CRIMSON Vol.35
「何故っ、、忘れられないっ!!?

あんなに愛したのにっ、、、、あんなに求め合ったのにっ、、、

まだ紫月を想っているというのか、、、、っ!?

あなたという人はっ、、、、、どうして解ってくれないんだっ、、、、、!」

「やっ・・・・やだっ・・白夜っ・・・・・・何をするんだっ・・・・・・

放してっ・・・・・痛いっ・・・腕が・・・・・・」



ああっ・・・・・・・・・・・・・



だが嫉妬にとち狂った白夜の感情を鎮められるものなどあるはずも無く・・・・

あっという間に捉えられ、全身の自由を奪われるまでは瞬く間であった。

両の腕を縛り上げられて、シャツを引き裂かれて、首筋に噛み付くようなキスをされて、、、、

「やめてっ・・・・白夜っ・・・・・・

やだっ・・・・・・・こんなこと・・・・もうしたくないっ・・・・・・・・・・・・・・!」

抵抗の言葉など煽り立てる材料に過ぎず、抗えば抗うだけ嫉妬心は燃え上がり噴煙する・・・・

激しいというには哀しすぎる運命はやはり簡単には平穏を保ち続けるだけの力を

持ち合わせていてはくれなかった。



「このっ、、、、淫乱っ、、、、、

俺に抱かれてあんなに悶えていたのに、、、此処に帰って来ればもうこのざまですかっ!?

紫月紫月って、、、、、

あんな奴のどこがいいんだっ、、、あんなっ、、、

あなたの幸せのことなんか微塵も考えてなどいない鬼畜野郎の、、、、どこがっ、、、、いい!?」

「やっ・・・・・嫌っー・・・・・・」

「言えよっ、、、、

あいつはそんなにヨカッタのかよっ!?

あいつに犯られてっ、、、、、俺よりも感じたっていうのか、、、、?

そんなにもっ、、、、

忘れられない原因が何なのか、、、はっきり言ってみろよっ!」

「う・・・・・・ああーっ・・・・・・・・」



嫉妬と怒りと矛盾と抵抗−−−−−

悪循環の繰り返しは悲惨なものに他ならずに−−−−−

癪に障った感情が、煮え滾った嫉妬の渦が、どうしようもなく2人を押し包んで。

白夜は紅月のすべてを引き裂き奪いつくし、それはまるで荒れ狂った嵐の中に放り出された者らが

互いを沈め合うようで・・・・

ひとつしかない救命道具を取り合うかのように2人は怒涛の渦の中でもがきあった。















静まり返った真夜中の長い廊下をふらふらと歩く足取りはまるで意思を持たずに−−−−

散々に犯しつくされた紅月が放心状態で辿るひたひたとした足音が暗闇に不気味に響いていた。

首筋に噛み付かれたような紅い痕、腕や脚、そして頬や胸元、そのところどころに紫色に

腫れ上がった膿傷を散らばらせて、褐色の瞳は虚ろに漂っている。

どこを見るともなく、どこに向かうともなく、意思などは到底感じられずに・・・・

だが無意識に身体が向かった先。

それは心が求めてやまない紫月の元であった。





冬の朝の、うっすらと空が白む頃、裸足のまま、ぼろぼろに引き裂かれたシャツの上に

無意識に羽織ってきた墨色のコートが肩から半分ずり落ちている。

まだ車通りも少ない蒼い闇の路面に佇み、見上げた先には紫月の住む音楽プロダクションが

そびえ立っていた。

ふと通りの向こうに瞳をやれば、そこには愛する唯ひとりの人の姿が瞳に映り込んで・・・・



「紫月っ・・・・・・・・・・・・!」



それは紛れもなく愛する人の姿に他ならなかった。

そこには明け方までレコーディングスタジオに詰めていた紫月が恋人の帝斗と肩を並べて

エントランスから出て来るところだった。





「ああ〜、疲れたーっ・・・・帝斗、そこのコンビニでホットドリンクでも仕入れて来るか?」

思いっきり背伸びをしながら少々眠たそうな瞳を細めて紫月は隣りにいる帝斗に話し掛けた。

「ふふ、、、そうですね。倫(レコーディング中のロックバンドのメンバー)たちの分も買って来よう。」

「ああそうだな。しっかし寒みィな〜・・・もうすっかり冬だぜ。なあ帝斗・・・・・

今年のクリスマスさあ・・・・久し振りに・・・・」

少々照れくさそうに髪を掻き揚げながら紫月はちらりと帝斗の様子を窺った。

少し前に起こった紅月との事件の後、あれからずっと帝斗との間はプラトニックなままだった。

傷心の紫月を気遣い何事もなかったように振舞う帝斗の深い愛情の下で、紫月は徐々に

平穏を取り戻しつつあった。そしてしばらくは重ね合わせることが出来ないでいた互いのぬくもりを、

再び確かめたいというように褐色の瞳が揺れ動いているのを感じて、帝斗は穏やかに微笑んで見せた。

「なあに?クリスマス、、、、僕の好きなところでも連れて行ってくれるの?」

「え・・・・・?

