CRIMSON Vol.15
ふと感じた眩しい感覚にゆるりと開かれた瞳の先に自分を見下ろす褐色の瞳がぼうっと映り込む。

まほろばのような光景にしばらくは曖昧だった意識が戻って来たとき、紫月はカッと大きな瞳を見開いた。



・・・・・・・・・・・・!



「紅っ・・・・」

そこには自分と同じ褐色の瞳がゆらゆらと揺らめいていて・・・・

次の瞬間、自由にならない身体の感覚に紫月は驚きと共に蒼白となった。

「紅っ・・・何だよこれ・・・・っ・・!?」

「何って、、、?」

慌てる紫月の顔色が益々色を失くしていく様子にうれしそうな瓜二つの瞳が細められて、と同時に

冷たい掌が頬に触れた。

「ごめんね紫月。だってこうでもしないとお前は言うことを聞いてくれないもの、仕方なかったんだよ。」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「俺だってこんなことしたくないよ、、、だけどこうしとかないとお前は帰ってしまうもの。」

細められた瞳をそのままに冷たい掌で頬を撫でながら紅月は同じような言葉を繰り返した。

「こんなことして・・・誰かに見つかったらどうすんだよ!?今日は親父だっているんだろ?

メイドだって入って来ないって確証はねえよ・・・・おい、紅月っ・・・ふざけてねえで早く外せよっ・・・

誰かにっ・・見つかっちまう前にっ・・・・」

わざと冷静そうにそう叱咤した紫月の言葉の裏側に懸命に焦りを沈めようとしている心中が見え隠れして

そんな様子に紅月は益々瞳を細めると未だ頬を撫でながら軽く微笑んだ。





「大丈夫だよ。此処はね、鏡面世界なんだ。」

「・・・・・・・・・?」

「ふふ、、、知らない?鏡面世界ってさ、、、、文字通り”鏡”の中の世界のことさ。現実じゃない世界。

だからね、此処は俺の部屋であって俺の部屋じゃない、、、誰にも見つかることなんてないんだよ。」

「何言って・・・・」

紫月は確かに見慣れたはずの紅月の部屋をきょろきょろと見回しながらも言われていることが理解出来ずに

きゅっと繭を顰めた。

大きなベッドに仰向けに寝かせられて両腕は斜め上方向に伸ばさせられたまま、手首にはぐるぐると

ガムテープが巻き付けられて自由を奪われていた。

そのベッドの脇に腰掛けて満足そうに自分を見下ろす紅月の放った言葉、鏡面世界とは一体何なのか

益々不安に駆られる気持ちを何とか冷静に保とうと紫月は必死になっていたとき。

「お前の為に作ったんだよ、この部屋、、、、」

「え・・・?」

「俺はね、此処でずっと、、、、お前が帰って来てくれる日を夢見ていたんだ。ひとりでずっと、、、

此処を作ってもうどのくらいになるかな?お前があんまり遅いから解らなくなっちゃったよ、、、、」

ふいとひとつのドアを見詰めながらブラブラと脚を振っている、次の瞬間タンっと立ち上がると

見詰めていたドアに向かって紅月は歩き出した。



「ここ、、、このドアね。このドアの向こうが本当の俺の部屋なんだ。此処は誰も知らないよ、、、、

作ってくれたヒトは大金握らせて海外に飛ばしてやった。だから、、、知ってるのは俺ひとりさ、、、、

秘密の、、、部屋、、、、」

「何で・・・何でそんなことしたんだ・・・・部屋なら他にいくらだってっ・・・」

そう言い掛けて、振り返った褐色の瞳にその先の言葉を止められた。

じっと見つめる自身と同じ瞳がぞっとする程寂しそうに見えたのはほんの一瞬だったのか・・・・

近付いてくる瞳は瞬きのひとつもせずにじっと紫月を見詰めていた。

いや、見詰めて、、、いたのではない。

自分を見詰めているはずの紅月の瞳がどこか違和感を感じさせて紫月は更に心臓が

冷たくなるような感覚に囚われた。

