CRIMSON Vol.11
うす曇りの午後もそろそろ暮れようとしているその時間に紫月は半分浮かれ気味でにこにことしながら

長い廊下を帝斗のいる社長室を目指して歩いていた。

ふふ・・・・確か今日は帝斗の好きな店のリニューアルオープンだったよな!

久し振りにゆっくり2人だけで食事でも行こうかな?あいつには最近何にも特別なことしてやってないから・・・

きっと端整な顔で「いいですよ」なんてクールに言うんだろうなあ・・・・

ふふふ、心ン中じゃすげえうれしいくせによ、あいつって気取り屋だからなあ・・・

そんな想像をしながら弾んで開けたアールデコのいつもの扉の、その先にある光景に紫月の瞳は大きく歪んだ。



「帝斗っ・・・・・・・!?」



褐色の瞳は見開かれたまま、瞬きさえ儘ならず瞬時にしてその場に硬直してしまった。

「なっ・・・・帝・・・・斗・・・?」

ぐったりと椅子にうな垂れ掛かっている帝斗の顔色は真っ白で、胸元からは大量の血が溢れ出したのか

見慣れたスーツがどす黒く染まっていた。

「帝斗っ!!」

紫月は駆け寄り無我夢中で抱きかかえた帝斗の瞳がうっすらと開けられた。

「あ、、、あ、紫月、、さん、、、、」

開き切らない虚ろな瞳は色を失くし唇は真っ青で皮膚の感覚は冷たく、まるで蝋人形のようだった。

「帝斗・・・・どうした・・・何が・・・あった・・・?」

がくがくと震えながら紫月は蒼白となり大きな瞳が重なり合った瞬間に、帝斗は安心したように

僅かに笑みを見せた。

「紫、、月、、、、よか、、った、、、、あなた、、に会いたかった、、よ」

「何言って・・・いったい誰がこんなことっ・・・・!?大丈夫か帝斗!?今医者を・・・っ」

そう言い掛けて帝斗の弱々しく差し出された指先に止められた。

「だ、、いじょう、、ぶ、、、さっきビル(帝斗の元護衛役で現在の倫周らバンドのマネージャー)に

電話入れたから、、、もう着く頃だと思う、、、、だか、、ら、、あなたは此処に、、いて」



一緒にいてよ・・・・



「ばか野郎っ・・・そんなの待ってられっか!俺が連れてってやる!!病院、いつもの潤(T−Sプロ所属の

ロックバンドFairyのメンバーで倫周らの仲間)の親戚のところでいいのかっ!?」

紫月はとにかく帝斗を担ぎ上げようと先ずはその傷の様子を確認しようとしたとき・・・・



「待って、、、、」

「帝斗?」

「待って紫月、、、いいから、、、此処にいて、、動くの、、、、辛いんだ、、、それに、、、、、

それに今はあなたと一緒にいたい、、、ちょっとだけ、、、でいいから、、此処にいて、、、、」

「帝斗・・・・いったいどうしたっていうんだ?誰がこんなことっ!?いつやられたんだよ!?犯人はっ・・・・

知ってる奴か? 誰だ・・・・誰がこんなっ・・・」

紫月の頭の中にはこんなことをされる、つまり帝斗に、いや、もしかしたらT−Sプロに恨みを持った者の

犯行だと思って疑わなかった為、思い当たる原因を必死に考えようとしていた。

「畜生っ・・・いったい何処のどいつだ・・こんな卑怯なマネしやがってっ!帝斗っ、犯人の顔見たか!?

誰だっ!?知ってる奴だったか?それともっ・・・・」

焦りを隠せない紫月の様子に帝斗はぎゅっとその腕を掴むと弱々しく首を横に振った。

「いいんだ、、気にしないで、、、これは、、、僕の問題だから、、、、あなたには、、、関係ないよ、、、」

「なっ・・・・関係ねえって・・・どういうことだよ・・・帝斗・・俺の知らない奴か?いったい何があるんだ!?

帝斗っ・・・・何か困ってるんだったらっ・・・俺に言えよっ、何でも言ってくれって・・・・

俺とお前の仲じゃねえかよ!?んな・・・隠し事してどうすんだよっ・・・・!」

紫月は声を荒げて。

だが帝斗はそれでも尚、犯人のことには一切触れようとはしなかった。

「そんなに怒鳴らないで、、、、頭が、、、痛いんだ、、から、、、、それに、、、、

これはほんとに僕の問題なんだ、、あなたには、、、、関係ない、、から、、、放っておいて、、、」

「帝斗・・・・・何で・・・なにを・・・・」

帝斗はそれだけ言うと、もう体力の限界といったように瞼と瞼がくっつきそうになっていた。





どうして帝斗・・・・

お前は何を隠してる・・・・?何に巻き込まれてる・・・?俺にも言えないことって・・・・





金絡みの問題でも抱えているのだろうか?それともライバル会社の嫌がらせか?