ああ・・・そう・・・・・そうだな・・・・うん・・・何処か、お前の行きたいところ・・・・行く?」

もじもじと言いづらそうに、でも僅かに頬を染めながらそんなことを言った紫月に、帝斗はくすりと

微笑むといたずらそうな瞳を向けて耳元にふいと唇を寄せた。

「じゃ・・・・ね。おねだりしようかな・・・・?僕の行きたい所!」

「ああ、、、え?何処、、、?」

「ふふ・・・・あのねー・・・・」

互いに頬を寄せながら恥ずかしそうにひそひそと耳元を掠める言葉のやり取り。

そんな様子は幸せの絶頂というかのようで、何があっても裂くことなど出来得ない深い絆を

表しているようで、固く結ばれたその心と同様に、再び肌と肌を、そのすべてを結び合わせられる瞬間を

待っているようでもあった。

寄り添う2人の間には幸せという言葉がこの上なく似合っていて・・・・

少し恥ずかしそうに、だがとても穏やかに閉じられた褐色の瞳は揺るぎない幸福感に包まれていた。

その幸せに満ち溢れた瞳がゆっくりと開かれた先に映り込んだ光景が、この先の運命を

反転させてしまうことなどその時は気付きもせずに・・・・・






「あっ・・・・・・・!?」

「え、、、、?何?どうかした紫月?」

うっすらと開いた瞳の先に、通りの向こう側に佇む人の影が映り込んで・・・

驚愕の光景を映し出した紫月の頬は瞬く間に蒼ざめていった。

「紫月?」

不思議そうにしながら帝斗も又、振り返った視線の先に信じられないような光景が飛び込んで来て

2人は蒼白なままその場に立ち尽くしてしまった。

そこには無残な姿のまま、重い身体を引き摺った紅月が放心状態で佇んでいた。





「紅っ・・・・・・!?」

紫月は はっと我に返ると慌てて駆け寄った先により鮮明に映し出された無残な姿の紅月を

目の当たりにして驚きでとっさに言葉が出て来なかった。

「紅月さんっ!!?どうなされたんですかっ!?こんなっ、、、、酷いっ、、、、、

いったい何があったんですっ!?」

帝斗も駆けつけて、そのあまりの悲惨な姿に絶句させられてしまった。

全身を痣だらけにし、ところどころに血の痕が乾いて腫れている。

衣服は引き裂かれ色白の腕や首筋には何かで縛られたような痕が生々しく、その姿から

想像出来る事実に思わず目を背けたくなる程であった。

「どうしたんですいったいっ、、、何があったっ!?」

懸命にそう尋ねた帝斗の言葉に放心していた紅月の神経は我に返ったかのように一瞬大きく瞳が

見開かれ・・・・

と同時に湧き上がった感情が止め処ない涙を溢れさせて・・・・・

紅月は帝斗の足元に縋るようにしゃがみ込むと、ありったけの思いを吐き出すかのように

泣き崩れた。

そして同時について出た意外な言葉に帝斗と紫月は驚いたように互いの顔を見合わせた。





「粟津くんっ・・・・・お願い・・・っ・・・・・・・・

何でもするからっ・・・・・・僕に出来ることは何でもする・・・・っ・・・・

この身体を売り渡しても・・何でも・・・・・・するからっ・・・・・・・

お願いっ・・・・・・・・・・

僕に紫月を返してっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!

でないと僕はっ・・・・・・」

帝斗の靴に頬を擦りつけるように土下座しながら泣き崩れ、潰れてしまった喉の奥から

絞り出すように懇願する紅月の姿は信じ難いものに他ならず、身体中に傷を追ったその外見からしても

すぐには状況が掴みきれるはずも無く・・・・

凍てつく冬の朝に、その冷たさを溶かすような慈愛の光が東の空に姿を現す頃、

信じ難い出来事を目の前に、帝斗と紫月は互いを見合わせながらときがとまったように立ち尽くしていた。