「そんなにあいつらがいいのか、、、、?

あんなこと、、、、又させられるんだぞ?

毎晩不安と戦いながらいやらしい客に舐めるように見られるんだぞ?

お前、、、、嫌だったんだろ?だから突っ掛かってきたんだろ?俺がバイト始めた頃、、、、、

あんなことしてる姿を会ったばかりの俺に見られんのが嫌で荒れてたんじゃねえのかよ?

いつも辛そうにしてたじゃねえかよ、、、、、

危ない目にだって遭ったんじゃねえかよっ、、、、

二度とっ、、、、取り返しのつかねえことにだって、、、、なりかけたじゃんかよっ、、、、、!

なのに、、、、又そんな世界へ戻りてえっていうのか?あんな、、、、危ねえことだらけの、、、、、

本気で言ってんのか!?」

遼二は声を荒げて、けれども顔を覗き込んで来る瞳は真剣そのものだった。

真剣に自分を心配してくれているのが痛い程に伝わってきた。

そんな気持ちも有り難く、倫周は戸惑い揺れていた。

けれども根底にあるものはどうしても変えることが出来得ずに。

「ごめんね遼二・・・・・・

遼二の気持ちすごくうれしい・・・・・言ってくれてることも・・・・よく解るんだ・・・・

でも・・・・・でも俺には・・・・・

捨てられないんだ・・・・・・

危なくても、

汚くても、

もしかしたら遼二の言うようにこの先も酷い目に遭うかも知れないって解っていても・・・・

だめなんだよ・・・・・

だって・・・・・

俺の家はあそこなんだ・・・・・

あの汚いテント小屋が・・・・・

俺の本当の居場所なんだよ・・・・・・

だから・・・・・ごめん・・・・・

俺は・・・・・本当にいるべき場所に帰るよ・・・・・

今までよくしてもらってありがとう・・・・・

少しの間だったけど信じられないような贅沢な生活させてもらって、本当にうれしかった・・・・

幸せだった俺・・・・・遼二には・・・・・・・

本当に感謝してる・・・・・本当にありがとう・・・・・・・」

俯き、けれどもはっきりとした意思を持ってそんなことを言う倫周に、遼二は言葉も返せずに。





「わかった、、、、、、帰れよ、、、、、」

「遼二・・・・・!」

「帰れよ、あいつらのとこへ、、、、、けど、、、、、

だけど、、、、、

俺も一緒に行くっ、、、、」

「えっ!?」

「一緒に行ってあいつに訊きてえことがあるんだ、、、、、それを訊いたら、、、、

それで俺が納得出来たら、、、、本当にお前をあいつらのもとへ帰してやるよ、、、、

でも納得出来ねえ答えが返ってきたら、、、、そのときは又お前を連れて此処に帰って来るぜ?

いいな、、、、?」

「遼二・・・・・・」

倫周は遼二が何を訊きたいというのか、ということとは又別にしても、とにかくテント小屋に帰れるという

安心感のようなものにほっとしながらも大きな瞳を見開いては目の前の遼二の様子を不思議そうに

見詰めていた。



「それじゃ、、、、ぼうっとしてねえで今から行くぜ!」

「わっ・・・・・遼二ー・・・・・」

強引に手を引かれ、思えば紫月らのもとを離れて来たときもそうだった。

あのときも急にアパートを出て行こうという遼二に強引に手を引っ張られながら此処まで

連れて来られたんだったっけ。

倫周はほんのひと月前のことが遠い昔のことのようにも感じられて、不思議な感覚に捉われていた。

瞳の中を飛んで行く景色もあのときと同じで。

ただ違うのは抱えている気持ちが寂しさではないということを倫周は自覚していた。

来るときは酷く不安で、どうしようもない程に寂しく感じられたのに、今はどきどきと胸が高鳴る、、、、、

どんな形にせよ、もうすぐ懐かしいテント小屋に帰って紫月らと会えると思うだけで心は躍るようだった。

隣りでハンドルを握る遼二には申し訳ないと思いつつも倫周は逸る心を拭い去ることは出来なかった。





見慣れた通りが瞳に入る・・・・・・

懐かしい香り、懐かしい電柱の並び、懐かしいテント小屋のボロ屋根が見えたらなら・・・・・

もうアパートはすぐそこに・・・・・・





ガクガクと震える肩を両の腕で押さえながら窓を見上げた。

黒ずんだ蛍光灯の灯りが、、、、、身体中の血を逆流させるかのような感覚に捉われて!

