蒼の国-TS Version/慕情-
それから5年も経った頃、天下三分の任務を終えて一同は三国志の時代を後にした。

その言葉の通りに遼二は倫周を救って抱きとめた。そうして遼二に受け止められた倫周は

二度と亡くなってしまう心配のない遼二の腕の中で安定した日々を過ごして来られたのであった。

約10年の永きに及んだ中国、三国志時代での任務はようやく終わりを告げて一同は再び

蒼国での生活を取り戻していた。

遼二は確かにあのときその言葉通りに倫周を受け止めて、以後もずっとそういった関係を続けては

いたが、だからといって特別な感情があったかといえばそうではなかった。

特に倫周を愛していたとか、惚れていたといった感情は見られずに只、蒼国に来る前と一緒のような

気持ちで抱き続けていた。倫周が望むときに、そして自分が望むときにお互いを求め合って。

幼い頃からの一緒だった倫周を大切に思う気持ち、それは今尚 変わることはなかった。



そんな遼二の気持ちに変化が見られるようになったのは蒼国に帰ってしばらくしてからのことだった。

三国志の時代でもずっと一緒に過ごして来たに変わりはなかったし、何より幼い頃から当たり前の

ように一緒にいたのだから今更というでもなかったのだが、どういうわけかそれは在る日突然の

ようにやって来たのだった。

在る日突然・・・

子供が出来て生まれるように、その感情は自然と遼二の中で大きさを増していった。

倫周が好きだ、そう思う自分の気持ちに気がついて。

遼二はきっと本物なのだ。いつか紫月がそう思った通りに遼二の中にあった大いなる愛情は

いつしか目に見える程に膨れ上がって・・・



倫っ、お前が好きだっ、、、



そういった感情を放ったとき、倫周も又自身の心の深いところにあったものが生れ落ちるような

感覚に囚われて・・・



生み出すことには苦しみが伴う。子供を産むに例えられるが如く、遼二と倫周にとっても又しかり

であった。

愛を生み出すこと、苦しみを伴って尚、育みたいものが2人の間には存在していたのだろう。

苦しみ、傷つけ合いながらも遼二と倫周はお互いを求め合うことを選んでとった。

そして今、本当に愛し愛される人の胸に辿り着いて倫周は幸せの絶頂にいた。

甘く漂う幸せなとき、二度と亡くならない遼二に抱かれて、それは初めて味わう安堵感のような

ものだった。

倫周にとって安堵と呼べるものは今の遼二の腕以外に無かったろう、それは幼い頃から孤独と

衝撃の中にあった倫周の初めて味わう感覚であった。



気持ちいい、、、こんな感覚初めてだ、、、何も心配しなくていい、こうして遼二の腕の中にいるだけで

こんなに幸せ、、、、ああ、好きだよ、遼、、、、



そんな様子を一番慶んだのは紫月であった。

遼二と倫周が心から求め合う幸せな姿を見てようやくと自分の肩の荷が降りたように紫月は心からの

笑顔でそれを見つめていた。

よかったな倫、お前はやっと巡り逢えたんだね。ずっとそのまま幸せになっておくれ。

よかった、本当に・・・

そう思って二人を見つめる紫月の褐色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

帝斗も又同じような思いに胸を一杯にしていた。帝斗とてその昔 自分を慕ってくる倫周を可愛く思い、

抱き締めてしまいたいと想う衝動に駆られた。そんな頃を懐かしむように帝斗は暗褐色の瞳を

細めていた。

だがそうなって尚、帝斗と紫月の間は何も変わることは無かった。

紫月が一番に悔いていた倫周への償いに気持ちは倫周が幸せをつかんだ現在、ようやくと薄らいだ

にしろ、だからといって紫月は自分が幸せになろうなどとは夢にも思ってはいなかったのである。

俺は一生かけてお前への罪を償っていくよ・・・

そう誓った通りに紫月は帝斗への想いを口にすることは無かった。

帝斗も又 同じで・・・

