CRIMSON Vol.27 |
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目の前が真っ白だった。
僅かの間に起こった信じられないような出来事が。
突然に豹変してしまった忠実な部下が。
そして・・・・
その豹変した獣のような男にすべてを奪いつくされてしまった事実が。
もとより愛する弟、紫月への叶わぬ想いに傷付いていた紅月にとってそのすべてが衝撃となって
全身を覆い尽くした。身体中に走る激痛が鈍い感覚に変わり、果ては何をも感じられなくなる程までに
犯され続けて、気が付けば乱れたベッドの上に一糸纏わぬ姿で放り出されていて。
力なく開いたままの口元からは銀色の蜜が流れ出し、蒼白を通り越して真っ白になった頬には
ぐっしょりと涙の痕が、空を漂う褐色の瞳は見開かれたまま瞬きさえも儘ならずに、既に痛みさえも
感じられなくなった秘境の繁みは閉じることも出来なくなった色白の脚共々その全貌が容易にさらされて、
その姿は羞恥の極地であるにも関わらず、だが紅月にはその格好を変えることも何かを羽織って
隠すことも出来なかったのである。
当然の如く頭は働くはずもなく、何をも考えることも出来ずに、只々重力に身を任せているしかなかった
のである。

「御気分は如何です?」
すぐ側で囁かれた声にも何一つ反応出来ずに。
そんな様子に開かれっぱなしの白い脚をぐいと掴み上げながら男は怪訝そうに瞳を細めた。
「ご満足頂けましたか?、、、、ここ、、、、
こんなに溢れて。
いったい何度到達されたか覚えていますか?まったく、、、、反応じやすい方だ。
いやらしくって淫らで、犯し甲斐がある、、、、
あなたが望んで下さったお陰で私も望みが叶いましたよ。もうずっと前からの、、、望み、、、、
一度あなたを抱いてみたかったから。こうしてめちゃめちゃにしてやりたかった、、、、
抱かれて、欲望に塗れて、逆らえなくって、、、、、
泣き叫ぶあなたを、、、、もっと酷い目に遭わせてみたかったから。
あなたを、、、、ずっと想ってきたから、、、、
私は、あなたを愛しているから、、、、紅月さま、、、」
べらべらとしゃべり続ける獣のような男の言葉は内容も信じ難いものに他ならず、だが紅月は
そうされて尚、身動きさえ出来ずに言葉さえも発せられず、その様は正に放心状態といったふうだった。
「ふふふ、、、あなたの瞳。視線が定まっていない、、、、
何も出来ずにこの上なく無防備だ、、、、そういうあなた好きですよ、、、、とても可愛い、、、、
ずっとこのままでいてくれたらいいのにな。そうすればあなたは永遠に私のものだ、、、、
私ひとりの、、、」
「う・・・・・・・・」
「苦しい?じゃあ今日はもう休んでください、、、、明日、、、、
明日、、、また、、、、抱いてあげるよ。今日よりもっとヨクしてあげるから。」
・・・・・・・・・・・・・・・・っ
「おやすみ、、、、紅月、、、」
満足げな笑みと共にそう言って部屋を出て行った男に忠実だった部下の面影はどこにも無かった。
やさしく生真面目で、逞しく兄のような存在。
紫月を想って苦しんでいた紅月にとってその大らかな温かさは無意識にほっと出来る唯一の場所だった。
白夜が見詰めるやさしい瞳が安堵心を与えてくれたこともあった。
辛いとき、苦しいとき、どんな我がままをもぶつけられる唯一の存在だったのに・・・・・!
紅月にはこの短時間に起こった出来事が信じられずにいた。
しばらくはそのまま何一つ出来ずに。

そのまま少し眠ってしまったのだろうか、気が付けば明け方近くになっていた。
窓の外は未だ蒼い闇が包んでいたが、時折聞える鉄板の上を走るような車の音が、真夜中の情景を
想像させるようで紅月はふと虚ろな瞳を開けてみた。
紫月・・・・・・・・・・
紫・・・・・月・・・・・・・・
ぼうっと考えることはそれだけで、追い求めるものはそれだけで。
だが不快な程の肌の冷たさにふと瞳をやった瞬間に蒼い闇に映し出された自身の姿、
一糸纏わぬ白い肌に痛恨の痕を見つけて瞬時に蘇った記憶に酷い悪寒を感じた。
「ひっ・・・・・あぁっ・・・・」
無残にも鮮明に描き出される先刻の出来事のひとつひとつ・・・・
「ああああっ・・・・・・いやっ・・・・・い・・やだぁっ・・・・・・」
突然に気が違ったようにベッドから這いずり落ちて・・・・
紅月は何かに縋るとでもいうようにきょろきょろと闇の中を這いずり回っていた。
「あっ・・・・・・ああっ・・・・・・・・」
そうして目的のものを見つけると無意識に再びベッドに飛び込んで手にしたそれをぎゅうっと握り締めた。
「紫・・・月・・・・・紫月・・・・来て・・・・・ここに来て・・・・・
ほら・・・こうすればお前は来てくれるよね・・・・僕のことだけ見てくれるよね・・・・・
紫月・・・っ・・・・早く来てっ・・・・・」
不自然に漏れ出した言葉はまるで人形のようで、繰り返し繰り返し同じ言葉が発せられ。
がたがたと震える声が涙にくぐもる頃、乱れたままのシーツの上にはぐっしょりと紅の痕が広がっていた。
その痕を愛しむように縋りつき、自身の身体中に絡めては又縋りついて。
無意識に手にした果物ナイフで白い肌を切り裂いて、
そうすることで愛する者に辿り着けるとでもいうように。
何度も何度も切りつけては紅の滴を増やしていく。
そうすれば紫月は来てくれる、きっと自分の側にいてくれる。
だって彼はこうすることが大好きだったから。
こうして肌を切り裂いて流れ出した鮮血に塗れると、彼はいつも辛いくらいに自分を求めてくれたから。
だからきっと・・・・こうして紅い痕をたくさん増やせば戻って来てくれる・・・・・
ねぇねぇ・・・・もうこんなにたくさん・・・・・滴が・・・・・溢れて・・・・
だ・・から・・・・
戻って来てよ・・・・
俺の元へ・・・・
紫・・・・・月っ・・・・・・・
それは哀れな。
只でさえ傷心だった紅月の神経は突如として豹変してしまった獣のような男に更なる拍車を与えられて、
正気を失ってしまったかのようだった。

どうして愛する気持ちは同じ重さじゃないのだろう
自らが想いを寄せた人、想像を絶する程の多数の人々の中で巡り逢えたたったひとりの人と
どうして同じように想い合えないのだろう
広大過ぎるこの世界の中で考えるならば、想い合えないことこそが
奇跡なのだと
私は思う
哀れなるものにせめてもの安らぎを与えてやりしものなれど
運命は許さずに
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