真夜中の激情 -紫月と帝斗の熱情ナイト-
身に纏わり付く酒とタバコの臭い、窮屈な程に締め付けられる体中の感覚がまるで金縛りのようだ、、、

薄暗いフロアに外見だけは洒落た作りの調度品も今宵は俺の神経を逆撫でていく。

普段は心地よく感じる店の雰囲気も、気に入りのはずの酒の銘柄でさえ意味もなく苛立ちを煽ってくる、、、



どうして?



そんなことは解ってるさ、、、

今は仕事の大事な接待の真っ最中で、お前の隣りに望まない男が座っているからだ。

そして俺の両隣りにはそいつの仲間がしっかりと脇を固めていて、、、



解ってる、これは仕事だ。

接待だって大事な糧のひとつだってことくらい充分過ぎる程解ってるさ、、、

けど今夜はおかしいんだ。

いつもなら左程気にならないこんなひとときが今日だけはやけに気を焦らせる。



何故?



そんなこと解らない、、、

打ち合わせなんか早く切り上げて、

くだらねえ世間話なんかどうでもいいから、

早く俺たちに自由をくれよ、、、



お前の前でニヤケた男が、酒の勢いで紅くなった頬を更に紅潮させて逸る吐息を吐き出すのがたまらねえ、、、

ときおりチラリと視線をやる先を追いかければ色白の長い指先を見つめてたりするのが酷く嫌で仕方なくて。

帝斗は俺のもんだ、、、、

誰が酔っ払いなんかに触らせてたまるかよっ、、、

そう、こいつの色目使いがたまらなく嫌だから今日の俺はイラついてるんだ。

さっきから、、、舐めるように、まるで視姦するように俺の帝斗の指先に見入ってるこの男が嫌だから、、、

早くこの打ち合わせが終わって欲しいってただそれだけ。

考えることは、

頭の中にあることは、

ただそれだけの苦い時間。







「いやぁ、今夜は楽しかったですなぁ、、、又近いうちに是非ともご一緒したいもんだ!」

少々品に欠けた薄ら笑いと共に満足そうに席を立った男は性懲りもなく帝斗に握手を求めてその手を捕った。

じっくりと、

ねっとりと、

触ったが最後二度と放さねえんじゃねーかってくらいのしつこい長い握手に

俺の神経は最後の糸が切れちまいそうだった。

それだけでもう限界、、、

そいつらから無事に解放されて、真夜中の道路を少し歩いて、夜風に吹かれて、、、、

いつもなら一等心地よいこの時間も今夜の俺は苛立ちが増すばかりなんだ。



隣りを歩く帝斗は解放感に瞳を緩めているけれど、、、

接待先のホテルのバーから斜向かいにある俺たちのプロダクションに帰るまでの幸せな時間でさえ

恨めしく思えて仕方ねえ、、、

もう誰もいない社のエレベーターに乗れば、少し疲れた表情の帝斗の様子に俺の視神経は限界を突破した。



僅かに緩められたネクタイの合間からこぼれる色白の首筋を蛍光灯の灯りがよりリアルに映し出させる。

そのほんの少し下には鎖骨があって、、、その下には、、、、、

そんなイケナイ妄想を振り払わんとして視線を上げれば丁度自分の目線で揺れている金色の柔らかな髪が

心拍数を上げてしまう、、、

まだ残暑のせいかホテルのバーが暑かったのか、うっすらと汗が髪を首筋に貼り付けている様子に

思わず我を失いそうになった。





◇◇◇・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・◇◇◇





狭いエレベーターの個室が苛立ちを加速させ、けれども幸か不幸か最上階は間もなくやってきて

俺は半ば惜しい気持ちを残しながらも廊下へと降りた。

此処はプロダクションの最上階−−−−−

帝斗と俺が住んでいるプライベートフロアだ。

いつもなら接待の後はどちらかの部屋に必ず寄って仕事からの解放感と2人だけで歩いて帰って来た

余韻に浸る、

けれどもそんな余裕さえ今夜の俺には無くって・・・

先刻からの苛立ちがまるで帝斗に八つ当たりするかのように不機嫌な表情を向けてしまった。



「紫月さん?」



そんな俺に帝斗は少々不思議そうに軽く首を傾げると、ふいと色白の指先を俺の頬へと伸ばしかけた。

「どうしたの?さっきから黙り込んで・・・・・疲れたのかい? 今夜は打ち合わせ長かったから・・・」

まるで大丈夫?と言わんばかりにまっすぐに見つめてくる、、、

自分だって僅かに翳りのある瞳でやつれた感の無くもねえ顔色してやがるってのに!

