CRIMSON Vol.13 |
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次の日、紫月は久し振りに生まれ育った家、紅月の住む一之宮家へと向かっていた。
紫月は紅月に会わなければならないと決心をしていた。会いたくはなかったが避けて通れない事態で
あることを何となく感じていたのだった。
会って、帝斗を傷付けたのが紅月なのかということを確かめなければいけないような気がしていた。
もしかしたら帝斗をあんな目に遭わせたのは全く別の誰かなのかも知れなかったが、
だが紫月には紅月に会ってどうしても伝えなければならないことがあったのだ。
会って決着をつけなければならない、ずっと逃げてばかりはいられない。
今回のことと紅月とのことが何の関係も無かったとしても、それとは又違った意味で紫月はどうしても
紅月と会わなければならないと、あることを心に決めていた。
「坊ちゃまっ、、、!」
懐かしい家の門をくぐると、驚いたような声をあげて初老の男が両腕を広げた。
「ああ若林・・・?元気だったか?」
幼い頃から父親の下で秘書をしていた傍らで、よく紫月らの面倒を見て一緒に遊んでくれた懐かしい声に
迎えられて、紫月は久し振りの我が家へ足を踏み入れたのだった。
「おなつかしゅうございますなあ、お元気そうで何よりですよ。坊ちゃまのお顔を拝見したのは
何年ぶりでしょう?」
高い天窓から午後の日差しが差し込む廊下を歩きながら初老の男性はうれしそうに瞳を細めた。
「ああそうだね、俺がここを出て行ったのは大学のときだから・・・もう10年以上になるかな・・・」
「そんなに!?そうですか、、、最近は歳のせいか毎日が過ぎるの早くってねえ、、、
もうそんなになるんですね。
あ、、でも坊ちゃまとはそんなに会っていない気がしませんなあ、、、何でかな、、、?
ああそうだ!私はいつも紅月坊ちゃまを見ているからですな。ほら、お二人はそっくりでおられるから。」
そう言ってうれしそうに微笑んだ顔に紫月はほんの一瞬びくりと、肩を震わせた。
「あ・・・その・・・・・紅月は?今日いるのか・・・?」
「ええ、おられますとも!紅月坊ちゃまは、、、多分図書室ですかな?」
「図書室?・・・・ってあの地下の・・・?」
「ええ、ご自分のお部屋にいらっしゃらないときは体外は図書室に行かれていることが多ございます。
勉強熱心な方ですから。いつも真剣に調べ物とかをなされている様ですよ。」
「そう・・・・」
紫月は ぱたりと足を止めると男性に向かって緩やかに微笑みながら言った。
「若林、もうここでいいよ。俺、図書室行ってみるから・・・」
「左様でございますか?それでは私はこれで。今日は御夕飯はご一緒できますんでしょうか?」
「ああ、今日はね。大丈夫だよ。後で楽しみにしてるから。」
そう言うと2人はにっこりと微笑み合ってそのままそこで別れた。

久し振りの一之宮家はどこかしこが懐かしく感じられて紫月はしばらくぼうっとそんな雰囲気に
漂いながら長い廊下を歩いていた。
差し込む日差しが急激に翳る地下へ通じる階段の先に、紅月のいるであろう図書室が近付いてくると
紫月は次第に胸が圧迫されるような息苦しい思いに駆られていった。
見事な程の木彫りの扉に手を掛けて開け放った先に見えたもの・・・・・・!
