CRIMSON Vol.72
結局そこで陽が落ちるまでぼんやりと過ごし、紫月がプロダクションの自室へ帰った頃にはもう

バンドのメンバーらも解散した後のようで社内は割合閑散となっていた。

特に紫月の部屋のある最上階などはひっそりと静まり返って辺りを静寂が包み込んでいる。

薄暗い自室を見渡して、ほうっと一息大きく溜息をついて、物憂げに机の上に目をやった。

電源の入ったままのパソコンの光が夜の闇に浮かび上がっているのを瞳を細めて追いかける、

あれ以来一度も切ったことのないパソコンの電源は入ったままになっていた。

紫月はわざと部屋の灯りをつけないままで、ゆっくりと机に腰掛けると更に瞳を細めては確かめるように

画面を覗き込んだ。

あの日からずっとそのままの、同じ画面−−−−−−

あの日、この部屋で目覚めた直後に開かれていた画面

帝斗の車を見送ったあのときのまま、ずっと同じ画面を開きっぱなしにしてあったのだ。

紫月は机から椅子へと移動し、深く背をもたれながら窓の外へと目をやった。





お前なのか帝斗?

あのときこの部屋に居たのは、、、、お前なのか?

うたた寝をしていた俺をベッドへ移して、着ていたジャケットをハンガーにかけてくれて、

そして多分少しの間、側にいてくれたのだろうか、、、、、

妙に安心した気分に包まれて俺は酷く心地好かった気がするんだ、、、、

勿論寝ちまってたから何も覚えてないけど、、、でも何となく安堵感に包まれたような幸せな気分だった

のだけは覚えてる、、、、、

そして恐らくはこのパソコンを開いてこの文字を打ったのも、、、、、、お前、、、、、?

本当に、、、、お前だったのか、、、、、?

そのすぐ後でお前の車が駐車場から出て行くのが分かった

まだ朝靄の、、、、蒼い闇の中で、、、、、、

そして残されたこの文字、、、、、

いったいどんな意味があるっていうんだ、、、、、

わざわざ俺の部屋のパソコンを開いてこんな言葉を置いて行くなんて、、、、、

帝斗、、、、、本当にお前なのか、、、、、?





紫月は憂いた表情のまま、半ば視点の定まらないような瞳で再びパソコンの中に残されたメッセージに

目をやった。

そこには短い文字がたった一行−−−−−





愛してる





とだけ記されてあったのだった。





どういう意味だ帝斗、、、、、

愛してる、、、、

アイシテル、、、、

愛してる、、、、

これは、、、、誰に向けた言葉なのか?

俺に?

それとも全く別の誰か?

或いは意味など無いのかも知れない

でも、、、、、





紫月はぼうっと画面を見つめながらふと昔のことを思い出したりしていた。





「ねえ紫月さんは僕のこと愛してる?ねえ・・・・どう?」

「何だよー、、、、んなこと、、、、、、、」

「何ですか?」

「そ、、んなこと言わなくたって決まって、、、、、」

「じゃあ愛してるんだ!」

「ふん、、、そーゆーお前はどうなんだよ?いつもそうやって他人のことばっかからかいやがって、、、、」

「僕?僕はねー・・・・・・・」

「何だよ、、、、」

「うんんー、何でもないー・・・・・・あはははは・・・・・・・・」

「何だてめー、、、、」





帝斗と特別な関係になって、ベッドをも共にするようになって、、、、、

あいつを抱いた後はよくそんなことを言っては楽しそうに笑ってたっけな、、、、、

いつもセックスの後はちょっと子供みてえに甘えてきて、、、、、



「ふふふ、、、、、」



そんな昔のことを考えていたら紫月の口元から知らない間に笑みがこぼれ出していた。

けれどもそれは何とも切なげで、或いは寂しそうでもあった。

まるでもう戻らない遠い日を懐かしむように哀しげでもあった。



どうしてこんなふうになっちまったんだ、、、、

どうして俺たちはあのままいられなかったんだろう、、、、、

どうして俺は、、、、、、、、

あの日、紅月が訪ねてなんか来なければこんなことにはならなかったのだろうか?

いや、、、、

それは違うんだ、、、、、

俺にも薄々は解ってたんだ

紅月との若い頃の過ちを隠しながら帝斗といることが苦しくて、、、、仕方なかったときもあったから、、、、

言うべきが言わないべきか酷く迷ってた

だから苦しかった

いつも心から楽しめなかった

何をしていてもどんなにうれしいことがあっても、どんなに幸せでも、、、、

俺の中にはいつも紅月との罪のことが消えてくれることはなかったんだ、、、、、

いつも心のどこかに引っ掛かってて、いつも心が晴れてくれることはなかった

いずれにせよ紅月とのことは逃げて通れる問題じゃなかったのだから、、、、

だから、、、、遅かれ早かれこんなことになっていたのは確かだろう、、、、

別に紅月が訪ねて来なくてもいつかはこんな溝が生じることになったってことだ、、、

なら俺はどうすればよかったんだろう?

いや、、、

俺はどうすればいいんだ?

俺は、、、、、、





どうしたいんだろう−−−−−