想い合い、魅かれ合いながらも一切その思いを口にすることもなく穏やかに流れ行くときを

過ごしていた。そんなことが出来たこの2人にとってもやはりその間に存在するものは揺ぎ無い愛で

あったと言えるのだろうか。

ある日のシュミレーションルームで帝斗と紫月を除いた自分たちの仲間を呼び寄せたのは潤であった。



「おい、潤ちゃん用って何かね?」

相変わらずに調子のいい感じでビルがそう尋ねたのを合図のように潤は持ってきた鞄から何かを

取り出すと皆の前に差し出した。

「何だと思います?これ。」

潤が差し出したのは只の白い紙であったが・・・何枚も重ねられた白い紙に皆はお互いを見合わせて

不思議そうな表情をした。

潤はその束になった紙に手を伸ばすと静かに一番上の一枚をめくった。


・・・!?・・・


「こ・・れ・・・楽譜じゃねえか?」

剛がふいと、それを取り上げたのをきっかけのように皆がそれぞれに置かれた白い紙を手に取って

いった。

「なあに、これ?メロディと歌詞だけが書きなぐってある。これ全部そう?こんなにいっぱい。

どうしたのこれ?ねえ潤・・・」

そう聞く信一に何かを思い立ったようにすると剛が口を挟んだ。

「ああっ、ひょっとしてお前が作ったってかあ?なあ潤っ、違うっ?」

へえ?見せて見せてと皆が騒ぎ出したとき、静かに微笑むと潤は言った。

「違いますよ、僕じゃありません。僕にはこんな詞は書けませんよ。」

そう言うと潤は何枚かずつを皆に配った。

「見てください、この歌詞。すべてに愛情が溢れている。湧きあがる想いをそのままに書きなぐって

ありますが全部読んで僕は感動で涙が出ましたよ。よっぽどでなければこんな詞は書けない。」

「へえ、どれどれ?」

しばらくは皆が渡された譜面を互いに交換しながら読み合ったりしていたが

「ほんと、すげえな。な、お前じゃないなら誰が書いたの?これ、、、大体お前こんなもん何処から

持ってきたんだよ?」

剛がそう言ったのをきっかけに又ざわざわと紙を回し合って・・・



「紫月だ・・・これ、この詞・・・紫月が書いたんだ。そうだろう?」



僅かに震える手で紙を持ちながらそう言ったのは倫周だった。

そう聞いて水を打ったように静かになった一同を前に静かに潤は話し出した。

「そう、その通りです。この紙の束を専務の部屋で見つけたとき、僕は驚きと感動の気持ちで一杯

でした。此処に来て尚、専務は僕らの為に唄を作ってるんだと思ったらすごく感激して。

専務に内緒でこれを持ち帰り、皆でアレンジをつけて演奏してびっくりさせてあげようと思ったんです。

初めはね・・・・

けれど部屋へ帰ってその譜面に目を通していくうちに気がついたんです、あることに・・・

特に歌詞。その歌詞を全部読んで僕は思いました、これは誰かに向けて書かれたものだってね。

そしてその誰かが同じ人物であるということに気がついたんです。よく見てください、すべての曲に

愛情が溢れていっぱいだ。この詞は恐らくは専務が誰かに向けて書いた愛情に他ならないってね。

それが誰だかははっきりとはわかりませんがね。」

「それで・・・何だってお前俺たちをここへ集めたんだよ?専務の好きな人でも当てようっていうのか?」

「違いますよ、只この歌詞に書かれているのは誰かを想う恋の気持ちだけじゃないってことです。

切ない、哀しい、そして狂おしい程の愛情でいっぱいに溢れてる。僕は思ったんですよ、専務は

ひょっとしてこの詞のように苦しい思いをしているんじゃないかってね。でもだから僕らに何が出来ると

いうわけではないんですが、何となく皆さんに伝えなくてはいけないような気がしてね。」

そう言うと皆は歌詞を眺めながら、まあ分からないでもないが、といったように溜息をついた。

かたかたと小さく倫周の白い手が震えて・・・

「帝斗だよ・・・この詞は帝斗に向けて書かれたものだ・・・・」



えっ・・・・!?



