CRIMSON Vol.20
「変わりませんよ・・・・」






都会の街を燦々と照らし出していた日差しがふいと雲間に遮られた瞬間に、ぽつりとそう呟いた。

「え、、、、?」

ふっと、顔をあげた紫月の瞳に暗褐色の大きな瞳が映り込んで・・・・

ふと力無く微笑みながら帝斗も又紫月を振り返った。

「変わらないって言ったんです。僕は・・・・

たとえ何があってもあなたが大切だ。何があっても・・・・それが想像を絶するくらい酷なことでも・・・

僕は変わらない。あなたを想う気持ちは・・・変えられないよ・・・・

それが変わってしまう時があるとしたなら・・・・・」



あるとしたなら、、、、



「それは僕が僕でなくなるときだよ。」

「、、、、、、、、、、、?」

「ふふ・・・何て言うのかな・・・・そんなことがあるとしたら・・・きっと・・・」



きっと、、、、?



「この世の果てだな・・・・」





、、、、、、、、、、、、、、、、、、





「わからない?僕はあなたを嫌うことなんて出来ないんだよ。どんなことがあっても、たとえそれが

僕にとってどんなにショックなことでもさ?あなたを嫌いになって、あなたと離れてしまうくらいなら・・・・

もう僕が僕でいる意味がないんだよ。」



だからね・・・・



「紅月さんの気持ちも分かりますよ。」

「え、、、、?」

「彼はあなたが好きで好きでしょうがないんだ。どうしようもなく愛してる・・・・

だからあんなことをしてしまったんだろう・・・

それ程にあなたが好きで、愛してて・・・・

僕はね紫月・・紅月さんの苦しい気持ちも分かるんだ・・・・それは・・・・

僕も同じくらいあなたが好きだから。あなたを愛しているから。」



だから・・・・



「だからあなたを嫌いになるなんて出来っこないよ。」

「帝斗、、、、、」

「たとえ・・・

たとえそれがどんなに酷なことでもね・・・・僕は乗り越えて行きたいと思うんだ。時間が掛かるなら・・・・

待つよ。いくらでも・・・・待つ・・・

だから・・・・

そんなに自分を責めないで。

ひとりで抱え込まないで。苦しいなら・・・っ・・・・

寄り掛かってよ、僕に・・・・思いっきり寄り掛かって、頼ってくれたらいい・・・・そしたら・・・

僕はそれだけでうれしいんだから・・・・

資格が無いなんて言わないで・・・・離れるなんて・・・・

言わないで・・・・」

帝斗はそっと紫月の側へ戻ってふいと手を伸ばすとさらさらのヘーゼル色の髪をやさしく撫でるように

ぽん、と軽く指を置いた。

「紫月、ずっと一緒にいて欲しいよ・・・・どんなことがあっても、僕は変わらない。

あなたが側にいなくなることこそが僕にとっての地獄だよ・・・・それ以上辛いことなんて僕には

ないんだから・・・・・」

そう言われて見上げた瞳が穏やかに微笑んでいた。

ゆるりと向けられた視線が、酷くやさしくて、酷く温かくて、紫月は何も言葉にならずに

只ただ涙が零れるだけだった。

こみ上げる感情とか、安堵感とか、愛しいと思う気持ちであったり、すべてのことが思い浮かばないままに

只ただ涙だけがぼろぼろと零れて頬を流れていった。



「ご、、、、、めん、、、、帝斗、、、、ごめん、、、、」

やっと口に出来た言葉は「ごめん」とだけ。

搾り出すように、感情を殺すように、密やかに泣き崩れている紫月の肩をそっと包むと帝斗はそのままで

再び輝き出した街並みに瞳をやった。

触れ合っているのは肩に回された腕だけ。

それ以上何をも望まずに。

そっと自分の気持ちを汲み取ってくれた帝斗に紫月の涙はしばらくとまることはなかった。





何も言わなくても解り合える。

今、自分は帝斗を愛しいと思ってもそのすべてを受け止めることが出来ないこと、本当はすぐにでも

