CRIMSON Vol.24 |
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・・・・・・・・・・・!??
縋るような感じで何かが囁かれ、ふと目をやれば紅月の表情は辛そうに歪んでいた。
手を伸ばし何かを求めるように、探るように、辺りに触れて・・・・・
「紫・・・月・・・・・・紫月ぃ・・・・・」
漏れ出した言葉をはっきりと確認したと同時に覗き込んだ紅月の頬は溢れ出した涙で
ぐっしょりと濡れていた。
「社長、、、、、」
白夜はふいと瞳を顰めると、やはりそうだったのかと深く溜息と共にベッド脇に腰を下ろした。
自分がこの紅月の秘書として側に仕えることになった3年前から、ずっと何かを待っているような
寂しげな瞳を持て余しているこの人を、初めは少々変わった性質の持ち主なのだろうと
思っていた。いいところのお坊ちゃんで大切に育てられたがゆえに形成された我がままで風変わりな
人だという印象が、だんだん一緒に過ごす時間が長くなる毎に何か微妙に違和感を感じさせて。
だが或る日それは衝撃的な、秘密を覗いてしまうといったような形でこの人の真の一面を
目撃してしまったのは、忘れもしない2月の寒い夜のことだった。
仕事を終えて自室に引き上げる途中に長い廊下の窓から垣間見た光景。
それは凍えるような月夜の晩だった、誰かが中庭に出てすすり泣く姿が瞳に飛び込んで来て
白夜はふと足を留めたのだった。
こんな夜中に一体誰が・・・・・
一之宮家に仕える者はこの広大な屋敷の中にそれぞれ住まいとして部屋を割り当てられていた
ものだから、当然使用人の数も少なくはなかったわけで、だから殆んど会話を交わしたことのない
人物などもいたわけだった。
誰だろう・・・使用人同士で苛めでもあるのかな?
そんな思いで少々怪訝そうに中庭を覗き込んだ白夜の瞳に飛び込んで来たもの。
それを見た瞬間に酷く驚き、と同時に戸惑ったのを思い出していた。
それは闇に向かって縋るように両腕を広げた自身の主人、少々風変わりな我がままな人だと
思っていた一之宮財閥の新しい取締役の紅月であった。
凍えるような寒い夜に独り中庭に佇んで、縋るように、求めるように差し出された腕を受け止める者など
見当たらずに。
紅月はまるで見えない誰かと抱き合っているかのような格好をしながら涙にくれていたのだった。
誰を・・・・誰か片想いの人でもいるんだろうか・・・・?
とっさにそんなことが思い浮かんだのを覚えている。
闇に浮かび上がった紅月の姿は儚げで酷く辛い悲恋に耐えているかのような印象を受けたから。
以来、白夜の紅月に対する印象は初めて会ったときとは少々違ったものになり、我がままなところの
あるこの人がいつの間にか親しく思えたりしていたのだった。
そしてもうひとつ、白夜には心に引っ掛かっていることがあった。
それは紅月の右腕にはめられた腕輪のことだった。出会った日以来、片時も放さずに
何時如何なるときも大事そうに身につけている、といった様子で、白夜にはそれが酷く不思議なものに
思えてならなかったのである。
その腕輪がちゃんとはまっていることを確かめるとでもいうように、日に何度もスーツの袖から
中を確認してはほっとしたように微笑みを見せる、だがその表情は切なそうで、ときには辛そうにも
見えて、だから白夜にはあの腕輪には余程の思い入れか、何か特別な思い出があるのだろうなどと
思っていたのであった。
だが今、酔いつぶれてしまった紅月の口から発せられたひと言で、すべてが鮮明になった気がしていた。
出会った日からいつも憂いを抱えて儚い印象のこの人が、このところ人が変わったかのように
明るくなったこの人が、そしてつい一日前に弾んで弟を訪ねて行ったこの人が、その弟を目にした
瞬間に衝撃に耐え切れないといったふうに逃げ出して、こんなところにまで飛んで来て。
−−−−紫月−−−−
辛そうに、求めるようにそう言ったこの人の言葉が、何も聞かなくてもすべてを語っているようで
白夜はふいと瞳を顰めると真っ赤な頬に伝わる涙をくいと指で拭った。
そして求めるように伸ばされた色白の腕に目をやれば初めて会ったその日のままに大切そうに
腕輪がはめられていて・・・・・
それは紫の、腕輪。
大事そうに育てている薔薇の花も、、、、紫の。
そして恐らくは彼の求めるもの、縋るように伸ばされた手の先にあるのはきっと唯ひとり・・・・
紫・・・・という名のたったひとりの人なのであろう。

まさか兄弟をなんて、、、、
兄弟を愛しているというのか、、、、この人は、、、、、、、
白夜にとってそれは酷く衝撃的なことであったが、だが何となく見えないところでそんな予感が
していたのも確かであった。
もしかしたら自身の主人は弟の紫月を愛しているのだという現実に気が付きながらも
それから目を逸らして来たのは、或いはそこにある自身の気持ちと向き合うのが怖かっただけ
なのだろうという自覚があった。
そこにある自身の気持ちとは一体何なのか・・・・
「愛して、、、いるのですね、、、、、あなたは彼(紫月)を、、、、そして、、、、
わたしは、、、」
私は、、、、きっと、、、、、

「紫・・・月ぃ・・・・・・紫っ・・・・」
ぱたりと太股の辺りに伸ばされた手が触れた感覚に白夜は はっと我に返った。
「社、、社長、、、っ、、、大丈夫ですか、、、、」
そう聞いた瞬間にぎゅっと腰元にしがみ付かれて慌てたように一瞬ベッドを離れようとして・・・
「白・・・・夜・・・・・?」
「社長、気が付かれたのですか!?」
「お・・まえが運んでくれたの・・・・?」
「え、、?ああ、はいそうです。あの、、具合は如何ですか?どこかご気分が悪いとかありませんか?」
「ん・・・・平気・・・・・・」
「あの、、っ、、では今何か飲み物を取って参ります」
そう言いながら少々慌てて立ち上がろうとした白夜の腕が掴まれて・・・・
「行かないで・・・・置いて行かないで・・・・・・」
「あ、、あの、、、、社長、、、、」
「ここにいてっ・・・・・・・・・・お願い、白夜・・・・・・」
「社長、、、、、、?」
「お前は僕が嫌い?」
「え、、、、、?」
「聞いてるんだ!お前は僕が嫌いなの・・・・?」
「、、、、、、、いえ、、、めっそうもない、、、、、」
「だったらっ・・・・・ここにいてっ今だけでいいから・・・ここに・・・・いて・・・・・・」
「社長、、、、、」
白夜は戸惑っていた掌をそっと伸ばすと僅かに震える手で紅月の肩を包み込んだ。
その瞬間、まるで意思が通じたとでもいうように紅月は白夜の腰元に縋り付き・・・
「辛いんだ白夜・・・助けてよ・・助けて・・・・・・・・
どうして・・・僕では駄目なんだろう・・・・・・っ・・
どうしてっ・・・・・わかってくれないんだ・・っ・・・・・・
どうして・・っ・・・・・届かないんだよぉ・・・っ・・・・・
あ・・あ・・・・・・紫月っ・・・・・・・!」
ぼろぼろと溢れる涙は止め処なく、紅月は白夜に縋り付きながら、耐え切れないその思いを吐き出した。
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