CRIMSON Vol.71
見慣れたはずのスタジオで紫月はいつもの座り慣れた椅子に身体を預けていた。

防音装置の効いた部屋の中には大きな演奏の音が鳴り響き、ライブ前のリハーサルということで

熱気が満ち溢れていたが、そんな中でも紫月はどことなくぼんやりとしていて、まるでリハーサルを

聞いているのかいないのかといったような感じだった。



「・・・・・・・さんっ・・・・・・・・・一之宮さん・・・・・・・?」

「紫月ー、紫月ったらー・・・・・・」

「専務ー、大丈夫ですかー?」

余程ぼんやりとしていたのであろうか?気が付くと周りには心配そうに自分を覗き込んでくるバンドの

メンバーたちが各々声を掛けて来ているらしかった。



「あ、、、、、ごめん、、、終わったのか?演奏」

ハッとしたように我に返り、紫月は的外れのような返事をした。

「終わったのかー、じゃないですよ!どうしたんですか?ぼうーっとしちゃって・・・・・」

「どっか具合でも悪いんスか?」

「そういや一之宮さん、このとこプロダクションに来てなかったとかって聞きましたけど、、、

やっぱ何かあったんスか?何か元気なさそうだし」

皆が口々にそんなことを言いながら不思議そうな顔で覗き込んで来る、

紫月は半ば目をクリクリとさせながらも、しどろもどろに笑顔なんぞを作ってみせるのだった。

「な、何でもねえよ、、、、別に、、、、具合悪いとかねえし、、、、大丈夫、、、

ちょっと考え事してただけで、、、、、」

そんなふうにタジタジとしている様子にバンドのメンバーでインテリ若年寄りの潤がすっとんきょうな

声をあげた。



「あーーー!わかりましたよ〜〜〜!一之宮さん!きっと社長(帝斗)が出張でいないから

寂しいんでしょ〜?」



少々からかい気味にニヤケ混じりでそんなことを言った潤の言葉を皮切りに、皆は一瞬ニヤリと

微笑うと、続けざまに冷やかしの言葉が飛び交い始めた。

「ああー、紫月ったらー・・・・やっぱり帝斗がいないとダメなんだねー・・・・うふふふふ・・・・・

相変わらず仲いいんだから〜」

一昨日自分の部屋にリハーサルの監修を頼みに来た倫周が夢見心地な顔をしてそんなことを言えば

「マジっすか?なんかうらやましいよなー、、、」

その倫周と想いが通じ合ったばかりの遼二までもが珍しく真剣に溜息をついて感心したりしている。

「ほんとほんと!社長だっていつも専務のこと話してますもんね〜。やはり相思相愛なんですね〜。

ああ、僕もいつかはそんな相手が現れるのでしょうか?」

「ばーか、お前にゃ一生ムリだってよ!」

「失礼なっ!遼二さんたら相変わらず口が悪いんですから!ちょーっと自分がシアワセだからってさー」

「うるへー。悔しけりゃお前も早くコイビトのひとりも作ってみろよー」

「きィィィ〜〜〜〜ッ!ああ腹立つぅーーー!何とか言ってくださいよ専務ー、、、、、」

そんなふうに賑やかな若き彼らをぼんやりと見つめながら紫月はほんの僅かに気持ちの和むのを

感じていた。

「なあに、そんなに落ち込まないだって来週には帰って来るんだ、心配ないぞ!

