CRIMSON Vol.75 |
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それから2人は別々にお互いの生活へと戻り、紫月は再びプロダクションの自室へと帰っていた。
帝斗は未だ出張から戻る様子も無くて、いつ帰って来るのかも知らないまま紫月は倫周らバンドの
リハーサルに顔を出す日が続いていたが、紅月との間に気持ちの上での整理がついたせいか
以前よりも穏やかな日々を送っていたのは確かであった。
ゆったりと椅子の背にもたれながら楽譜に目を通す、彼の表情には僅かに笑みまでが浮かべられている。
それはやはり相変わらずに賑やかなバンドのメンバーの若さに触れているだけでも心が癒されるのであろうか、
自分のまわりで明るい声が飛び交っているのが心地好いとでもいうようにやさしい瞳で彼らを
見つめていたのだった。
「一之宮さーん、ちょっとここ!この歌詞でOKか見て下さいよー」
ベースの遼二がそう呼べば、その横からはメンバー随一のインテリである潤がふてくされてように
口を尖らせる、
「あーーー、僕が先ですってばー!」
「うるせーバカッ!てめえは後だってよ、俺頭悪ィから思いついたときじゃねえと忘れちまうんだって!」
「大丈夫ですよ!どうせ遼二さんのなんてワンフレーズでしょ?僕のは至って緊急なんですから!
ついでにもうちょっと別の歌詞でも作ってればいいですよ〜」
「バッカ野郎ー、やっとこ思いついたシロモノなんだぜ!音と合わせる言い回しが難しいんだったら」
相も変わらずに賑やかな様子に紫月は更に瞳を細めて微笑んだ。
「分かった、順番に見るから、、、」
「やった〜、じゃあ僕からお願いしますね!」
にこにこと調子よく潤が真っ先に紫月のもとへと駆け寄って何やら譜面のようなものを見せている、
そんな様子に遼二はチィと舌打ちをすると、ふてくされながらも卓上にあったパソコンの前に腰を下ろして
順番待ちをしたりしているのだった。
「遼・・・何か手伝おうか?」
最近、想いが通じ合ったばかりの倫周にそんなふうに声を掛けられて機嫌を取り直したのか
照れくさそうに頭をかいたりしている。そんな様子に倫周の方はくすりと微笑むと、
「じゃあ俺、何か飲み物でも買って来てあげる!コーヒーとかがいい?頭冴えるだろ?」
「マジ?悪いィな、、、すげえうれしいけど、、、、」
「ふふふ・・・いいよ。丁度俺も喉渇いたし〜」
にっこりしながら倫周は他の皆にも同じように声を掛けると財布を片手にスタジオを出て行った。
「ああ〜、あいつって何てやさしいんだろ、、、、?
俺だけじゃなくって皆の分まで気を使ったりして、、、、もうー、、、倫のヤツったら、、、、
そんなことすると益々ソソラレルじゃねえかよー、、、、」
にへらにへらと締まりのない顔で遼二はパソコンの前で突っ伏したりしていた。
「ふんっ、バカ潤め!悔しかったらテメエも倫みてえなイイオンナ(じゃなかった)イイオトコ見つけて
見やがれってんだー、、、、」
ぶつぶつと、だが少々得意気にそんなことを言ってはゴロゴロと机の上に伏せていた遼二であったが、
けれども次の瞬間、地鳴りがする程の絶叫と共に椅子を引っくり返して立ち上がる彼の姿に
スタジオの皆はびっくりして思わずその場に硬直してしまった。
「ぎぃぇぁぁあああああーーーー!!!!!」
「な、ななな、何事ですかーっ!??」
紫月にアドバイスを受けていた潤が真っ先に抗議の声を上げる、
するとそれに輪をかけた勢いで遼二の怒号がスタジオ内に木魂した。
「バカヤローッ!!!何ですかーじゃねえーよっ!
俺の、、、お、俺の大事な歌詞が、、、せっかくひらめいた最高傑作がー!消えちまった、、、
俺何したー、どっか、、、ヘンなトコ弄っちまったのかな、、、?
