CRIMSON Vol.64
「紅、、、、、、ねえ紅、、、、、家へ帰ろう、、、、、、、」

「え・・・・・・・・?紫月・・・・・・・・・?」

「家へ帰りたいよ、、、、、、お願いだ、、、、、、、、」

「紫月・・・・・・いいの?」

「うん、、、、、、もう、、、此処にはいたくない、、、、、、、、、」



紫月−−−−−



突然の言葉に紅月は戸惑い、だがとにかく紫月が自分からそう言うのだからとりあえず邸へ帰ることに

したのだった。

家へ帰れば白夜とも連絡が取れるだろうし今後のことは自分ひとりではどうしようもない問題のようにも

思えて、とにかく白夜に会って話し合わなければならないとそう思いながら家への道を急いだのだった。

帰りは紅月がハンドルを握り、紫月はその隣りに座りながらも軽く紅月の肩に寄り添うようにしていた。

一見、行きとはまるで逆のシチュエーションのようにも見えたが二人の心中は実はまるで変化を遂げては

いなかったのである。

紫月はおとなしく傷心を装いながらも俯いた瞳だけはギラギラと次なる企みに笑みを讃えていた。

そんなことを微塵も知らずに紅月は先のことに不安げに同じ形の褐色の瞳を揺らしていたのだった。















二人が一之宮の邸へ戻ると執事の若林が慌てたように出迎えた。

何も言わずに姿を消してしまった二人を心配して邸はちょっとした騒ぎになっていたようで、

けれども若林の叱咤と心配の混じった言葉の中に思惑通りの内容を聞き取ると、紫月は人知れず

うれしそうに笑みを漏らしたのだった。



「坊ちゃま方っ、、、どちらへ行っていなすったっ!?皆心配申し上げていたのですよっ!

紅月坊ちゃまには白夜さんから何度も連絡がありましたしっ!」

紅月も又、若林のその言葉にはほんの一瞬頬を染め胸が高鳴っている様子で、そんな様を横目に

見ながら紫月はにやりとしていた。

そしてまるで気使うようにひっそりと自室へ引き上げてしまったのだった。



その後紅月は紫月を気に掛けながらも自室へと急ぐと、すぐさま白夜のもとへ電話を入れた。

懐かしい声を聞き安心し、その安堵感に涙までもが零れ出した。白夜は詳細を聞くと、とにかく

一之宮の家へ向かうからと言って電話は切られたのだった。

とりあえず3人で会って直接話し合おうという白夜の言葉に紅月は安堵感でいっぱいになっていた。

そして白夜が来てくれるという安心の前提の下で、紫月の様子を窺いに彼の部屋を訪ねたのだ。

それらがすべて紫月の思惑であるなどと、このときの紅月には想像さえもし得なかったのである。





「紫月・・・・・・・?入るよ?具合はどう?」

少し遠慮がちに、だが安心感に包まれたような声を出しながら近付いて来る足音を、紫月は黙って

聞いていた。

深く椅子に腰掛けたままどこを見るともなく瞳を漂わせ遠く目をやる・・・・・・・・

そんな紫月の肩に紅月の手が触れられた瞬間にぎゅっとしがみ付かれて思わず声をあげた。

「紫月っ!?」

「ねえ、、、、、紅、、、、、、、お願いがあるんだ、、、、、、

お前が白夜って奴のことを好きならもうそれでいい、、、、、、俺は身を引くよ、、、、、、

だから、、、、、だからせめて最後のお願いを聞いてくれないか?」

そんな言葉に紅月は信じられないといったように驚きで大きく瞳を見開いたまま立ち尽くしてしまった。

素直に紫月がそんなことを言う・・・・・・・

そしてもうすぐ此処に白夜もやって来る・・・・・・・・・

申し訳ないとも何ともいえない奇妙な気持ちで紅月は戸惑った。

けれども紫月は真剣のようで、自分の腕を捕ったまま切なそうに見上げてくるのに心が痛んだりもしていた。



「お願い紅、、、、、

お前が幸せになれるんだったらもうそれでいいよ、無理にお前を縛って引き止めても辛いだけだ、、、

だから、、、、せめて、、、、

せめて最後に一緒にお茶をしたいんだ、、、、、

お前とお揃いで買ったティーカップで、、、、お前の育てた薔薇で作ったローズティーを

ご馳走してくれないか?

俺の為に育ててたっていう、、、、あの紫の、、、、薔薇の、、、、」

切なそうに、けれども僅かに苦笑しながら紫月はそう言って紅月にしがみ付いた。

紅月はたまらない気持ちに心をえぐり出されるようになりながらも紫月の申し出を受け入れようとしていた。

それはどんなに紫月に対して申し訳ないという思いが強くても白夜を諦め切れないという、

言うなれば紅月の自我を捨てきれない選択でもあった。

こんな思いをさせて、それは元はといえば自分のせいでも充分あるわけで、けれども紅月にはどうしても

白夜を諦めて紫月と共に歩む道が選んでとれなかったのである。

元は自分の我が侭だった。

最初に紫月を想って彼の創り上げた生活を壊したのも自分だ。

帝斗との間に無理矢理入り込んで紫月を奪い、取り戻したのも。

紫月の築き上げた幸せを破壊し、帝斗を傷付けたのも。

そうまでして押し通した我が侭に応えて自分の元へ戻ってくれた紫月に対して自分は何て残酷なことを

しようとしているのだろう?

そんなことが頭の中を駆け巡り・・・・・・・

けれども紅月には自分を抑えて白夜を忘れてしまうことは出来なかった。

それは無意識ではあったが、結果的には最後の最後まで我が侭を押し通そうと願った紅月の

哀しい性だったといえようか?その後に迫り来る怒涛の渦のことなど予測出来得ずにいたのも運命であった。



紅月は切なく苦しく瞳を揺らしながらも言葉だけは都合のよい方について出た。

「紫月ごめんね・・・・・本当に・・・悪いと思ってる・・・・・本当に・・・・・・・」





ごめんね−−−−−





言葉とは何と都合のよく出来た産物か?

申し訳無さそうに頭を垂れるその様を冷ややかな瞳で見詰めながら紫月はローズティーの葉を

ポットに入れた。

カチャカチャと鳴るティーカップの音も心に痛い。

紅月は茶の支度をする紫月の様子を見ていられずに思わず滲み出した涙を拭うと、その場から

逃げるように窓辺へと歩を進めた。

窓から見下ろす庭園が午後の日差しにやわらかに染まっている・・・・・・

もうすぐ白夜がやって来るだろう・・・・・・・

早く彼に会って一緒に紫月に謝りたい、そんな思いでぎゅっと唇を噛み締めれば背後から力無い声が

紅月を呼んだ。





「紅、、、、、お待たせ、、、、お茶が入ったよ、、、、、、、」