CRIMSON Vol.58 |
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紅月が白夜と甘い幸せのときを重ねている間も紫月の方は重たい気持ちを抱えていた。
紅月との間に酷く深い溝が出来てしまったようで、彼が何を考えているのかも解らずに紫月は独りで
苦しんでいたのだった。
レコーディングだと嘘をつき、プロダクションの自室に寝泊りをしながら心が晴れてくれることはなかった。
そんな紫月の様子を帝斗は心配そうに見守っていたが、彼の心も又すっかりとは晴れなかった。
例の事件以来、紅月の元に紫月を返してからというもの表面上は明るく取り繕ってはいたが、
心の中には言いようのない気持ちを抱えていた。
穏やかで思いやりのある性質の彼であったが、やはり愛する人を紅月に引き渡してからはそれなりの
深い傷が心を苛んでいたのは確かであった。
もう陽が傾き出した午後の屋上で、金網に寄り掛かりながらぼうっと佇む紫月の後ろ姿にポンと
色白の手が添えられて。
「帝斗っ、、、、、」
「ああ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
うっすらと微笑みながらそんなふうに謝った帝斗の表情も心なしか苦しそうに翳っていて、重苦しい表情で
沈黙している紫月と見詰め合った瞬間に二人は互いに切なそうに瞳を揺らした。
「どうしたんですか?こんなところで。」
「いや、、、別に、、、、、、ちょっと景色を見てただけ、、、、」
「そう?ならいいけれど、紫月このところ元気ないようだから気になっただけ・・・・・」
「元気ない、、、、?俺、、、、、?そう、、、、、」
「ええ、何か沈んでる感じだよ・・・・・・」
「そんなことねえよ、、、、、ただちょっと作曲が上手く浮かばなくて、、、、」
まるで嘘を言う紫月の様子に帝斗は切なそうに瞳を歪めた。
「ね、紫月・・・・・そういえば紅月さんは元気ですか?」
「こっ、、、、、、紅月、、、、、、、、?」
「ええ、いいんですか?このところずっとこっち(プロダクション)にいるから・・・・
心配なさってるんじゃないかって・・・・
ああ、余計なことでしたか?」
「いや、、、、いい、、、別に、、、、、元気だよ紅月、、、、、お陰様、、、、で、、、、」
「そうですか・・・・・・」
それ以上は会話も続かずに、仕方なく帝斗はその場を去ろうとした。
「じゃあ・・・・風邪を引かないように気をつけてください。夕方になるとまだ少し春風が冷たいから・・・・・」
そう言った瞬間に突然に腕を掴み上げられて帝斗は驚いたように振り返った。
だが掴んでしまった紫月の表情も驚愕というように揺れていて・・・・・
「紫月さん・・・・・・?どうかした・・・・・・?」
「帝斗、、、、、、俺、、、、、、、、、」
切なそうに、縋るように褐色の瞳が陽に透けた瞬間にぐいと引き寄せられ唇を奪われて、
帝斗は驚いて瞳を見開いた。
「紫っ・・・・・・・!!?」
「帝斗っ、、、、、あ、、、、、、、帝っ、、、、、、」
抱き締める腕が僅かに震えていた。
無理矢理のように押し付けられた唇も乾いたまま辛そうに眉を顰めていて・・・・・・
「紫月・・・・・・・・・」
荒い吐息を整えるように俯く紫月の様子に帝斗はふいと腕をまわすと、穏やかにその身体を
抱き締め返した。
その瞬間信じられないような言葉が囁かれ、、、、、、
「帝斗、、、、、、、」
「うん?何・・・・・・・・・?」
「ヤらせて、、、、、、」
「えっ・・・・・・・・!?」
予期しないそんな言葉に不思議そうに紫月の顔を覗き込んだ。
「だからっ、、、、ヤらせろって、、、、、言ってる、、、、、
お前と、、、、ヤりてえんだよっ、、、、セックス、、、、、っしてえって言ってんだ、、、、、」
どん、と金網に押し付けられて腰に手を回され、強引に怒ったようにベルトを解かれて・・・・・・
おもむろにスラックスの上から性器を弄られ、それでも帝斗に焦った様子はなかった。
それどころか突然に牙を剥いたような紫月の肩に顔を埋めると、
「いいよ・・・・・抱いて」
穏やかな低い声でそう言った。
そんな様子に紫月は一瞬酷く傷ついたような表情をすると、だがすぐに癪に障ったようにきっと瞳を
引きつらせて乱暴に帝斗の手を捕ると非常階段を駆け下りて自室のベッドルームへと連れ込んだ。
逸ったようにスーツの上着を投げ捨てて、同じように帝斗の衣服をも剥ぎ取ると、じれったそうに苛々と
ネクタイを解いてワイシャツのボタンが弾けて飛ぶ程に引き裂いた。
露になった胸元に顔を埋め、意外にも薄い色の胸元の花びらを目にすれば言いようのない気持ちが
込み上げた。
その昔、何度この花びらを撫でたことだろう?
そんなに遠い過去のことなんかじゃない、、、、、
ほんのつい最近まで自分はこの胸を愛でて心地好い欲望と幸せに浸っていたというのに、、、、、
「畜生っ、、、、、、どうしてこんなっ、、、、、、、、」
「紫月さん・・・・・・?どうした・・・・・・・・」
引き裂かれたシャツを乱したままで、心配そうに自分を見上げて身体を起こした帝斗の様子が
そんな思いに一層拍車をかけた。
穏やかに何の抵抗もなく、反抗もせずに言いなりになる帝斗のやさしさが痛かった。
深く心臓をえぐられる程に痛かった。
まるで傷ついている自分のことをすべて解っているのにあえて何も訊いて来ない、そんな存在に
ちょっとでも心を許せば一気に崩れて甘えてしまいそうな自分が嫌だった。
勝手に帝斗の元を去って紅月と一之宮の家に帰ったにも関わらずに相も変わらずやさしく包まれて
しまうのは許せなかった。むしろふざけるなと詰ってくれた方がどんなにいいか。
紫月はたまらずに拳を握り締めると、ベッドの上に腰掛けたままで泣き崩れてしまった。
後悔、不安、焦燥、自己への嫌悪感、そんなものをすべて吐き出すように唇を噛み締めては俯いた頬を
何筋もの涙を伝わった。
肩を震わせ何かに耐えるように泣いている姿を目の前にして、帝斗もやはり辛そうに表情を翳らせた。
「紫月さん・・・・・・」
そっと辛そうに震わせている肩を抱き寄せればなだれ込むように縋りつき、だがすぐにハッとしたように
紫月は寄り添わせた身体を突き放すと、
「放せよっ、、、、、」
まるで迷惑そうに、乱暴に、怒鳴りつけるようにそう言ってやさしく差し伸べられた手を振り払った。
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