CRIMSON Vol.23 |
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頬を掠める風が冷たさを通り越して痛みを伴う頃、枯葉色に染まった大都会の街並みを見下ろしながら
彼の人はぼうっと窓に寄り掛かりながら立ち竦んでいた。
陽に透けた美しい褐色の瞳は濃く憂いを映し出し、何処を見詰めるともなく只 窓の外に目をやっているだけ。
そんな様はまるで魂の無い綺麗なだけの観賞人形のようだった。
「社長、、、、」
何処からか自身を呼ぶ声が聞えて紅月はふいとその声のする方を振り返った。
「あの、、大丈夫ですか?何処か具合でもお悪いのでしたら、、、」
心配そうにそう言う声がすぐ近くにあって、自身の顔を覗き込んだのを確認して紅月はふいと
瞳を緩めた。
「ああ・・・白夜か・・・・・
ごめんね、急にここ(ニューヨーク)来たいなんて言ってさ・・・・・
お前まで引っ張りまわしてしまった・・・」
「いいえっ、、、私は平気です。こうして社長のお側に居ることが私の使命ですので。
そんなことよりお疲れなのでは、、、?飛行機の中でもろくに召し上がらずに、、、
あの、夕食の買出しにでも行って参りましょうか?」
「うん・・・・ありがと・・・・・・
でも・・いいよ。別に腹は減ってないんだ。あ・・・・
でもお前の食事をしなきゃいけないな?じゃあ・・・やっぱり何か取ろうか?」
「いいえ、私のことでしたらお気使いなさらないで下さい。ですが、、、、やはり心配でして。
社長が、、、、どこか御具合でも悪いのではないかと、、、」
真剣な表情でそんなことを聞いてくる忠実な部下に対して、紅月は少々気持ちが温かく
感じられたのか、ふいと微笑むと
「じゃあ、やっぱり何か取ろう。ホントはさ、どっか食事に出掛けてもいいんだけど・・・・
今日はちょっと疲れたから・・・・ここ(部屋)でゆっくりしようよ。
お前と2人でゆっくり飲みたいよ・・・・」
僅かに微笑みながら、だが力無さげにそう言った紅月に白夜は丁寧に礼をした。
「ではルームサービスを頼んでおきます。後程お伺い致しますので、、、、
何かございましたら何なりとお申し付け下さい。」
深々と礼をして一旦紅月の部屋を出ると隣りの自室のキーを取り出しながら、白夜は
昨日からのことを思い返していた。
昨日、、、
弟さんのプロダクションへ行ってから急におかしくなったんだ、、、
それまでは珍しい程、明るくて上機嫌だったのに。
一体あそこ(プロダクション)で何があったというんだ?
大体、何があったも無いも社長は弟さんに会いもしなかったじゃないか、、、、?
あのウィンドー越しに弟さんを見つけてから急に顔色が悪くなって、震えて怯えたような表情になって。
何があったっていうんだ、、、、
あのとき弟の紫月さんと誰かが話をしていて、、、、?
確かあの人はあそこのプロダクションの社長だとかいう、、、粟津氏だったと思うが、、、、
他に何か社長の都合の悪いことでもあったんだろうか?急にニューヨークへ来たいだなんて
言い出して、、、、
まあ、だが紅月の突飛な行動と我がままは何も今に始まったことではないゆえに
特に気に掛けるようなものでもなかったが、そんなことよりも白夜にはこの数日間の
紅月の様子が妙に明るくなったことの方が違和感に感じられてならなかった。
今まではどちからといえば憂いのある、とでもいおうか?
仕事だけは生真面目にこなすが、ひとたびオフに戻ったならばいつでも空を漂うような瞳を
持て余す、といったように取っ付き難い、変わった性質の人なのだという認識の方が強かったのは
確かだった。
何時でも何かを待っているような儚い瞳を漂わせ、話し掛けてもうわの空といったふうなのは
この主人の性格的なものなのだと理解しつつあった時分であったので、だから白夜にとっては
ここ数日の紅月の明るく幸せそうな様子の方にこそ違和感を感じてならなかったのである。

「社長、お食事をお持ち致しました。」
そう言って紅月の部屋のドアを開けた瞬間に瞳に飛び込んで来たのは独りぽつんと椅子に
腰掛けている寂しそうな姿だった。
テーブルの上には空に近くなった赤ワインの瓶と飲みかけのグラスが無造作に放り出されていて。
ソファーに背を預けながら窓の外にぼうっと目をやっているそんな姿が一瞬ぞっとする程寂しげに映って、
白夜は はっと瞳を見開いた。
「社長、、、?」
すぐ側で再び自身を呼ぶ心配そうな声色に紅月は酔いの回った瞳をぼうっとそちらに向けた。
「ああ・・・白夜・・食事?・・・・・来たの・・・・?」
「ええ、お持ちしました。ですが、、、大丈夫ですか?そんなに飲まれて、、、、
殆んど何も召し上がっていないというのに、、、、身体に障ります、、、!」
「ふふ・・・・へいき・・・そんなことより早くご飯・・・お腹空いちゃったよ・・・・・・メニューなに?」
僅かに笑みと共にそう言ったものの、実際は瞳を開けているのもやっと、といった様子で
深くソファーに持たれ掛け・・・・
だが次の瞬間にずるりとソファーに横たわってしまった。
「社長っ、、、!大丈夫ですかっ、、、、」
慌てて側へ駆け寄って、抱えあげたその身体は酷く熱く、まるで熱を持っているかのようだった。
無防備に肌蹴た胸元はしっとりと汗ばんで真っ赤な頬は熟れた果実の如く、触れれば崩れそうな程で・・・
「ベッドにお連れしますから。少々我慢して下さいね。」
白夜はくいと紅月の身体を抱き上げるとそのままベッドへと運んだ。
初めてこんな近くで見る主人の様子はまるで人形のように美しく、閉じられた瞳から長い睫毛が
惜しげもなく伸びていて真っ赤に染まった頬とリンクするような紅の唇も、ほんのりと真珠のような
艶のある肌も、緩やかに巻き毛ふうの黒髪も、すべてが生きている人間のものとは思えない程に
艶やかだった。
ゆっくりと丁寧に抱えていた身体をベッドに下ろしシーツを掛けると白夜はほうっと溜息をついた。
こんなに飲んで・・・・
一体どうしたっていうんだ、何か悩みでもあるのだろうか・・・・
そんなことを思いながら熟れたような頬を冷やしてやろうとタオルを濡らしにバスルームへ
向かおうとしたとき。
「紫・・月・・・・・」
ごろんと寝返りを打ちながら縋るように漏れ出したそのひと言に白夜は はっと主人の方を振り返った。
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