CRIMSON Vol.53
長い指先がライターを弾く、春風の悪戯に揺れているカーテンに少々手をやきながらふいと煙を

吸い込む仕草が瞳に焼き付いて・・・・・・

時折邪魔そうに掻き揚げる黒髪は少し伸びているようで、セットもされていないのかサラサラと風に

靡いている。

深く煙を吸い込む仕草も、指に挟まれた煙草の持ち方も、それを銜える唇も、

そんなすべてが一瞬で全身を高揚させた。

どきどきと心臓は破れんばかりに高鳴り出して熟れた頬には震えまでもが伴うようで・・・・・・

窓を見上げる紅月の瞳がもう耐え切れないというように潤んで揺れたとき、ふと窓の下を見下ろした視線が

その存在を捉えた・・・・・・・

黒曜石の切れ長の瞳が驚いたように見開かれ。





「紅月さまっ、、、、、、、!!?」





一瞬硬直し、だがすぐに窓辺から姿を消すと少しの後慌てたようにして階段を駆け下りる音が聞こえた。

立ち竦んだまま動けずにいた紅月も又、その慌しい雰囲気に揺り起こされるようにハッと瞳を見開いた。





「白夜・・・・・・・・・っ・・・・」





「紅月、、、、さま、、、、?どうして、、、、、、此処に」

互いにきょとんと瞳を見開いたまましばらくは呆然となったように見詰め合っていた。

「あ、、、の、、、、こんなところでは何ですからよろしかったら上がってください、、、、、」

ようやくと放たれたその言葉に2人は我に返ったように互いから視線を外すと同時にふいと頬を染めた。

そのまま義務的に無言のままで階段を上がり辿り着いた扉を開ければ、先程からの春風が部屋の中を

心地よく吹き抜けた。明るい午後の日差しが燦々と降り注いでいて・・・・・・・





「ご、ごめん・・・・急に・・・・・・・ちょっとそこまで来たものだから・・・・・・・

その・・・・・若林(執事)に手紙を見せてもらってお前の住所この辺だって・・・・・思ったから・・・・・」

しどろもどろになりながら紅月は下を向いたままでそんなことを言っていた。

そんな様子に白夜の方はまだ現実が掴めないといったように瞬きを繰り返しては不思議そうに瞳を揺らした。





「あの・・・・・迷惑だった・・・・・・?急に来て・・・・・・・・・

髪も・・・・伸びたんだ・・・・・・・・長いから分からなかった・・・・・・・」



どうでもいいことが口をついて出る。



「あ、え、、、ああそうです、、、、少し伸びて、、、、、、

あっ、、、、セットもしてない、、、から、、、、、、、」

白夜はようやくと我に返ったように頭に手をやると照れくさそうにしながら伸びた髪を撫でた。

「うん・・・・・ごめん・・・・・・驚かせてしまったな・・・・・・・・

別に・・・用はない・・・んだけど・・・・・あの・・・・・・

元気だったか・・・・・・・?」

紅月も又、ようやくの思いで何か会話の内容を探しているようだった。

「あ、、、、、ええ、、、、元気です、、、、お陰さまで、、、、、、

あっ、、、、ああ、、、それより何かっ、、、、何かお飲みになられますか?  い、今お茶を、、、、、」

白夜は慌てたようにそんなことを言うとキッチンらしき部屋に引っ込んで行った。

カチャカチャとティーカップを揃える音を小さく聞きながら、紅月は先程白夜が佇んでいた窓辺へと

歩み寄った。

「あっ・・・・・・」

やわらかい春の日差しの中に見慣れた風景を目にして紅月はようやく緊張の糸をひとつ解くかのように

ふうっと深く溜息をついた。








「紅月さま、お茶が、、、、、」

部屋に戻って来た白夜の気配にふいとそちらを振り返りながら微笑んだ。

「ねえ白夜、ここから赤煉瓦倉庫見えるんだな?」

「え、、、、?ええ、、、、はいそうです、、、、」

そんな会話が何だか普通で心地よく2人は初めてお互いを落ち着いた視線で捉え合うことが出来た

かのようだった。

机の上に大きく散らばった書類に紅月はふいと微笑んで。



「あ・・・・ちゃんと勉強してるんだ?弁護士の。」

くすくすと笑みさえ浮かべながらそんなふうに聞いた。

まるで違和感のなく微笑を交し合う、こうしているとまるで以前となんら変わりのない気すらしていた。

まだ白夜は秘書でいつでも自分の側にいるようで。

「そこ、座ってもいい?お茶・・・・もらおうかな?」

「え?ああ、、、、はいどうぞ、、、、」

白夜は慌てて紅月にソファーを勧めると、自分も隣りに腰を下ろしてはまだ不思議そうに瞳を

泳がせていた。

紅月の方は落ち着きを取り戻せたのか、案外普通に出された紅茶を口にして、そんな様子を

ぼんやりと瞳が追い掛けていたが、ゆっくりとティーカップを置く頃には白夜の方もだいぶ落ち着いた

ようで、目の前の懐かしい存在にふいと瞳を細めたりしていた。



「元気そうで安心したよ・・・・・・勉強もちゃんとしてるみたいだ」

「紅月さま、、、、、あの、、、、、、その節は本当に勝手なことをして、、、、」

「いいんだ・・・・・

もう・・・・いい・・・・・・・

お前が元気でやってるんだったら・・・・・・・もう・・・・・・」

紅月は白夜の言葉を留めるようにそう言うと、少し切なげに瞳を揺らしたが、すぐに又微笑むと

散らばっている法学の分厚い本やらを手にとってにっこりと微笑んだ。

「ねえ、難しそうこれ!お前こんなの見て分かるんだー・・・・・すごいな・・・・・ちょっと尊敬・・・・・

僕は全然ダメだから・・・・・細かいことはいつもお前に任せっきりだったし?」

「紅月さま、、、、、」

ようやくと普通に始まった会話にほんの少しの安堵感を覚えながら白夜も又思っていることを口にした。

「紅月さまもお変わりなくて、、、、、そういえば新しい秘書の方は決まったのですか?」

「新しい秘書ー・・・・・・? うんん、まだ・・・・・・・まだだよ・・・・・・・・」

「そうですか、、、、それじゃ今お忙しくて、、、、、、」

そう言い掛けて。

「秘書なんかっ・・・・・もういらないっ・・・・・・・」

少しの強い語尾に止められた。

白夜は驚き、会話も一瞬途切れそうになって。

「あ・・・・ごめん・・・・悪い意味じゃないんだ・・・・・・・

秘書は・・・・今のところ必要ないから・・・・・・若林(執事)もいるし、昔からの父さんのブレーンで

充分だっていうのもあって・・・・・・・それに・・・・・・・・」



それに−−−−−−?



「秘書なんか・・・・・・・又一から教えるのも大変だし・・・・・・・・第一・・・・・

僕は人見知りだ・・・・・・・お前以外の秘書なんか・・・・・・馴染むのも時間掛かるんだし・・・・・・」

「そうです、、、、ね、、、、」

「秘書なんか・・・・・・・・」





お前でないなら−−−−−





「もういらない・・・・・・・」





そう言った紅月の瞳が僅かに潤んで見えたのは見間違いか?

白夜は寂しげに背を向けてしまった肩先にどうしようもない気持ちが湧き上がってくるのを必死で

抑えるようにぎゅっと唇を噛み締めた。