分ってる、、、

お前だって相当気を使ってたろう?

あの色目野郎の思惑を無難に避ける為に神経をすり減らしてた

そんなことは充分過ぎるくらい分ってるさ、、、!

長い間一緒にいるんだ、お前のその優しすぎる性質だって、人の好過ぎるところだって、、、何もかも、、、

誰よりも分っているのに、、、

今夜の俺はどうして素直になれない





あの野郎に握手された指なんかで俺の頬に触れないでくれ、、、、、、





過ぎた嫉妬のせいで思わずそんな酷え言葉が喉元まで出掛かった。

最悪だ、、、、

いや、お前が悪いんじゃない

俺が、、、解らずやの最低野郎なだけなのに、、、

どうしても素直になれない

そんな自分自身への苛立ちが汚ねえ言葉になってお前を傷付けた。





「やめろ、、、っ、、、今日はそんな気分じゃねえ、、、」





思わずついて出た酷え言葉にお前は瞳を一瞬不思議そうに揺らした。そしてすぐにその色の翳っていく様が

手に取るように解ったけれど。

俺にはどうにも出来なくて、、、、、

火に油を注ぐようにお前に背を向けて無言のまま逃げるようにその場を後にしようとした。

くるりと顔を背けて、癪に障ったように廊下を踏みしめて、、、





「ごめんね紫月・・・疲れてるみたいだったからちょっと心配になったんだ・・・

ゆっくり休んでください」

そんな言葉が耳を掠める。

そして極めつけは消え入るような声で投げ掛けられた最後の言葉−−−−−

恐らくは振り返りざまに言っただろうそのひと言。



「おやすみなさい」



僅かに寂しそうに放たれたそのひと言が俺の心臓を酷く揺さぶって鷲掴みにした。

冷たく鋭い刃で切り裂かれるようにズキリと胸が痛くなって、、、

たまらずに振り返れば俺とは反対方向にあるお前の部屋へ向かっている寂しげな背中が瞳に飛び込んだ。



穏やかで何の逆らう意思も持たないお前の、、、寂しさも諦めもすべてを呑み込んだようなお前の背中が、、、

瞳に焼き付いて、、、、、





夢中でその後を追うように走り出し、気付くと俺は帝斗を抱き締めていた。

びっくりしたように大きく瞳を見開いて俺の腕の中で意識が飛んでいるお前を感じた。

勝手な俺に文句のひとつもぶつけずに、やはりお前は優しいままで、唯々じっと抱き締められていた。



「紫月・・・・さ・・・ん?」



勝手に苛立って勝手に突き放して勝手に当り散らして、そして勝手に奪っても、やはりお前は俺を

責めようとはしない、、、

先程と変わらない瞳で、

少し心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んで来る、、、

どうして?

どうしてそんなに穏やかなんだよ、、、?

どうしてそんなに優しくなれる、、、!?

湧き上がる疑問に俺は又苛立って、、、






「愛してる・・・から・・・・・・」



「えっ、、、!?」



「ん・・・何でもない・・・・」





そう言って帝斗は俺の首筋に手を回すとまるでしがみつくように抱きついてきた。



「ね・・・部屋、寄ってくだろ?」



穏やかにそう訊いて再び回した腕に力が込められた。





そこから帝斗の部屋までの短い道のりを互いに支え合うように寄り添いながら歩いた。

お前は軽く瞳を伏せて黙って俺の肩先に軽く頬を預けていた。

何も言わなくても理解出来たから?

さっき、、、

俺が焦れていた疑問が言葉にしなくとも伝わったから?



どうしてお前はそんなに優しくなれるんだという疑問が、、、解ったからなのか?

「愛してるから・・・」

そう言ったんだよな?

本当に?

愛してる、、、?

こんな我が侭で、身勝手で、妬きもちやきで、どうしようもねえ奴なのに?

本当に愛してくれてる?



そう思ったらもう自分を抑えることなんか出来やしなかった。

愛しくて、、、

あまりにも愛し過ぎて、、、

何もかも奪って壊しちまいてえくらい愛しくて、、、

不本意にも自身の身体の中心が熱くなっていくのを感じた。

熱く、、、硬く、、、痛みを伴う程に俺を暴走させてる、、、





部屋までの、ほんの短い道のりにさえ苛立ちを感じてしまうこんな俺でもいいのなら





部屋の鍵を開ける間さえ待っていられないようなこんな男でいいのなら





解放された扉を閉めて押し付けて、たぎる想いを爆発させるようにお前を奪わせてくれ−−−−−

この世でたったひとりの愛するお前を、、、奪わせて、、、、、!








                                        FIN