ひとつになってしまいたい衝動にどうしても身体が反応出来ないこと、そしてその原因が深い罪の

意識からきていることなど、無言ではあったがすべてを包み込んでいる心の内が手に取るように

伝わってきて紫月はぎゅっと唇を噛み締めると声をあげて泣き出してしまった。

そんな様子にも只ただ肩を抱いたまま、それ以上は何も望まない帝斗の大いなる愛情を感じて

紫月は不思議と穏やかな気持ちに包まれていくのを感じていた。





穏やかな・・・・

只 激情に身を任せるのではなく、たとえ身体が結ばれていなくとも心はしっかりと結び合えて

いるようで、それらはまるで魂の触れ合いとでもいうような・・・・穏やかな気持ち・・・・

幸せということばがあるのなら、それはこういうことをいうのだろう。

紫月は次第に落ち着いていく自らの心を確かめるかのようにゆっくりと帝斗の腕に頬を寄り添わせた。





同じ頃・・・・・





広大な自宅の庭園で咲き誇る薔薇の花を摘みながら同じように幸せに浸る紅月の姿があった。

穏やかに微笑まれた彼の腕には珍しい色の、紫の薔薇の花束が抱えられていて・・・・

「白夜(びゃくや)、、、おい、白夜!何処?」

「はい社長。ここに居ります。」

はっきりとした返事を返した端整な見目形の持ち主、白夜と呼ばれた男は身を屈めながら見入っていた

花園から立ち上がると紅月の前でくいと頭を下げて礼をした。

紅月と紫月の父親で実質上の一之宮財閥のトップだったその座を紅月が受け継いだ3年前から

直属の秘書として側で働いてきた、彼は名を氷川白夜といった。長身の腰を屈めて白夜は紅月に

歩み寄ると丁寧に礼をしたのだった。



「お呼びですか?社長」

「うん・・・ほら、これ見てごらん。」

幸せそうに瞳を細めながらそう言って差し出された花束に氷川白夜はくりくりと切れ長の瞳を見開いた。

「紫の、、、、薔薇ですか、、、?」

不思議そうに首を傾げた彼を横目にくすくすと微笑い声を漏らしながら紅月は又も幸せそうに言った。

「そう、綺麗だろ?ここまで育てるのに苦労したんだ。だけどその甲斐あって今年は見事な花を

つけてくれたよ!

ほらぁー・・・素敵だろ?」

そう言って踊るように微笑んで見せた。

「そうですか?私はこっちの紅い薔薇の方が好みですね。」

白夜は隣りの花壇に咲いている紅い薔薇をふいと掌に乗せながら瞳を細めた。

「ふふふ・・・お前は何も分かってないね?この世にこんなに綺麗な色が他にあるかい?」

「え、、、、?」

「僕はね、この色が好き。」

「紫、、、ですか?そういえば社長はいつも紫のブレスレットをなさっていますよね?」

「うふふ・・・そう・・・・大好きな色なんだ、紫。この世でこんな高貴な色は無いよ。」

ふふふふ、、、、、

そう言って又幸せそうに瞳を閉じながら紅月は庭園内の小道を舞うように歩き出した。

手には抱え切れない程の紫色の薔薇の花束が大事そうに抱えられて。

幸せそうに歩くその後ろ姿を見送りながら白夜はふいと瞳を細めた。















紫月・・・ああ紫月・・・・・っ・・・

やっと僕の元へ帰って来た。

お前はやっと僕を求めてくれたね・・・・

永かったよ・・・この日をどれだけ夢見て来たことか・・・・!

お前はもう僕を忘れられない。永い時間が掛かったけどやっと思い出してくれたんだものね。

あの頃の幸せな日々を・・・・

僕たちは取り戻せたんだものね・・・

うれしいよ紫月っ・・・・

ああっ、早くお前に会いたいっ・・・

今度会うときはこの花束を持って行くよ。

お前に一番似合う色、紫の薔薇の花束を持ってね・・・・・















幸せに漂う紅月の姿が庭園から消える頃、穏やかさを取り戻した紫月は帝斗の腕に寄り添って夕暮れに

輝き出した街並みを見詰めていた。