紫月は湧き上がる不安の渦に巻かれながら半ばパニック状態になった頭の中を整理しようと

必死になっていた。

「そばに・・・・いて・・・紫・・・・」

瞳が閉じられる前の一瞬に掠れた声が囁かれ、それと同時に帝斗は胸元の傷口を覆っていた掌を差し出すと

愛しい紫月の頬に触れようと手を伸ばした。





「・・・・・・・・・・・・・!」





ぬるりとした感覚に必死で原因を考え込んでいた紫月の神経がびくりと跳ね上がるかのように反応する。

「帝斗!?・・・・・帝・・・・」

暗褐色の瞳が閉じられると同時に鮮血に塗れた帝斗の指先がずるりと落とされて・・・

紫月は慌てて心臓に耳を押し当てると心拍音を確かめたが。

「ああ・・・よかった・・・ちゃんと動いて・・・」

ほっとしたように呟いて再び帝斗の身体を抱きかかえようとした瞬間に肌の至るところに纏わり着いている

流血の感覚に身体中の神経がびくりと引きつるような感覚に襲われた。

ぬるぬると滑る、、、流れ出した血の感覚が、、、、気持ち悪くて、、、






・・・・・・・・・・・・・・・・!!?





紫月は一瞬脳裏に浮かんだ嫌な想像に全神経が硬直する程の感覚に襲われて、背筋がぞっとする思いに

駆られた。





血・・・・

大量の・・・・血が・・・

溢れ出て・・・・

ぬるぬる、ぬるぬる・・・・・・

滑る・・・・

すべ・・る・・・・・

感覚・・・・・・





紅月っ・・・・!?





ま・・さか・・・・

まさか・・・そんなことが・・・・・

ぞっとしながら確かめるように帝斗に目をやれば、閉じられた瞳に、真っ白に色を失くした肌にも鮮血が

飛び散っていて、、、、



-----あなたには関係ないことだから、、、これは僕の問題だよ、、、僕の、、、------



「紅・・・月なのか・・・・紅月が・・・?・・・・・・・・・・まさか・・・そんな・・・・」



もう一度傷口に目をやれば左程深くはない切り口が多数に広範囲に及んでいる・・・・

恐らくは脅かしながら何度もしつこく刃を当てたり離したりしていたとでもいうのであろうか、

傷痕からは本気で傷付ける意思のないことがとって窺えた。

只、溢れ出した鮮血の量と臭いなど、或いは精神的に追い詰められたせいなのか、帝斗の状態は

思わしくはなかった。閉じられた瞳もそのままに、真っ白に色を失くした顔色はこのまま帝斗を失ってしまう

かのような錯覚に駆られる程で。

紫月はたまらなくなり、ぎゅっと腕の中の身体を抱き締めた。

頬を摺り寄せ、髪が触れ合い、自然と溢れ出した涙が血と混じって肌と肌が滑り合い・・・・



ぬるぬる、ぬるぬる、、、、



・・・・・・・・・・・・・・・・・・!



「帝斗・・・・ああ・・・帝・・斗・・・・帝っ・・・・・・・・・・」



摺り寄せていた頬からふと目をやれば黄金色の髪に、色白の肌に、大きな瞳の眠っている瞼にも・・・・

血の痕が飛び散っていて・・・・

スーツに滲んだ血の臭いが、形のいい指先の撫でた痕が、すべてが血の色に、紅(くれない)に染まって

瞳に映る・・

まるで血の雨がガラス窓を叩いたかのように紫月の瞳のフィルターにはまわりの光景が紅色に

染まって映し出されていった。





一瞬にして蘇る遠い日の記憶------

快楽に溺れ合った若き日の過ちが、血の色と共に瞬時にフラッシュバックして。

紫月はぼうっとした瞳で帝斗を見詰めると何かにとり憑かれたかのように鮮血の滲んでいる胸元の辺りに

顔を埋めた。





「好き・・・好きだよ・・・・・帝斗・・愛してる・・・・・・愛してるよ・・・・お前が・・欲しいよ・・・・・・」





欲しくて・・・欲しくてたまらねえよ・・・・・お前を・・・めちゃめちゃにしてみてえよ・・・・

ああ・・・帝斗ぉ・・・・・・