天窓から降り注ぐ木漏れ日の映し出したその姿が・・・・
そこには中庭に通じる大きな窓に腰掛けながらぼうっと外に瞳をやった紅月が壁に寄り掛かっていた。
地上にまで通じている高い窓枠に身体をもたれかけてさらさらとした黒髪が時折揺れる。
無造作に羽織られただけの生なり色のシャツと同じ色のズボンを穿いて、折り曲げられた膝に
もたれるように頭を動かした。
さらさらと流れる髪に隠された褐色の瞳がちらりと見え隠れしている・・・・
その瞳は、何処を見ているのであろうか、半ば定まらない瞳を持て余す、とでもいったように
紅月はぼうっと窓の外に目をやっていた。
そのすべてを瞳に映した瞬間に紫月は全身に走った電流のようなものを感じた。
ビリビリと身体中が痺れるような、強い波に足元を掬われるような嫌な感覚。それは恐怖とでもいおうか・・・
そして次第に身体の深いところから湧き上がってきた無情なる感覚に紫月はぎゅっと唇を噛み締めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
誰かの気配を感じたのか、紅月がこちらをゆるりと振り返った瞬間に先程から湧き上がってきていた
嫌な感覚が弾けるかのようにフラッシュバックして、、、、、、、、
「紫月っ、、、、」
紅月は虚ろだった瞳をカッと見開くとその場に硬直したように動けなくなってしまった。
「ほんと、、に、、紫月、、、、?」
僅かに首を傾げながらゆっくりと歩み寄る・・・・・
一歩一歩、その存在が近付いて来るごとに紫月の中の抑え切れない程の無情な感覚は
全身を弄ぶかのように支配していった。
「紫月、、、?来て、、くれたの、、、、?帰って、、、来てくれたの?」
まだ信じられないといった感じで僅かに震えを伴いながら囁かれた言葉に、遂ぞ張り詰めていた糸が
切れたとでもいうように紫月は耐え切れなくなった感覚にふいによろけると寄り掛かるように壁に
背中を預けた。
耐え切れなくなった感覚、無情に湧き上がった感覚とは何なのか・・・・
紅月の姿を映し出した瞬間に浮かび上がった嫌な感覚、それは若き日に欲望のままに求め合った
罪の意識。
今も尚、紅月を目の当たりにすると決まって浮かび上がる性の欲望であった。
「紫月、、、、?ほんとに、、お前なの、、、、?」
そう言って伸ばされた形のいい指先が、なつかしい指先がそっと頬に触れた瞬間に紫月はたまらずに
顔を背けた。
「やめろっ・・・紅月っ・・・・・」
「紫月!やっぱり、、、ほんとにお前なんだね!?帰って来てくれたんだね?紫月っ、紫月ぃ」
喜びに溢れたその言葉と共にしっかりと捉えられ、気付くと紅月の頬はぴったりと自身の頬に
重ねられていた。
「紫月ぃ、、、うれしいよ、、お前が帰って来てくれるなんて、、、本当に、、、ああ紫月っ、、、」
紫月は身体中が金縛りにあったように硬直してしまい、身動きさえ出来ないままに軽く唇が重ね
られるのを感じていた。
「・・・・・・っ・・・・・・・・・・・!」
軽く、甘く、そして次第に熱くなる唇の感覚が・・・抗えない思いを突きつけてくるようで・・・・
翻弄されそうになる・・・このまま流されてしまいたくなる・・・・このまま・・・・・
目の前の男にすべてを預けて、そして又湧き上がる欲望を掻き毟り合ってしまいたい・・・っ
紅月と・・・溶け合ってしまいたいっ・・・・
そんな欲望に呑み込まれそうで。

「やめろよっ・・・・!」
突然に強い力で紅月を跳ね除けると紫月は壁に寄り掛かりながらはぁはぁと荒い息を必死で
抑えようとしていた。
「紫月?」
「やめろ紅月・・・俺はっ・・こんなことしに帰って来たんじゃないっ・・・・お前に・・・
お前に話があってっ・・・訊きたいことがあって・・・・・だから・・・・っ・・・それだけだからっ・・」
身体を丸めて壁にぴったりと寄り添って横目使いに逃げるようにそんなことを言った紫月に
紅月は僅かに瞳を歪めると掴んでいた紫月の肩から手を放した。
「話って、、、訊きたいことって、、、、何?」
急に冷めたように視線を外したその顔が瞬時に感情を失くしたように無表情になった。
紫月はとっさに湧き上がった嫌な予感に、それでも何かに押されるように話し出した。
「お前に訊きたいことがあって・・・・・昨日・・・昨日お前何処にいた・・・・?」
「昨日、、、、?」
「そう・・・昨日・・・お前仕事に出てたんだろ?だから・・まさか・・・・・」
そう言い掛けた瞬間に益々表情を失くした紅月の褐色の瞳が振り返った。
「まさか、、、何?まさか俺の会社(T−Sプロ)には来なかったよな?とか訊きたいの?」
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