自分を見つめているのではない・・・

自分を通り越してその先にある何かを探り当てたいとでもいうような寂しい瞳・・・

「紅・・・・?」

紅月はじっと紫月を見据えたままゆっくりと歩み寄ってくると再びベッドの端に腰を下ろした。





「お前を、、、待ってた、、、、ずっとずっとお前が帰って来てくれるその瞬間だけを、、、

お前が笑い掛けてくれるその瞬間だけをずっと想像してた、、、笑って、、、俺に手を振りながら車から

降りてくるお前を、、降り注ぐ日差しに眩しそうに手を翳すお前を、、、、そして俺を見詰めてただいまって、、、

言ってくれるお前をっ、、、、ずっとずっと想像してたっ、、、この部屋でっ、、、、」

ぎゅっと拳を握り締めながら床を見詰めてそう叫んだ紅月に紫月は言葉が見つからなかった。

何も言えずに震える背中から視線が外せずに、只ただときをとめられたようになって。



「此処はやさしんだ。独りの俺を包んでくれる、、、この部屋で想像するお前もやさしくって、

いつも微笑ってて、、、俺を温かく包んでくれるから。

このベッドに横になって布団に包まるとね、お前と一緒に寝ているような気持ちになるんだ。

温かくって、隣りにお前がいる、、、そんなふうに思えて、、、

瞳を閉じると想像の中のお前はいつもやさしい、、、いつも微笑ってる、、、いつも、、俺を見詰めてくれてて、、、、」

ふと呟くように並べられた言葉をとめると紅月はくいと紫月の方に視線をやりながらぽつりと言葉を漏らした。

「でもね、、、感覚が無いんだ。微笑ってるお前に手を伸ばしても触れられないんだよ。

お前は確かにそこにいるのにつかまえられないんだ。それに、、、何もしゃべってくれない、、、

只、微笑って俺を見詰めてるだけなんだよ。温かいのに、、お前の吐息を感じるのに、、、、

どうしてだろう、、、ねえ紫月、、、ほら、こうしてお前に触ろうとしてもさ、、、」

そう言いながらふいと伸ばされた手が紫月の身体に触れた瞬間に、びくりとしたように紅月は褐色の瞳を

見開いた。



「紫っ・・・月・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「紫月・・・・ほんとに・・お前・・・・・?」

まるで幻を見るように漂う瞳が永い間の寂しさを一瞬にして映し出すようで、その感情の深さに紫月は

どうしようもない感情に駆られていた。





永い間・・・・

自分だけを追ってずっと想いを溜めていた紅月の、永過ぎたその時間が精神をも蝕んでしまった現実も

とにかく紫月にはすべての事実を受け止めるだけの準備は到底出来ているはずもなかったのである。





「紫月、、?ほんとに、、、お前、、、、?ほんとに、、帰って来てくれたんだよね、、、、

俺の元に戻ってくれたんだよね、、、?嘘じゃないよね?又、、、消えちゃったりしないよね、、、、

ほら、、、こうして手を伸ばすのが怖い、、、よ、、、、」

恐る恐る差し伸ばされた指先が紫月の頬に触れた瞬間に紅月はぱあーっと花が咲いたかのように

微笑むとぐいとベッドに飛び乗って・・・・・

そっと愛しい者の胸元に顔を埋めた。



ぱらぱらと落ちてくる黒髪がふんわりと肌を包み込む。羽織っていたシャツのボタンを全部開かれた状態の

胸元は青い真珠のように輝いていた。

「変わらないね紫月、、、お前の肌、、、ホントに青い真珠みたいだよ。ホントに、、お前なんだね、、、、」

ぱさりと黒髪の後に温かくやわらかい頬が触れ・・・・

何かを探るように這わされていた指先がふと動きをとめた・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・!