CRIMSON Vol.19 |
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次の日、無事に帝斗が退院しビルに連れられてプロダクションへ帰って来たが紫月はどうしても迎えに
出ることが出来なかった。
倫周らバンドのメンバーや他の者たちはこの社長の帰りを心待ちにして揃って玄関口で
出迎えたのであったが。
最上階の専務室の大きなパノラマの窓辺に立ち、ビルの車が玄関口に着くのを確認出来た、だが紫月は
どうしても自室から出ることが出来ずにその心は厚い雲で覆われたように苦しくあった。
帝斗が紅月に傷付けられて入院していたこの3日の間に自分が犯してしまったすべてのことが
罪に感じられてどうしていいか解らなくなっていた紫月はいずれ訪れる対面の瞬間に
足元が竦む思いで胸が痛んでいたのだった。
紅月のところへ抗議に行ったつもりが逆に囚われてしまい、あろうことか身体だけでなく心までもが昔に
引き戻されるようで、抗えない自分の本能を呪ってみても結局はこの3日間のすべてのことは
紛れも無く自分の意思だったのだと思い知らされるようで、湧き上がる欲望はそのまま罪の意識となって
自身を襲っていた。
帝斗に会って何て言えばいいのだろう・・・
自分はすべてを話せるのだろうか。
不本意とはいえ紅月と寝てしまったことも、又その紅月のもたらす愛欲を自ら求めてしまったことも、
そして昨夜は紅月との逢瀬を思い浮かべて自分自身を解放するような行為を行ってしまったことなど、
考えれば考える程それらは罪深い以外の何ものでも無かったのである。
がくがくと震える全身も、ときを追うごとに激しさを増してくる。
紫月は玄関口をくぐった帝斗の足音がすぐそこまで近付いてくるのを感じてどうしようもない思いに
駆られていた。
コンコン、、、、
重い扉の叩かれる音と共に帝斗の気配を感じて紫月はびくりと肩を竦めた。
ぎい、っと扉の開かれる音が全神経を尖らせる。
大きな机に手をついたまま、その場を動くことさえ儘ならなかった。
「紫月さん・・・・?」
聞きなれたはずのその声がまるで現実のものではないような錯覚に駆られ・・・・
紫月は大きな瞳が瞬きも出来ない程に張り詰めた表情で恐る恐る声のする方を振り返った。
「ああ、紫月さん。只今帰りました。」
にっこりと笑みと共に穏やかな声がそう言った。
「あ、、、ああ、、お帰り、、、、」
やっとのことで返した言葉も凍りつき・・・・
「すみません、ご心配をお掛けしました。」
うれしそうに そう言いながら紫月の方へ近寄ったが、どうも様子のおかしいことをくみ取った帝斗は
不思議そうに首を傾げた。
「紫月さん?」
「ああ、、、ご、ごめん、、、あの、、、、大丈夫だったか、、、、?」
それだけ言うのが精一杯だった。紫月にはまともに帝斗の顔を見ることさえ出来ずに・・・・
そんな様子にさすがに違和感を感じたのか帝斗は何かあったのかと心配そうな表情をした。
「どうかしたのですか?何か・・・紫月さん?」
くいと肩に手を掛けてそんなふうに訊いた瞬間、びくりと歪んだ大きな瞳はまるで驚愕とでもいうように
微かに震えを伴っていた。
「どうしたの・・・紫月・・・・何があった・・・?」
帝斗はゆるりと紫月の頬に手をやると少々瞳を顰めながらそう言った。
だが紫月は何ひとつも言葉を返せないままびくびくと俯いてしまい・・・・

「紅月さんに会われたんですね?」
「、、、、、、、!」
びくりと自分を見上げた褐色の瞳が何も訊かなくてもすべてを語っているようで、
帝斗はふいと瞳を翳らせた。
「どうして・・・・?」
「え、、、?」
「どうして紫月・・・僕に黙ってもう何処へも行かないでって言ったのに・・・・
又あなたは独りで行ってしまったんだね?」
穏やかな声は少しくぐもっているようで、暗褐色の大きな瞳は寂しそうにパノラマの窓の下の
街の景色を見下ろした。
「帝斗、、、、俺は、、、」
そう言い掛けて。
「いいんだ、もう何も言わないで・・・・っ・・僕は・・・・何があっても気持ちは変わらない。
あなたがきっと僕を思ってしてくれたことなんだって解るからっ・・・・だから・・・・」
これからはもう独りで何処へも行かないで。ずっと側にいて。
そう言おうと思った、そしていつものように思いを重ね合って、身体を重ね合って、
すべてを繋ぎ合うつもりでそっと手を伸ばし触れた紫月の肩先が、その瞬間にびくりと竦んで・・・・
それはまるで跳ね上がるかのように衝撃的に動かされた肩先の、そしてその表情は驚愕に歪んでいた。
「帝斗っ、、、、ごめ、、ん、、、俺はもうっ、、、、」
「紫月さん・・・・?」
「俺はもうお前に触れる資格なんて無いんだっ、、、、」
ぎゅっと瞳を閉じて、振り絞るようにそう言った。それだけ言うのがやっとだった。
何故に資格が無いのかを、どうして愛しているはずの帝斗を抱き止められないのかを、言える勇気も
ないままに。
俺にはもう資格が無い、とそう伝えるだけで精一杯であった。
それ以上どうにもならずに紫月はただ震えて俯くしか出来なかった。
終わりだ・・・・すべて・・・
お前とのたのしかった日々も、溢れ出る想いを重ね合った幸せな日々も、何もかもっ・・・・
失くしちまった・・・・
俺の、意思で失くしたんだから・・・・っ・・
「ごめん、、帝斗、、、、俺にはもうお前を抱き締める資格が無いんだよ、、、、
俺は、、、俺は、、、、、」
そう言ってがっくりと机に両手を付いて俯いてしまった紫月に帝斗はふいと瞳を翳らせるとゆっくりと
窓の方へ歩いて行った。
パノラマの窓に佇む後ろ姿が差し込む昼間の明かりにのみ込まれてセピア色に染まる。
しばらく無言のまま動くこともなく流れるときだけが2人を重たく押し包んだ。
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