CRIMSON Vol.5
「じゃあ又来るからね?紫月、ちゃんとご飯食べるんだよ?忙しいからって睡眠もちゃんととらなきゃ

だめだよ?今度逢えるときまでちょっと寂しいだろうけど我慢するんだよ?じゃあね・・じゃあね・・・・」





何度も何度もヘーゼル色の髪を撫でながら紅月は同じような言葉を繰り返して去って行った。

大きなベッドにうつ伏せたまま紫月は起き上がることさえもできなくて、紅月と瓜二つの褐色の瞳は

呆然と見開かれたまま視線は力を失くし、ただただ空を漂っているだけだった。

無意識に大粒の涙がつうーっと頬を伝わって・・・・

と同時に過去の様々な出来事が思い出されたのか大きな瞳からは止め処なく涙が零れて落ちた。








品のいい音と共に地下から上がってきたエレベーターの扉が開いた感覚に帝斗はぎょっとしたように

そちらを振り返った。

大きなソファーには傷付いた倫周を寝かし付け、大切そうにそれを守るかのように側で腰を下ろしていた

帝斗は はっとしたように振り返ると、そこには真っ黒な髪の紅月がゆったりと微笑みを讃えて現われた。



「ああ粟津くん、、、だったよね?久し振りだね、君のことは知ってるよ。よく家に来てたよね?