どうすんだよー、、、元に戻んねえーよぉー、、、、
おい、おい、おいおいおい!出ろっ!頼む出てくれよー、、、、、、!」
普段は割合カッコつけ〜の男前を決め込んでいる遼二であったが、その彼がとんでもなく情けない声を
出しながら半泣き状態になっている・・・
皆は何事が起こったかと、しばらくはポカーンと口を開いたままスタジオ内では互いを見合わせてキョトンと
した表情で首を傾げ合う光景が続いていた。
「どうしたのよー?遼ちゃん!何、この世の終わりみたいな声、出しておるか?」
マネージャーのビルの問い掛けにまだ正気を取り戻せないでいる遼二は相変わらずに情けない声を出す。
が、次第にこみ上げてきたらしい怒りに、今度は潤の方を向き直るとおもむろに抗議の言葉を
泣き声混じりでわめきだす始末だった。
「バカヤロー、、、てめえが早く譲んねーからー、、、、
俺の大事な歌詞が消えちまったじゃねえかよー、、、、、もう二度と思いつかねえよー、、、
どうしてくれんだよー、、、、ねえアタマでいっしょけんめー考えた最高傑作だったってのによー、、、
俺が先に一之宮さんに見せようと思ったのにー、、、、お前が横入りなんかすっからよー、、、、」
怒りながらも半ば放心状態で遼二は情けない声を出していた。
「横入りって!僕だって超大事な用事だったんですからー・・・・・
お互いさまですよ!で、一体何を消しちゃったわけですか?そんな死にそうな声出しちゃって大袈裟なー・・・
どうせ大したことないに決まって・・・・」
「バカヤローッ!!!
誰が大した事ねえってよ!?超一大事なんだぞーーー!!!
てめえがノタノタしてっから俺の歌詞が消えちまったんだよっ!」
「はぁー???歌詞が消えたって・・・・僕は何もしてませんけど?」
「違うよバカ、、、お前がー、、、のんびり質問なんかしてる間にパソコンに入れといた歌詞を
消しちまったらしいんだって!俺どっかヘンなとこ弄ったのかなー、、、、
ああーーーー!!!もう信じらんねー、、、、あんなの二度と思いつかねえぜ?
最初で最後の歌詞だったかも知れねーのにー、、、、、」
「そんなオーバーなー・・・歌詞なんかいくらだって新しいの作ればいいんですし・・・」
「うるへー、バカッー、、、、俺はお前と違ってそうそうは歌詞なんか浮かんでこねえ脳みその作りなのっ!
あ゛ーーー、もうー、、、、マジ最悪っ、、、、」
怒鳴っていたかと思えば再び机に突っ伏して頭を抱え込んでいる遼二の様子を気の毒そうに
見守りながらも紫月はある種の幸福感と安堵感に包まれるのを感じていた。
情けない声を出している遼二や、その揚げ足を取っている潤、2人のやりとりにポカンと口を開けたまま
固まっている他のメンバー、それらを総括して慰めたりしているマネージャーのビルの様子などが
とても温かく感じられて、そんな普通の出来事が信じられないくらい幸福に思えたりしているのだった。
紫月はこれまで抱えていた激しかった感情がウソのように穏やかな気持ちになっていることが
只うれしかったのである。
ふと以前の、紅月がプロダクションに訪ねてくる前のような感覚に引き戻されたのか、くすりと微笑みながら
遼二に向かって慰めの言葉がついて出た。
「バカだなお前ー、、、そんな大事なもんだったらキーを放す前に一度コピーしとけばよかったんだ。」
ボソリと微笑み混じりにそんなことを言った紫月に遼二は半分目を吊り上げながら不思議そうな顔で
振り返ると、
「は、、、?コピーって何スか、、、、?」
と、不可解そうに首を傾げる。
紫月は災難を慰めるように微笑むと、酷く幸せそうに言った。
「だからな、何か大事なものを書いたりしてる途中で書き直すとか、、、
ましてや席を離れるとか電話にでるとかいうときはー、、、
それまで打ってあった文なり画像なりを一度コピーしとくんだって。
保存するより簡単だし、それだと万が一前のデータを消しちゃったとしても貼り付けるだけで
又元通りになるから、、、
念の為にそうしとくといいんだぜ?」
そんな言葉にまわりの皆は感心したように頷いたりしていた。
「へえ〜、、、さすが一之宮さん!実に用意周到というか、、、確かに便利ですよねー?」
潤が感嘆の声をあげれば遼二は言っていることの意味が今一つかめないというようにまだ首を
傾げたりしているのだった。
「すごいですー、さすが専務!ちょっとしたことだけど何か妙に頷いちゃいました!」
「だろ?ちょこっと席離れただけでもそれまでやってたことをコロッと忘れちまうことって結構あるから、、、
普段からそういうクセをつけておくと便利だって帝斗がいつもそう言って、、、」
「へえ〜〜〜、元はといえば社長の案なんですね!さすが粟津さんー!ちょっとした気配りですね〜。」
甲高い声を上げながら潤がウキウキと紫月の背後から首を出したりしているそのとき、、、、
それまで穏やかに笑っていた紫月は急に何かを思い出したようにいきなり席を立つと、
「ちょっと悪ィ、、、、俺用事を思い出して、、、、、」
それだけ言うとまるで慌てたようにスタジオを出て行ってしまった。
「あれっ?ちょっと専務ー・・・・どこ行かれるんですか・・・ー・・・・・」
不思議そうに潤らスタジオにいたメンバーが目をくりくりとさせながらその後姿をポカンと見つめていた。
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