CRIMSON Vol.22
「ではどちらへ車を回しましょうか?」

そう言った白夜の耳に想像通りの言葉が飛び込んで来た。

屋敷のエントランスへ向かう階段を降りて来る自分の主人の姿を見た瞬間にとっさに脳裏をよぎった行き先。

白夜はバックミラー越しに紅月の様子をちらりと確認しながら車を発車させた。





やはり、、、、

あの紫の薔薇を見た瞬間に頭をよぎった焦燥感は現実であったのだ、と

氷川白夜は過ぎ行く街の雑踏を映しながらくいと瞳を顰めた。





にっこりと幸せそうに微笑む瞳がガラス窓に反射して褐色に透き通る、屋敷を出るときから

片時も放さずに大事そうに、腕の中には むせるような紫色の薔薇が抱えられていて・・・・

ふいと花びらに頬を寄せ、まるで愛しむように香りを楽しみながらキスをする、その表情は至福と

いったように輝いていた。





「社長、、、、着きました、、、、、」

少々重苦しい声がそう言ったのを合図のように紅月はまるで華が咲いたかのように ぱあーっと微笑むと

とびきりの笑みと共に弾むように礼の言葉を口にした。



「ありがと白夜!助かったよ。やっぱりお前の運転が一番だな。」

そう言ってがちゃりとドアを開けると一旦外へ出たものの、くるりと車内を覗き込むと又もうれしそうに

話し掛けた。



「白夜、あのね・・・本当に時間掛かっちゃうかも知れないんだ。だからもしあれだったら先に

帰っててもいいよ?」

ここでの用事は時間が掛かるから、ということをまるでうれしそうに言った紅月に白夜はくいと瞳を

顰めると未だ重苦しいような表情でバックミラーを見詰めた。





「いいえ、、、待っておりますから。私のことならお気になさらずにどうぞ、、、

どうぞごゆっくりと、、、、なさって来て下さい。」

少々翳りのある声色でそう答えた白夜の、そんな様子にもちっとも気付かないといった感じで

紅月は弾むように微笑んで見せた。

「そう?悪いね、じゃあ・・・・」

そう言い掛けて・・・・・






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!















、、、、、、、、、、、、、?






「社長?、、、、どう致しました社長、、、?」

開かれたドアもそのままにずっとその場に立ち尽くしている主人の様子がおかしいことに気付き、

白夜はバックミラー越しに彼の姿を覗き込んだ。

「社長?」

だが返事は無く、まるで動かない様子の紅月のコートの裾だけが瞳に入って来るだけの状況に

白夜はぐいと車を降りると後部座席から出たところで立ち尽くしている主人の元へと歩み寄った。



「社長、、、、?どうかなされたのですか、、、、、?」

少々怪訝そうに声を掛けながら、だがしかし微動だにせずに立ち尽くしている紅月の視線の先に

目をやって白夜は はっと瞳を見開いた。





、、、、、、、、、、、、、、、、、、!?





そこには髪の色こそ違えども主人と同じ見目形の、陽に透ける褐色の瞳が美しい青年が誰かと

話しながら立派なビルのウィンドー越しに幸せそうに微笑んでいた。





「あ、、あの、、、社長、、、、、、」



振り返った隣りの紅月の瞳が先程までと反転して苦渋に歪んでいる様子が窺える。

腕に抱えた紫色の薔薇の花束が僅かに震えを伴っているように感じたのは彼の肩が震えているから・・・?

白夜はそんな紅月の視線の先をもう一度確かめるかのように道路の向かいにあるウィンドーの方に

目をやった。



にっこりと微笑みと共に先程の主人にそっくりの青年が、側にいる男と楽しげに話をしている、といった

光景が映し出される他は、特にこれといって変わった様子は確認出来なかった。

一体主人は何にそんなに衝撃的な表情をしているのかが解りかねて白夜は不思議そうに首を傾げた。





「あの、、、社長。あの方、弟さんですよね?確か紫月さん、、、でしたっけ?

あの、もしよろしければ呼んで参りましょうか?」

ふいに耳に入って来た たったひとつの言葉にびくりと反応するように紅月の歪んだ瞳が白夜を捉えて・・・・

「弟さんに用事があってこちらにいらしたのですよね?でしたら私がお声を掛けて参りましょうか?」

そんな問い掛けにも歪んだ瞳は益々辛そうに震えを増す、といった様子に白夜は戸惑い

その場に立ち尽くしてしまった。





「・・・・・・・・・っ・・・・!」

だがしばらくの後、紅月は突然にくるりと振り返ると、急ぎ車に乗り込んでしまった。

何が何だか訳が解らずにぼうっと通り越しのウィンドーの紫月の様子を眺めていた自身の耳に

大きな叫び声が飛び込んで来て、白夜は はっと我に返った。





「出してっ・・・!早くっ・・・・・・・!!」

「は、はいっ、、、只今っ、、」





言われるままに慌てて車を発進させたが、だが次の瞬間 白夜は一瞬耳を疑った。



「ニューヨークへ行く・・・っ」



「え、、、、、?」



あまりに驚いて少々ポカンとしたような返事を返した白夜はその次に発せられた紅月の言葉から

それは現実なのだということを自覚して、我を取り戻すと、ふいと瞳を顰めた。



これからすぐにニューヨークへ行くからお前も一緒に付いて来い、



そう言った紅月の言葉が僅かに震えを伴って、バックミラー越しに見た姿は辛そうに自身の両肩を

抱き締めていて、遠くなる先程のウィンドーの中には主人と瓜二つの紫月の姿が、

そして手前の道路には主人の腕から零れ落ちたであろう紫色の薔薇の花が散乱していた。