CRIMSON Vol.76
最上階の自分の部屋までを一気に駆け抜ける・・・・

その額にうっすらと汗をも滲ませながら紫月は酷く慌てて部屋へと転がり込むと、つけっ放しになっている

パソコンの前へと一目散に駆け寄った。

マウスを振る手が僅かに震え始めていた・・・・・

一瞬息を呑み、

ふと時が止まり、

額の汗が更に滲み出て、、、

恐る恐るためらっていた指先が思い切ったようにカチャリと動いた瞬間に画面に現れた文字列に

思わず目を見張った。

震える中指が押したもの、、、、

直後の画面を食い入るように見つめる瞳が言いようのないような表情をかもし出す、、、、



まるでそうしてくれるのを待っていたかのように『貼り付け』の文字が瞳に飛び込んできて、、、、



紫月は逸るようにマウスを操作し、そして現れた画面の文字に瞬きさえも止まってしまった。



左から右へと褐色の瞳が追いかける・・・・

次第に先日からのもやもやした謎が晴れていくかのように紫月の頬は更に逸ったように紅潮していった。










「あれ?専務!何処行って、、、」



スタジオに戻ると皆が不思議そうな表情をして待っていた。だが全てのことが目に入らないといった感じで

開口一番に逸った言葉が防音壁に吸収された。

「おいっ!帝斗、、、、っ、、、帝斗が帰って来るのはいつかわかるかっ!?」

「はぁ?」

「だから帝斗だって!あいついつ帰って来るって言ってたっ!?」

逸る声がスタジオ中に響き渡り、まるで慌てた様子の紫月に皆は一瞬不思議そうな顔でぽかんと口を

開けたまま互いを見つめ合ったりしていた。

「なあビル!お前知ってるんだろ?帝斗のスケジュール、、、、」

まるで掴みかかるようにマネージャーのビルに詰め寄って。



「おいおいおいおい、、、何慌てておるか、、、、ちょっと落ち着けよ紫月ー、、、

帝斗なら確か、、、」

「社長なら確か今日の夕方の便で帰って来るはずですけどー、、、?」

拉致のあかないような会話にインテリの潤が口を挟んだ。

「マジッ!?今日の夕方って、、、何時の便だよ!?」

今度は潤に詰め寄る紫月にバンドの若きメンバーらは相も変わらずにあっけにとられたようにしていた。

「便は、、、えーと、、、ちょっと待ってくださいよ?」

潤がスケジュール表をめくる様子を待ち切れないとばかりにソワソワと見つめる、、、、

「あったっ!羽田に17時着の、、、、」

そこまで言い掛けた潤の言葉を最後まで聞かずといった調子で紫月は側にあった上着だけ取り上げると

一目散にスタジオを出て行ってしまった。

「あーーー、、、、ちょっと専務、、、、何処行くんですかー、、、、、って、、、、」

キツネにつままれたような表情で、さすがの潤も呆気にとられたといった感じだ。

「あいつ、、、何慌ててんだよ?」

マネージャーのビルも青い瞳をパチクリとさせながら未だ揺らいでいるスタジオの扉を見つめていた。

「よっぽど社長が帰って来るのが待ち切れないんスかね?」

「えー?そのわり社長が帰って来る日も知らなかったみたいじゃないですか?」

「だよなー、、、いったいどうなってんだよ紫月のヤツ、、、、」

突然に置いてきぼりを食らわされたメンバーらはまるで訳が分からずといった感じでしばらくは

不思議そうに首を傾げるばかりであった。















身の回りのことなどすべてが目に入らずといった調子でスタジオを飛び出してきた意識の中に

ふいと飛び込んでくる特有の轟音で紫月はハッと我に返った。

ハンドルを握る手には傾きかけた陽が金色に差し込んでいる。

眩しそうに瞳を細める先にはその雄大な翼に やはり同じ金色の陽を反射させて高度を下げる

ジェット機の姿が映り込んだ。

堂々と、まるで意思を持つかのように雄々しく翼を広げたその姿にふと鳥肌の立つような感じを覚える・・・・

それが帝斗を運んでくるから、というのとは又別の意味で紫月はある種の不思議な感動に胸を

高鳴らせながら大空に映し出された着陸の光景を見つめていた。

威風堂々、何ものにも動じはしない。しっかりと大儀を把握し行くべき道筋を見据えたその姿は

自信に満ち溢れているようだった。旋回し、金色の光を背に一等激しい轟音がアスファルトに強い陽炎を

呼び込んで、帰るべき大地と触れ合うその瞬間に涙が零れるような感動が背筋をゾクリと震わせた。

紫月の頭の中でジェット機の着陸する姿が帝斗を連想させていた。

その肩に大き過ぎる荷と夢を背負いながらして動じずに、そしていつのときも平静であり穏やかでもあり、

ときに予測しない自然の驚異をもくぐり抜けて只ひたすらに目標を目指して飛び続けるその姿が

まるで帝斗と重なっていた。

どんなに辛くともそんなことは微塵も表さず、いつのときでも自分を見つめて支え続けてくれたその姿。

困難でも動じずに穏やかで、決して声を荒げたりしない、けれどもその静かな中に凛とした強いものを

持っていて、、、、

だからこそ揺るぎないのだろう。

到着を告げるボードを見上げながら紫月の頬は更に紅潮し、逸る瞳はたったひとつの扉に

釘付けになっていた。