さっきは済まなかったね。」



「あの・・・紫月さんは・・・・?」



心配そうにそう問う帝斗にくすりと微笑んで・・・



「紫月?うふふ、、、まだ下(地下室)で寝てるよ。ちょっと疲れたんだろう?久し振りだったしさ、

それにあいつは欲求が激しいからさ、、、、」





あ、、、





「あはは、やだなあ僕ったら何言ってんだろ? ふふふっ、、、、とにかく紫月は疲れてるからって。

もうちょっと寝かせといてあげてね?じゃ、失礼。」

うれしそうにそんなことをまるで独り言のようにべらべらと言い放って部屋を出て行った、そんな

後ろ姿に言い知れぬ不安が広がって、帝斗はすぐさま倫周を揺り起こすと一目散に地下室へと向かった。















「紫月さんっ・・・・・・!?」





ベッドの上に死んだように横たわる、見慣れたはずの大きな背中は惨い位に血だらけに染まっていた。

「どうしたんですかっ・・いったい何がっあったんですっ!?」

慌てて駆け寄る足取りも縺れそうになりながら帝斗は驚愕の思いに言葉さえも乾いてしまったというように

硬直してしまった。





「紫月っ、、、、、」





帝斗に連れて来られた倫周もそのあまりの事態に口元に手を翳したまま身動きさえ儘ならないようで。

そんな2人の驚きと哀しみの感情が伝わったのか、閉じられていた褐色の大きな瞳が僅かに開かれた。





「ああ、、帝斗、、、倫、、、、」





そう言ったと途端に何かに突き動かされるように大きな瞳を見開くと縋るように倫周に腕を差し出した。

「倫、、り、んっ、、、、大丈夫、、、、、なわけねえ、、よな、、、、ごめっんっ、、、、、

ほんとにごめんよ、、お前を守りきれなかった、、、酷い目に遭わせちまった、、、、俺、、俺がっ、、、」





ごめ・・・・ん・・・っ・・・・・・・・・・





ぽろぽろと涙の粒が頬を伝う。倫周は紫月のベッド脇まで駆け寄って跪くとぶんぶんと大きく首を横に

振った。

「いいんだっ・・・俺はぜんぜん平気っ・・・もう平気だから・・・・でも・・でも・・・・

紫月がっ・・・こんなになっちゃって・・・・」

それだけ言うともう言葉にならずにぐすんぐすんと泣き崩れてしまった。





「ごめん、、倫、、、、ほんとに、、、許しておくれよ、、、、、」

身体はうつ伏せたまま動くことさえ辛そうに顔だけをようやく倫周の方に向けると衝撃に耐え切れないと

いったふうに紫月はそう言った。

「いいの・・・もういいのっ・・・・・だからっ・・・早くよくなってっ・・・・」

そんなふうに言って自分に縋り付いてくる、すぐ側の若者を愛しいと思わずにはいられなかった。







さんざんに泣き疲れて眠ってしまった倫周を傍らに置きながら帝斗は静かに紫月の傷の手当てを

施していた。

帝斗は格別に何も口にせず、そんな気配りが永年一緒に歩んできた自分たちの絆の深さを物語って

いるようで紫月は深い感謝の気持ちとともに今まで黙っていたことを口にした。





「双子なんだ、紅月と俺。そっくりだろ?今まで双子の兄弟がいるなんてお前には黙ってたんだけど、、、」

「紫月さん・・・・?」

突然に発せられた言葉に帝斗は少々ぼんやりとしたような瞳を向けると不思議そうな顔をして、

ほんの僅かに首を傾げた。










「俺はさ、ずっと紅月と、、、、お前に会うずっと前から俺は紅月と、、、、おかしいだろ?兄弟でなんてさ?

ふふ、、、初めてんときは、、何時だったかな、、、中学くらいだったな。

何であんなことになったんだろ、、、

昔から紅月は俺のことが好きだったのは知ってたんだけどさ。

周りからもすごく仲のいい兄弟だって言われてて。俺だって紅月が好きだった。

でもあいつの方はそんな普通の”好き”とは違ってたみたいでさ、、、

何かの拍子にたかが外れちまったんだな、若かったし興味もあったしで。

俺と紅月はまるでゲームみたいにそれに夢中になっていった。セックスすることに夢中で、それしか頭に

入らなくなって、、、、ずっとそんなふうに2人で溺れてた。

だけど、、、

歳がきて、俺もあいつも大学に進んでセックスにも慣れてきて、、、正直俺がそんなことに

飽きてきた頃、あいつの方はぜんぜんそんな気持ちになれなかったらしくてさ。

だってもともとは俺はただ若気の至りでセックスできりゃあそれでよくって、、、それ以上別に何も思って

なんかなかったんだ。時期が来たらお互いにこんなことにも飽きてきて、そうしたらやめりゃいいって

気軽に考えてた。

だけどあいつは違ったんだ、、、あいつは初めから俺のことが好きで抱いてたんだ。

それが解ったとき俺は正直怖くなった。あいつの深過ぎる感情が怖くって、

いつもいつもどこからか俺を見つめてる自分と同じ褐色の瞳が恐ろしくって。

それで俺は家を出たんだ。

大学卒業してからも家に帰らなかったのは、勿論お前と一緒に音楽の道でやっていきたいって思いも

本当だったけどそれだけじゃなかったんだよ、、、

俺はあの家へ、、、、

一之宮家へ帰るのが怖くて、紅月と一緒のあの家に住むのが恐ろしくって、、、、

もう忘れてたのに、、、、

紅月だってもうそんな昔のこととっくに忘れてるもんだと思ってた。

一応あいつが長男だったし一之宮財閥を継いで幸せにやってるんだろうなんて、気楽に考えてた、、、

俺のせいで、、、倫まで巻き込んじまったっ、、、、帝斗っ、、俺はっ、、、、、」










苦しそうに思いを吐き出すようにそう言って泣き崩れてしまった紫月のヘーゼルの髪をやさしく

撫でながら帝斗は呟くように言った。





「もうあなたに辛い思いはさせませんよ。無論 倫周にもね。これからは僕が守って行きます。

あなたを、そして倫周も。誰にも邪魔はさせない。僕たちのこの楽園を誰の手にも穢させはしない・・・

これからは・・絶対に・・・・・」





意思のある瞳をきっと、見開くと次の瞬間ふいと瞳を細めて帝斗は大切なものを愛しむように紫月と

倫周を見下ろした。