように視点の定まらない

紅月が哀れだった。

気の強い、どちらかといえば我が侭な紅月が、

こうだと言い出したら望んだ通りにしないといられない勝気な瞳が、

まるで生気を失って漂っている。

その全身を傷だらけにして、それが誰かに強姦されたのだろうという痕がありありとしていて、

その末に放心してしまったというのも理解にたやすくて。

どうして放ってなどおけるだろう?まがりなりにもその昔抱き合い、溺れ合ったその彼の。

傷だらけの身体を放り出して捨ててしまうことなど出来はしない・・・・

紫月も又、深く戸惑い傷付いていた。

だから、

誰よりもそれを解っているから、

そしてこんなとき紫月が目の前の紅月を放り出して、目を背けることなど出来ないことを帝斗は誰よりも

理解していたから、

「行って下さい紫月・・・・・・

今、あなたのすべきことは僕を気使うことじゃない。紅月さんを受け止めてあげることだよ・・・・」

「帝斗・・・・・・・」

「さあ、あなたにもそれが解っているのですから・・・・早く行って・・・・」















紫月はそっと床に座り込んでいる紅月の肩先に手を差し伸べるとやわらかに包み込むように

抱き締めて、引き起こした。

「紅・・・・立って。一緒に・・・帰るぞ。」

「紫、、、、、月?」

「一緒に家に帰ろう・・・・・」

「紫月、、、、、?いいの、、、、?

ほんとに、、、いいの、、、、、、?」

そうして我に返ったように無意識に帝斗の方を振り返ると涙をいっぱいに溜めながら紅月は訊いた。



「粟津くん、、、、、?

本当に、、、いいの、、、、、?紫月、、、、僕に、、、、」

「ええ・・・・お返ししますよ紅月さん。」

にっこりと帝斗は微笑んで。

だが紅月の目の前に歩み寄ると切なそうに瞳を細めながら帝斗も又涙にくぐもった声で囁いた。



「どうして放ってなんかおけるでしょう?

こんなにもそっくりで・・・・・髪の色以外寸分違わぬあなたたちを・・・・・」

そうして帝斗は紅月の肩に手をまわすとまるで愛しい者を抱き締めるようにぎゅっとその腕に抱いた。

「僕を覚えておいて・・・・・

あなたの中の・・・・ほんの少しの隙間でいいから・・・・僕を入れておいて・・・・・

僕はいつでもあなたといるから・・・・・紫月が僕にくれた素晴らしいものの数々を

あなたに刻み付けておくから・・・・

そうすれば・・・・・僕はいつもあなた(紫月)と一緒だ・・・・・

紅月さんの中で僕も生きてる・・・・・」

そう言って微笑んだ帝斗の頬は溢れた涙で濡れていて。

けれどもその表情はやわらかく、心からの微笑みを讃えているようだった。





「幸せに・・・・・紅月(紫月)・・・・・・」