CRIMSON Vol.31
手を伸ばしたその先に温かい存在があるようで。

それは穏やかな不思議な気持ち・・・・

永い間得られることの無かったような幸せな気持ち・・・・

絶対的安心感のようなものを感じてふと見開いた瞳の先に映し出された光景に、ぎょっとしたように

紅月は肩を竦めた。

逞しい肩先、程よく筋肉の盛り上がっている腕、広い背中・・・

急激に襲ってきた動悸のようなものを必死で抑えながら見上げた先には真っ黒な髪がさらさらと枕の上に

放り出されていて。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!





それらを目にしたとき瞬時に蘇った悪夢のような出来事が、紅月の全神経を硬直させた。

と同時に身体中に走った鈍い痛みが心までをも貫くようで、耐え切れないその記憶に

恐ろしさで全身を震わせた。



昨夜・・・・

僕は白夜に・・・・・



「・・っ・・・うっ・・・・」

がたがたと止まらない震えと搾り出すかのような呻き声に、僅かに瞳を見開いて逞しい肩先が

振り返った。



「、、、、ん、、、、、、、

紅月さま、、、、?」

「・・・・・・・・・・・・・・ひぃっ・・・・・」

「紅月さま?気が付かれたのですか?」

そう言ってふいと腕に触れた細く長い指先の感覚に思わず恐怖の声が漏れ出した。だが次の瞬間、

突然に湧き上がった思いもよらないような感覚に紅月は戸惑い、褐色の瞳を大きく見開くと、恐る恐る

その指先の触れられている方を振り返った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「紅月さま、、、、」

「ひぃっ・・あっ・・・・・・嫌っ・・・触るなっ・・・・・・・・!あっちへ行けよっーっ・・・・・」

大声で、無我夢中でそれだけ言うのがやっとだった。

すぐ側の存在から離れたいという必死の思いが伝わってきて。

だが次の瞬間、その逃れたい存在が瞳に入り切らない程近寄ったと同時に、気が付けば又しても

がっしりと両の手首を拘束されて紅月は蒼白となった。

「白・・・夜・・・っ・・・・・・・」

「何を、、、そんなに恐れてる?

そんな、、、まるで化け物でも見るような恐怖の瞳をして、、、、

俺が、、、恐いんですか?」

「や・・・・・お・・願い・・・・・放して・・・・・」

「どうして、、、、?」

「どうして・・・・・だって・・・・」

がくがくと震えは増すばかりで。

まるでスローモーションのように近付いて来る切れ長の瞳が僅かに顰められながら細まっている・・・・

首筋に温かい息使いを感じて全身が凍りつく思いに駆られた。





「昨夜、、、あんなに愛し合ったのに。もう、、、、忘れてしまったんですか?」

「あ・・・・・・」

「あんなに燃えて、、、、

俺の腕の中であんなに悶えてたのに、、、、」

「や・・めて・・・・・白夜・・・・・・・・っお願いっ・・・・・・・・・離れてっ」

「どうして、、、、?」

「僕はっ・・・・こんなことしたくなんかない・・・から・・・・っ・・・・・」

必死の訴えに、ふいと一瞬動きを止めて。

だがほんの僅かの後、再び握り締められた手首の痛みと同時に激しく首筋にくちづけを施されて

たまらずに叫び声が掠れた。

「やめてえーっ・・・・・・・白夜っ・・もう嫌だっ・・・・・本当にっ・・・・・お願いだからっ・・・・」

無意識に溢れ出した涙は、昨夜も散々に流して乾いた同じ痕を伝わって、ぼとりぼとりと枕に滲んでいった。





「嘘、、、本当はあなただって欲しいくせに、、、、

ほら、、、、その証拠にもうこんなになってる、、、、、」

生温かい吐息と共にそんな言葉が耳元で囁かれ・・・・

だが白夜の放ったその言葉通り、身体の奥底から湧き上がって来るぞわぞわとした感覚に

紅月の褐色の瞳は驚愕の色に揺れていった。

それは残酷な・・・・

手酷い感覚。

望まないのに湧き上がる、そして瞬く間に全身を覆いつくし支配する。

欲望という名の残酷な代物が全身を這いずりまわって・・・・・



「ん・・・・・ぁあぁっ・・・・・」



抑え切れずに漏れ出した嬌声は淫らな行為に更なる輪をかけてしまうようで。





あ・・・・嫌・・・・・・・

嫌なのに・・・どうして・・・・・

身体の深い部分から湧き上がる泉のように、掬われるような至福の感覚がとめられない・・っ・・・・

もっと乱れたいと願っているようで。

もっと溺れたいと望んでいるようで。

恐い・・・・・僕はいったいどうなってしまうのだろう・・・・・





「あ・・・っ・・白夜っ・・・・・・・やめ・・て・・・・・・

う・・・・っんん・・・・・嫌・・・・・・い・・やぁ・・・・・・・・・・」

漏れ出す吐息がとまらない。

荒くヒクついている呼吸が乱れを増して僅かに染まった頬は愛撫が深くなるごとに熟れを増す、

身体の中心からきゅんきゅんと掬われるように我慢出来ない感覚が引き摺り出される頃、

まるでそれを見抜いたかのように白夜から発せられた熱い吐息交じりの言葉が、紅月の欲望を

更に淫らに煽り立てた。



「好き、、、、好きだよ、、、、、、紅月、、、、

愛してるよ、、、、、、、、好きぃ、、、、、あなただけだよ、、、、

あなただけが、、、、、こんなに好きだよ、、、、、、」

囁くような掠れる声が、

縋るような熱い吐息が、

淫らな本能に火を点けて・・・・

逃れたいと思う気持ちと溺れたいと望む欲望が交叉した瞬間に、

耐え切れずに紅月は夢精してしまった。