CRIMSON Vol.51
「ねえ紫月・・・・・愛してよ・・・・・・

もっともっと・・・・・・正気じゃいられなくなるくらい・・・・・・・

抱いて・・・・・僕を・・・・・ずっと抱いていて・・・・・・・・肌も切っていいよ・・・・・

お前がしたいって思うことを何でもするから・・・・・僕を独りにしないでくれよ・・・・・僕を・・・・・

正気でいさせないで−−−−−」

そんな言葉を繰り返し、そのくせ瞳は自分を通り越した別の何かを見ているようで、紫月は少しの

戸惑いの中にあった。

最初ただの気まぐれだと軽い気持ちで快楽に溺れていた紫月が、紅月の異変に気付いたのは

その夜から一週間もしてのことだった。

毎夜繰り返されるワルイ悪戯、肌を傷つけることで深く快楽に溺れ合う、、、、

若き日に共有した独特のスリリングな感覚を、互いの気持ちを確かめ合った現在にわざと軽い遊び心で

嵌ってみた甘い遊び。紫月はそういうつもりで紅月の言うままに付き合っていた。

けれども日を追うにつれて紅月の様子がどこか変なことに疑問を抱き始めてしまう。

夜毎に重ね合う快楽のひとときに感じるぞっとする程の無感情な瞳、

言葉では自分を求め、見詰め合い、抱き合い、

けれども自分を見詰めているはずの紅月の瞳がどこか虚ろに感じられ、それはまるで自分ではなく

他の何かを求めているようにも感じられて、紫月は不安な心持ちになっていた。



訊いてしまえばいい、、、、、



何かあったのかと。

自分がレコーディングで留守にしていた僅かの間に何か衝撃を受けるようなこととか、

或いは仕事上の悩みでもあるのかとか、、、、

けれども紫月にはそれを訊き出すタイミングが持てずにいた。

夜になると必ず共のベッドで身体を重ね、そのまま一緒に眠りにつくという行為を繰り返しながらも

どうしても肝心なことが訊けずにいた。

それは紅月に有無を言わさないというような雰囲気が漂っていたからで、それは格別威嚇したとかいう類の

ものではなかったにしろ、何ともいえない近寄り難い雰囲気に紫月は酷い隔たりを感じてならなかった。

思っていることを伝えられない、、、などということは今まで無かったのに、、、、、

どちらにせよ紅月の無感情な飄々(ひょうひょう)とした感じが酷い違和感となって紫月の心を重いものに

していたのは間違いなかった。





いつもの蒼い闇に包まれたベッドの上で紫月は恐る恐る紅月に視線を向けてみる。

「なあ、、、、紅さ、、、、」

「なあに紫月?」

思い切って掛けた言葉にもやはり無感情のような奇妙に明るい返事が返って来て紫月はぎゅっと

唇を噛み締めた。

もう我慢も限界だった。

原因が解らずに抱えている心の暗雲の重さに耐え切れず紫月は思っていることを口にした。



「な、なあ紅、、、、、お前、、、、なんか悩みでもあんの?」

「え?」

「だからっ、、、、、何か悩んだりしてるんだったら一人で抱え込んでねえで何でも俺に、、、、」

「何言ってんの紫月?」

紫月は起き上がり少々声を荒げて興奮していた。

だが紅月はそんな様子にも不思議そうに首を傾げて見せるだけで、まるで一方通行で感情が噛み合わない。

紫月は見えない恐怖に怯えるように少し声を荒げていた。

「だから、、、、何かお前っ、、、このとこ変じゃねえかって、、、、思って、、、俺、、、、

何か悩んでたりするんだったら言ってくれれば、、、、、」

懸命に心のままを口にした。

けれども返って来たのはやはりぞっとするような無感情の瞳と明るい言葉だった。



「何もないよ?悩みなんて・・・・・・そんなふうに見える?僕。どっか変かなあ・・・・・・?」

にっりと笑みまで伴い緩んだ口元が恐ろしげに感じられて、紫月はその場に凍りつく思いに駆られた。





紅月の本心がまるで見えない−−−−−

何を考えているのかも解らない−−−−−





そんな恐怖と不安が瞬時に心の中で入り混じっては乱していった。

それらを更に掻き毟るように囁かれる明るい声色が耳に苦しかった。

「そんなことより愛し合おうよ・・・・・・

何も解らなくなるくらい溺れたいな・・・・・又肌を切ってみようか?

今日は僕?それとも紫月の?

どっちでもいいよ・・・・・気持ちいいことに変わりはないさ。

ねえ紫月・・・・・早く・・・・・・愛して・・・・・・・早く・・・・・ココ・・・・舐めて欲しいよ・・・・・・

お前の舌で舐められて、気持ちよくなって、気が違うくらいっ・・・・・・愛されたいよ・・・・・

何も・・・・・・

解らなくなるくらいに・・・・・・

何も・・・・・見えなくなるくらいに溺れたいんだ・・・・・・・」





ねえ紫月、、、、僕を正気でいさせないで−−−−−





絡み付いてくる腕の感覚に背筋の寒くなる思いがしていた。

されるがままの人形のように紫月は動けず抗えず、、、、硬直したまま仰向けになっているだけで。

そうして肌の切り裂かれていく感覚が、

生温かい液体が肌の上を伝う感覚が、

重ね合った肌のヌルヌルと滑る感覚が、

狂気の世界を生み出して、、、、、

そっと耳元を掠め始める嬌声が酷い恐怖感となって全身を硬直させる。

そんな日々を重ねていく毎に、ともすれば気が違ってしまいそうな程、紫月は追い詰められ病んでいった。





ああ、、、、誰か、、、、、助けてくれ、、、、、、、

恐いんだ、、、、、、紅月と一緒にいることが、、、、、

毎夜共に過ごすこの時間から逃げたくて仕方なくて、、、、、、、

紅月が何を考えているかまるで解らない、、、、、

何をされるかも、、、、、解らなくて恐くなる、、、、、

もしかしたら悪戯で浅く肌を傷付けているそのナイフの刃が、いつかは深く俺を突き刺すようにも思えて

恐怖が消えない、、、、

嫌だこんな感覚、、、、、紅月を疑うなんて、、、、、

紅月に何をされるか解らないなんて思うこと自体が苦しくてならないよ、、、、、

急激に変わってしまったお前に何があったのかも訊けずにずるずると時ばかりが過ぎていく、、、、

こんなこと、、、、もう疲れた、、、、、

安心して眠りたい、、、、いつ何をされるかと不安に駆られながらいるなんて、、、、

耐えられないっ、、、、

誰か俺を助けてくれよ、、、、誰か、、、、

誰か、、、、、、





帝斗っ−−−−−−





無意識に思い浮かんだ帝斗の顔に、紫月の瞳を言いようのない潤みが満たしては静かに頬を伝わった。