ふいと動いた人影に思わず叫び声がついて出るのを止めることなど出来なかった。





紫月っ・・・・・・・・・!





「えっ!?」

ふと耳を掠めたその声に、何かを片手にしながら紫月は窓の外を眺めた。

そして眼下に遼二の運転してきた車のヘッドライトに映し出された倫周の姿を確認すると、

ほんのひとたび時が止まったように大きく瞳を見開いて・・・・・・

「倫っ!!?」

ひとたびの後、慌てたように部屋の中のものを蹴散らしながら、といったふうな音と共に

次の瞬間にはもともと古いドアが壊れるのではないかという程勢いよく飛び出して、そうして

転げ落ちるように階段を駆け下りて来たのはそれからすぐのことだった。

サンダルも片方をどこかに落として来たというような勢いで立ち尽くし、

ヘッドライトの中に互いを見詰め合う紫月と倫周の姿が浮かび上がる・・・・・・・・





「り、、、、、倫、、、、、、?

倫なのか、、、、、?」

「紫っ・・・・・・・・・」

互いに確かめるように、探り合うように瞳を震わせ手を伸ばす、、、、、

その瞬間−−−−−

「おおーっと待ったっ!」

表通りを行くトラックのエンジン音を背に、大きく両手を開きながら叫んだのは遼二であった。

紫月は驚き、遼二と倫周を交互にきょろきょろと目をやって。

「お前、、、、遼二?遼二くんだろ?」

「そう、、、、今日はあんたに用があって来たんだ。」

「倫、、、、、倫とはずっと一緒にいてくれたのか?あれから、、、、お前たちが2人で此処を出て行った

あの晩からずっと?倫の側で面倒を見てくれてたのか?」

心配そうに、けれども半分安心したようにそう言った紫月の言葉に、遼二は一瞬驚いた表情を

浮かべると、だがすぐにふっと苦笑いのようなものを漏らしながら

「はっ、、、、こいつぁ負けたかな?」

ぽりぽりと頭を掻きながらそんなことを言った。

「え?」

紫月は、そして倫周も言われている意味が今一理解出来ずにふいと不思議そうに首を傾げた。

「いや、、、すまねえ、、、、

ホントはね、あんたに会って訊くつもりだったんだ。こいつ(倫周)のこと、どう考えてんのかってさ?

あんたがあんまりいい加減なようだったらこのままこいつを連れて帰るつもりだったけど、、、、

あんたのさっきの言葉でもう何も言うことはねえって、そんな気がしてきた、、、、、」

「え、、、、?さっきのって、、、、?」

「一緒にいてくれたのか?って言ったろあんた。本当だったらそんなセリフ出て来ないと思うぜ?

一緒に引き摺りまわしやがってって俺を見るなり詰られても仕方ねえのに、あんたは違ったみてえだな?

今のあんたの言葉でどれだけこいつのことを大事に思ってるかってことがよくわかったよ、、、、

俺への嫉妬とかそんなもんを通り越して、こいつの安全だけを祈ってたって、、、、

そう言われてるみてえな気がしてよ、、、、正直負けたかなって?」



「遼二っ・・・・・嫉妬なんて・・・そんな・・・・・・・紫月は別に俺のことそんなふうに思ってなんか・・・」

たまらずに倫周は口を挟んで、けれども恥ずかしそうに俯いてしまった。

「そんなふうにどころか、、、、想いまくってんだろ紫月さん、、、、、

こいつのことを、、、、誰よりも愛してる、、、、違う?」

遼二はちらりと紫月に視線をやりながら上目使いにそう訊いた。

「愛してなきゃ、、、、あんな台詞は出て来ねえよな?

一緒に”いてくれたのか”だなんて、、、、

もしか一緒にいることで俺がこいつに何かしたんじゃねえかとか、そういう心配なんかすっ飛ばして

先ずはこいつが安全であればと願う、そんなあんたの気持ちが痛えくらい伝わってきたぜ?