なあ紫月?たまには離れてるってのも新鮮でよいものだぞ?」

ツイツイと腕をつつきながら先日少々絡んでしまったマネージャーのビルがそんなことを言っている。

紫月はふとそのときのことを思い出したのか、少々すまなそうに俯いてしまった。

「ビル、、、そのさ、、、、この前は悪かったな、、、、俺、、、絡んじまって、、、、」

「オ〜、NOプロブレムよ〜紫月〜!お前が元気になったんならそれでいいってことよ!」

ビルは何事もなかったように得意のジョークで流し、そんな気使いにも紫月はほっと表情を緩めると、

リハーサルを終えたスタジオを後にしたのだった。

「じゃあ皆、、、お先にあがらせてもらうけど、、、、」

「お疲れ様でした!又明日よろしくお願いしまーす!」

「専務!粟津さん(帝斗)いなくて寂しかったらいつでも俺呼んでくださいね!何でもしますから俺!」

「バカッ!何言ってやがんだてめえー!」

「ッってーなー、、、いーじゃんちょっとくらいー、、、俺一之宮さん憧れなんだしー」

「バ〜カ、その前にお呼びじゃねえっての!ねえ専務〜?」

そんな賑やかで屈託のないやりとりを遠くに聞きながら、紫月は長い廊下を駐車場へと向かっていた。

久し振りのプロダクションで、久し振りの素直な若者の会話を聞いていたら心なしか気持ちが

穏やかになったような気がしてか、口元からは珍しく笑みがこぼれたりもしていた。

「ふふ、、、あいつらったら、、、、」

そんな若さが羨ましくもあり、或いはかけがえのないもののようにも思えたせいか急に懐かしさが

込み上げて、紫月は とある場所へと車を走らせていた。

それは懐かしい場所−−−−−

遠い日に、まだ学生時分の頃だったろうか?帝斗と出逢ってしばらくの後、2人で訪れた場所であった。





キラキラと夕陽が水平線を掠めてゆく・・・・・・

ボンネットに腰掛けながら懐かしいその場所でテトラポットに砕ける波しぶきを見つめていた。



あれはいつだったか?

帝斗と2人でサークルの合宿地を探しに行った帰りだったな、、、、

あの日もこんなふうに夕陽が眩しくて、、、、、

俺たちはしばらく無言で空を見てたっけ、、、、、

その後だったな、、、、はじめて、、、、、あいつとキスしたのは、、、、、

夕陽を見てるあいつの横顔を見たら何か俺、、、急に我慢出来なくなっちまったんだったよな、、、、

何となくそんなことしたくなって、、、、、



眩しそうに瞳を細めながら、紫月の頭の中には遠い日の出来事がぼんやりと巡っていた。















「なあ、、、、帝斗さ、、、、、、、」

「え・・・・・・?ああ、ごめんなさい・・・・ぼうっとしてた・・・・あんまり空が綺麗だったから・・・・・

ごめん・・・・何か言った?」

「ん、、、、何でもねえ、、、、、、、」

「紫月・・・・・・?」

覗き込む帝斗の唇に吸い寄せられるようにくちづけて、、、、、

その後どうしたっけな、、、、あいつ、、、、急にそんなことしたのに怒りもしなかったんだよな、、、、、

それどころかむしろ俺を気使うようにやさしい言葉まで掛けてくれたんだっけな、、、、

本当に、、、あいつって、、、、、昔からそんなだった、、、、

やさしくて、、、、あったかくて、、、、側にいると安心出来て、、、、

いつしか俺はあいつのことを探すようになってたんだ、、、、、

ちょっと離れてると居心地悪くなって、、、いつの間にか帝斗を探してる自分に気がついた、、、、

知らないうちにあいつを好きになって、知らないうちに当たり前になって、、、、

俺は、、、、帝斗に甘えるようになって、、、、

帝斗を好きになって、、、、





「ごめん、、、、っ、、、、、

気色悪かった?オトコ同士なのに、、、とか、、、、、

ホント、、、悪かった、、、、、、、」

「ん・・・・・構わない・・・・・・・僕もそんな気分だったから・・・・・」

「帝斗、、、、、、」

「ふふ・・・・何て顔してるんだ・・・・・

ホントだって!ちょっとロマンチックだよね・・・・こんな海なんかで夕陽見てるとー。

紫月かっこいいし、こんなことしたい女の子はウチのサークルにもたくさんいるんじゃないかな?

僕ひがまれちゃいますよね〜・・・・・あははは・・・・・・・」





そんなふうに微笑ってくれた、、、、、



紫月は昔を思い出しながらその耳の奥にはいつまでもそのときの帝斗の笑い声が響いて止まなかった。