「帝斗・・って社長かっ?じゃ専務は社長のことが好きだっていうのか?」

余り驚いて剛はすっとんきょうな声をあげた。

「そうだよ、紫月は帝斗を愛してる、もうずっと前から・・・それに帝斗の方も。あの2人はお互いを

想ってたんだ・・・なのに、それなのにっ・・・」

突然に倫周は泣き出したと思ったら床に屈み込んで声をあげて泣き崩れてしまった。

「お、おい・・・どうしたよ?おい、倫ちゃん・・・?」

京がやさしくその肩を抱き起こしても倫周の感情は止め処なくて。



「愛してたんだ紫月は帝斗を、帝斗も・・・お互いに愛し合ってた・・・でも、でも俺がっ・・・俺のせいで

あの2人はっ・・・俺がいけないんだ、俺が帝斗を好きになって、紫月から盗ったからっ・・・・」



その言葉に皆は非常に驚いた顔をした。遼二以外は誰もがびっくりして口も聞けなかった程だ。

倫周が帝斗を想っていたことは三国志の時代へ行ったときに遼二から聞いていたので知っては

いたがまさか紫月と帝斗が愛し合っていたなんて夢にも思わなかったのかしばらくは ぽかんと

口を開いたまま、お互いの顔を見合わせているだけだった。

だが何となくそんな様子にうすうす気付いている者もあったようでそれはその後の剛の言葉が

物語っていた。

「ああそう、やっぱそうだったんだ。俺さあ 昔そんなこと思ったことあった。すげえ前だけどさ、

何時だったかな、あれはデビューする頃だなあ。レッスンを見に来た社長がさ、お前にだけは

すげえやさしい目で微笑うの見て何かあるのかなって思ったことあったぜ。もしか社長はお前の

ことが好きなのかなあなんて思ってさ。お前も社長と話すときは顔真っ赤にしてさ、何か怪しいとか

思ったな。で、そんなお前らを見てた専務がすごく冷たい感じでさ。専務のあんな顔ってあんまり

見たことなかったから何か機嫌でも悪いんかなあなんて思ったけどよ、そういうことだったんだ。

そういや思い出した、うん。けどまあ専務と社長が出来てたってのは意外だよなあ。」

そんな話を聞きながらビルは、ああだからそうだったのかと、ひとりであることを納得しているようだった。

倫周は一頻り泣きじゃくると皆の前ですべてのことを話し出した。

自分がそうとは知らずに紫月から帝斗を横取りしてしまったこと、それがきっかけで帝斗とは

それきりになったが代わって紫月と深い関係になってしまっていたこと、そして今尚、恐らくは

魅かれ合っているだろう2人の気持ちを目の当たりにしてどうしていいかわからないと言っては

倫周は又 泣いた。

「俺のせいだ、俺が帝斗を好きになったりしたからあの2人の関係を壊してしまったんだっ・・・

きっと今でも紫月は帝斗が好きで、だからこんな詞を書いて・・・どうしたらいいんだ・・・

どうしたら紫月と帝斗をもとに戻してあげられるんだっ・・・?俺は自分のことしか考えてなくて・・・

自分だけ遼に寄り掛かって幸せになって・・・それなのに紫月たちのことは考えもしなかったっ・・・

勝手だっ、俺はっ・・・」

そんな倫周の肩に遼二はやさしく手を差し伸べたけれど、搾り出すような嗚咽は止まらなくて。

「やはり・・ね。そういうことでしたか。それでわかりました、はっきりしましたよ。」

そう言うと潤は鞄から別の紙の束を取り出して倫周に渡した。

「ほら、すべての曲のドラムスにだけアレンジが付いている。あなたを想ってそうしたのでしょう。

僕はこれを見つけたとき、専務はあなたを好きなのだと思いました、でもあなたは遼二さんと

魅かれ合っていたし、じゃ一体何なのだろうと不思議でした。どうにも話がうまく繋がらなくて。

専務があなたと深い関係にあったことは知っていました。でもあなたは専務に特別な感情を持って

いる様子も無かったし、だったら専務の片想いなのかなと。

でもそれにしては詞に込められた想いが微妙に違和感があって、そうですか。社長とそんなことが。」

潤はしばらく黙って何かを考えていたがふいに意を決したようにその顔をあげた瞬間に。

「なあ、俺らで完成させねえ?それにアレンジ付けて粟津と一之宮に聞いてもらうんだ、ライブやって。

どうだ?倫、嫌か?」

遼二がそう言って倫周を見つめると


「ああ僕も同じことを言おうと思った・・・」


きょとんとしながら潤は言った。

皆はお互いを見詰め合って、そして誰からともなくにっこりと微笑うとそれぞれになぐり書かれた

譜面を手に取っていった。

その日から休みと暇を見つけてはFairyはシュミレーションルームに集まって練習を重ねる日々を

続けていった。

潤を軸にアレンジを進めて音合わせを行って、決して紫月と帝斗にはばれないように細心の注意を

払いながら曲を完成させていったのだった。

その間、ビルと京は高宮に事情を説明して蒼国の一同を集めてライブを行う準備に余念がなかった。

久し振りの活気在る様子にビルも京も浮き足立っては楽しそうに会場造りを進めていった。

そうして向かえたライブ当日。





”久し振りのライブですので正装してお運び下さい”



そう書かれたカードを帝斗と紫月の部屋のドアに忍ばせて。