たった短いさっきのひと言だったけど。」

遼二は紫月の気持ちを代弁するかのようにそう言うと、ふいと腰掛けていた車のボンネットから

立ち上がってすっと紫月に耳打ちをした。小さな声で、2人だけにしか聞えないような声で囁いた。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!?







そんな様子をハラハラと見詰める倫周にちらりと目をやりながら遼二は最後のひと言を伝えるかのように

紫月の肩をポンっと叩いた。

「じゃあな倫周!」

たったひと言それだけ言って、遼二はニヤリと微笑むと高級そうな車へと乗り込んだ。



「幸せになりな!」



そうして勢いよく車を発車させながら手を振ると、瞬く間に賑わうネオンの中へと消えて行った。

「遼二っ・・・・・・!?」

倫周は呆然として・・・・・・

車の轍が巻き上げた砂埃りが静かに納まる頃、ぽつりと取り残されて紫月と倫周は無言のまま互いを

見詰め合った。





「倫、、、、、、」

「紫・・・・・月・・・・・・・・」





どきどきと心臓が高鳴って・・・・・



どうしよう・・・・・

紫月・・・・許してくれるだろうか・・・・・?

俺が勝手に遼二と出て行ったこと・・・・・それに今頃になって のこのこと帰って来たりしたことを・・・・

きっと怒っているんだろう・・・・・・

もしかしたら許してなんかもらえないかも知れない・・・・・

又ここを追い出されてしまうかも・・・・・・もうお前なんかの居場所はねえよって・・・・言われるかも・・・・・

だけど・・・・・・

だけど・・・・・・

その前に一度だけでいいっ・・・・・・

もう一度あなたのその胸に抱き締めてもらえたら・・・・・・そうしたら俺は・・・・・・





ふらりふらりと倫周は歩き出し、唯ひとりの人のもとへと歩を進める・・・・・

考えることなど何もなく、

伝えたいことなど何もなく、

嫌われているならそれでいい。

二度と帰って来るなと罵倒されるのならそれもいい。

ただ一度、

もう一度だけその褐色の瞳を見詰めて、懐かしい香りのする胸に飛び込んでみたいだけ。

これが最後となるのならそれでいいから、、、、

もう一度だけあなたの胸に触れてみたいんだ。

紫月−−−−−−





「紫月ー・・・・・・・・・!」





無意識に足が駆け出した瞬間に、倫周は紫月の腕の中へと飛び込んで−−−−−





「倫っ、、、、、、、、!」





倫−−−−−−−

紫月は飛び込んで来た細い肩を両の腕で抱き締めた。

そしてその腕に力を込めて、長い髪を掻き乱すように頬を摺り寄せて・・・・・・

無言のまま、2人溶け合うように抱き合って・・・・・・・



「紫月・・・・・?紫っ・・・・・・・」

「何も言うな倫、、、、、もう、、、、、、何処にも、、、、、、」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








俺は倫周を抱いた。

本気で愛してるから自分のものにしたんだ。これからも幸せにしてやる自信はある。

もしもあんたがそういうことを許せないんであれば何時でも俺はあいつを引き取るぜ?

それでとびきり幸せにしてやる。

あんたの側にいる以上に幸せにしてやるから、、、、、、

どうだ?俺に抱かれたあいつをあんた許せるか?

そういうことを知った上で尚あいつを愛してるって言えるか?

俺はそれだけ訊きたくて一緒に来たんだ。

あんたにあいつを渡すかどうかを決める為にな、、、、、?








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








そんな言葉が頭の中を駆け巡り、だが紫月はいまだ無言のままで倫周の栗色の髪に頬を

摺り寄せていた。

色白の頬を、

やわらかな髪を、

細い肩を、

ひとつひとつを、

そのすべてを確かめるように抱き締めて。



夏の夜風が心地よく肌を掠める、、、、

生暖かく、髪を揺らす、、、、

今このときに確かにこの手の中にあるんだということを、どうやったら確かめられるのだろう?

この幸せが幻でないというのなら、、、、、、

頬を伝う涙の理由が夢ではないというのなら、、、、、、



「倫っ、、、、、、もう、、、、、もう二度と、、、、、、何処へも、、、、、、、っ」








                                            〜FIN〜
■オマケば〜じょん-紫月のお仕置き-■