CRIMSON Vol.34
そんなふうにして身体の求める欲望を白夜に捉えられてしまった紅月は、その後も同じような

濃密な交わりを絶えず続けながら3日が過ぎていった。

白夜の与える快楽の、最早完全な虜とされてしまった紅月の身体は悲惨なことにもう彼が

いなくては終始がつかない程になってしまっていた。

食事の支度などで少しでも白夜と離れたならば瞬時にして湧き上がるぞわぞわとした感覚が

身体の芯から止め処なく、だがこうなって尚、心では完全に白夜を求めきれずに

紅月は苦しみの真っ只中にいたのだった。

調理をしながらキッチンに立つ後ろ姿が、広い大きな肩先が、逞しい腕が、そのすべてが

淫らな交わりを感じさせ、ふと瞳に入るだけでいやらしい行為に塗れたいという感情が

浮かび上がってしまう・・・・

心底望んでなど決してないけれど・・・・

そんな自分がいやしく思えて紅月はベッドの上でぎゅっと自身の両肩を掴んだ。





その彼とテーブルを挟んで向き合う食事のひととき・・・・

まともに瞳さえも合わせられずに、ともすれば紅潮した頬の熱を気付かれやしないかと

ハラハラとした感情までもが苦しく思えて。

そんな紅月に白夜の放った穏やかな、だが意外なひとことでふいと瞳を見開いた。

「紅月さま、そろそろ帰国されては如何でしょう?」

「え・・・・・・?」

「旦那さま(紅月の父親)もご心配なされていらっしゃるでしょうし、残してきた仕事のことも

気に掛かります。

もしもよろしければ明日か、明後日あたりの便を手配したいと思いますが。」

それは意外な言葉だった。

帰国−−−−

この数日、そんなことを考えるなど一度もなかったことに気が付いて、紅月は再び頬の

熱くなる思いがしていた。



日本に帰る−−−−

紫月のいる日本へ・・・・

愛してやまない、求めてやまない唯ひとりの人の待つ日本・・・・

だがそうなって今、紅月の胸にはその紫月の記憶が薄れつつあることに不思議な感覚を

覚えていた。



思い出せない・・・・・

僕は紫月を・・・・

どう思っていたのだろう・・・・・・・



あんなにも狂い求めた唯ひとつの存在が、その感覚を思い出そうとしても鮮明に浮かび上がって

くれない・・・・・?

何故・・・・・?

一体自分は紫月に対してどんな感情を抱いていたのであろうか?

そんな疑問までが脳裏を掠める感覚に、紅月は再び放心状態に陥ろうとしていた。

ほんの数日で変わってしまった自分が、今までの自分ではないようで。

今までの30年間が、その生きてきた年数でさえ不思議なものに他ならずに。

あまりにも激しすぎたこの一週間の出来事は、もともと傷付いていた紅月の神経を更に破壊して

しまったかのように、美しい褐色の瞳の先に映っているのは意思を持たない無感情な光景で

あるかのようだった。















そうして半ば放心状態のようなまま白夜に付き添われて帰国した紅月に、再び怒涛のときが

訪れるのはそんなに遠い未来のことではなかった。

久し振りで帰った我が家の、広大なその屋敷の・・・・

そこに広がった永年愛でてきた庭園を見た瞬間に失くしていた感情が瞬く間に蘇ってしまったのである。

それは無残な光景・・・・

自分の持てるすべてを費やして大切に育てあげてきた薔薇の咲き誇る美しい庭園の・・・・

紫の花壇が生気を失くし、枯れつくしている光景を瞳にしたときに、忘れかけていた残酷な熱情が

蘇ってしまったのだ。

狂気のような紅月の声が広い屋敷に響き渡り・・・・・



「若林っ・・・・・!

若林は居ないかっ・・・・・!?」

「はっ、、、、坊ちゃま!?何か御用で?」

「ああっ・・・・・若林っー・・・・・

どうしてっ!?僕の花壇がっ・・・・・・薔薇の花が皆んな枯れてるっ・・・・・・」

美しい色白の手を惜しげもなく棘の中へ放り込んで、紅月は気が違ったように叫んでみせた。

「ああ、、、これは致し方ありませんよ坊ちゃま。

坊ちゃまがいらっしゃらない間 私も毎日手を掛けて差し上げたのですが、、、、

もう時期も時期ですし。今年はお花も見収めの頃でございますよ。又来年の春にはきっと、、、」

「どっ・・・・どうしてっ・・・・・・

ちょっと居ない間にっ・・・・・・

そんな時期だっていうのかっ・・・・・?あんなに綺麗だったのにっ・・・・・

紫のっ・・・この薔薇は僕のすべてだったのにーっ・・・・・ああっ・・・・・!」

紅月は泣いて・・・・

枯れかかった一輪の花に手をやると縋るように毟り取り、それを大事に抱えて部屋へと

走って行った。風を切りながらその頬には涙が溢れて・・・・・





紫月っ・・・・

紫月・・・・・・・・・・・・!

僕の大切なもの・・・・・

この世でいちばん大事な僕の唯ひとりの人・・・・・・・っ

お前だけがすべてだったのにっ・・・・・・・・・・・・・・・

ああっ紫月ーっ・・・・・・・・





テーブルの上に置かれた枯れた一輪の紫の花びらが止め処なく涙を誘い、瞬時に蘇った

紫月への想いに心は締め付けられて再び全身を覆いつくした苦悩に翻弄されていた。

そんな紅月の様子が、、、、

それを瞳に入れた瞬間に煮え滾るような思いに駆られた白夜の感情に火を点けてしまったのは

言うまでもない悲惨な事実であった。

その全身を炎で覆いつくされんが勢いで紅月の部屋の扉が開かれて・・・・





「何てこと、、、、、っ、、、、

まだ、、、、忘れられないのかっ!?

あなたという人はっ、、、、、、」



あんなに乱れてあんなに俺の腕の中で狂って、、、、

もう追い出したと思っていたのにっ、、、、

紫の薔薇を見ただけで瞬時にそれらすべてが打ち消されてしまうなんて、、、っ、、、、

再び苦しむときがやって来るなんて、、、、

どうして忘れてくれない、、、!?

こんなにも持てるすべてをかけてあなたへの想いを伝えたはずなのに、、

あなたの中にまだ紫月は君臨しているというのか?

あなたにとってあのニューヨークでの日々など何のかけらにもなってはいないというのか、、、?

それ程までにあいつはあなたの心を奪い尽くしているというのかっ!?

こんなに想っているのに、、、っ、、、、、、

こんなに、、、

すべてをかけて愛しているのにーっ、、、、





嫉妬はときに人を狂わせてしまう魔物−−−−−

白夜と紅月の間でもそれは例外でなく。

気が付くとそこにはニューヨークでの出来事が再来されていて。

再び獣と化した白夜に組み敷かれて、その勢いに息も出来ずに紅月の美しい褐色の瞳は

苦渋の色でいっぱいに揺れていた。